第136話・『この街は主人公とヒロインには死地』

アルケット山脈、大陸の多数の河川の水源地となっている事で有名だ、何処までも広がる青空と圧倒的なスケールで聳え立つ山々とのコントラストが素晴らしい。


この場所から大河川に水が流れてやがて海へと広がって行く、そんな山々の下に出来た広大な街は活気に溢れている、様々な人種が入り混じり様々な言葉が使われている。


この場所の南麓には幾つもの氷河湖が存在している、貯水量がある一定以上になると火山活動の影響で天然の防壁が崩壊して氷河湖決壊洪水や土石流が起こる可能性がある、下流域への損害は甚大なモノになるのだ。


どれだけ技術が発展して魔法が進歩しても自然の驚異は何一つ変わら無い、この街にグロリアの屋敷があるらしいので案内されるがままに歩く、この街にはシスターがいないらしい、これだけ広大な街に珍しいぜ。


なので俺とグロリアは注目の的になっている、美少女からの視線はありがたいのだがオッサンからの熱い視線は勘弁だぜ、こちらを呆けた表情で見詰めている花屋の娘にウインクすると横にいた青年が頬を赤める、お前じゃないぜ!


ちなみにこの街の裏側にも氷河湖が存在している、暇があれば釣りにでも行こうかな?氷河湖の定義としてはU字谷に水が蓄えられたモノの事を言う、しかし氷河が後退する事で残ったモレーンに囲まれた窪地に水が貯蓄されて出来たモノも氷河湖と呼ぶ。


氷河そのものに堰き止められて構成されたモノも広義の意味合いで氷河湖に含まれる、しかしそこにはどんな魚がいるのだろうか?


「後で市場覗きたいな」


「ええ、行きましょうか、折角なので夜の食事は外にしましょう」


「後で女湯も覗きたいな」


「ええ、逝きましょうか、夜の食事の準備は必要なくなりますね」


「嘘だぜ!まだ死にたくないぜ!」


「ええ、そうでしょうとも」


「グロリアと結婚して幸せになるまで死ねないぜ」


「当然です」


当然ですと、その一言が嬉しくて横を歩くグロリアの顔を覗き込む、ぶすっ、からかった事を怒っているのか冗談でも死ぬと言った事を怒っているのか実に判断し難いぜ、整い過ぎた造形は人混みの中でも浮いている。


グロリアの立っている場所だけ切り抜かれたように風景が変わっている、こんな可愛い女の子が俺の彼女なんだぜー、大声で自慢したいが自慢した瞬間に拳が飛んで来る、俺の再生能力を知っているせいかグロリアのツッコミが最近ヤバい。


ツッコミで岩は粉砕されないと思うぜ!魔王軍の元幹部と使徒を取り込んだ事で身体能力が有り得ない程に成長している、なのでグロリアのツッコミを反射的に避ける事に成功した、そして俺の後ろにあった岩が粉々に粉砕された、流石に笑えないぜ?


何時になったらこのチートシスターに追いつけるのだろうか?シスターの異端児、神に寵愛された寂しがり屋の女の子、しかしその神に逆らおうとしている辺りがグロリアだよなぁ、溜息、幾つもの滝が断崖から流れ落ちるのが見える、それらを左右に眺めながら歩く。


「本当に水が豊富なんだな」


「この近辺での物資の積み替えも行っているようですよ?川がありますからね」


「川もあるし滝もあるし氷河湖もあるしな」


「水が豊富なのは良い事です、気持ちも安らぎます」


「あの日か?」


「ぶん殴りますよ」


「そうか、じゃああの日じゃないのか」


「あの日であろうとあの日で無かろうとぶん殴りますよ」


殺意が空気を震わせる、鋭利な刃物を首元に突き付けられたような感覚に苦笑する、おいおい、ぶん殴られたら死んじゃうぜ?岩よりは柔らかい自信はあるぜっ!しかしジロジロと周囲の視線が気になる、シスターが珍しいのはわかるがグロリアは滞在した事があるんだよな?


どうしてこんなにも注目されるのだろうか?ウインクしまくってやる、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、うおぉ、瞼がイテェ、色違いの左右の目を交互に使い分けて頑張るのだ、トキメキを女の子に与えるぜ。


「何してるんですか」


「ウインクしている、見ろ、可愛い女の子が頬を赤くしている、初心で可愛いぜ」


「同性愛者の色狂いでしょう」


「ホモ?」


「レズ」


「え、俺は男の子だぜっ!ふざけんなっ!ふざけんなっ!こんなにカッコいいのに!」


「私と同じ容姿で良くそんな事が言えますね、大人しく認めた方が身の為ですよ」


「温泉の場合だと女風呂に入る権利を得たってわけだな、それならそれで良いぜ」


「認める事と悪用する事は違いますからね」


チッ、汚らしく舌打ちをしながら歩き進める、しかしウインクしても男連中ばかり頬を赤くするばかりで女性陣の反応が悪い、くそっ、この容姿を悪用して女の子の裸とか沢山見たいぜ、ふふ、グロリアには内緒でな。


「しかしシスターってそんなに珍しいのかな?すげぇ見られてるけど」


「ああ、言ってませんでしたね」


グロリアが薄く笑う、まるで何て事でも無いように呟いた。


「シスターの血を飲めばシスターになれると信じていた異端者の末裔がこの街の住民です」


「へえ」


へえ、どうしてこんな所に別荘を購入したのか説明しやがれ。


畜生。

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