第131話・『つくれるよ、かわいいおんなのこつくれるのうりょくだもん、お前をナ』

目の前で起こった事実に息を飲む、キョウの体が卵の殻になっている、そうとしか言えない現象が目の前に起こっている。


体に罅が広がる、硬質化した皮膚はピキピキと音を鳴らして罅割れる、孵化、人間の体が卵の殻になるなんて有り得ない、空中に浮かびながら激しい閃光の中で狼狽える。


破片を分析する、炭酸カルシウムで構成された独特の構造をしている、鳥類や一部のカタツムリが持つ特殊な構造、粉砕される我が身を見詰めながらキョウは何故か薄く笑っている、酷薄の笑み。


あらゆる生物の細胞を持つエルフライダー、幼少期に連れ出して餌を与えていた、故に多くの遺伝子のスープがキョウの中で今でも存在している、卵の殻の表面には細かな糸と薄気味悪い粘液が付着している。


粘液も赤と青の二つのものがある、成分を読み込もうとしても読み込めない、複雑な遺伝子構造をしている、赤色の粘液の中に小さな黒い塊が幾つもある、それが罅割れてヒルのような奇妙な生物がウゴウゴと怠惰な動きで蠢く。


っぷ、肌に触れていたその一匹は皮膚に己の頭を差し込む、嫌悪感が胸の内に一気に広がる、魔力で防御しているはずだし勇魔が開発したこの肉体は地上の生物の干渉を受け付けない、紫色の何重にも皺の入った薄気味悪いヒルが潜り込もうと必死に体を揺らす。


睨み付ける、一瞬で蒸発するヒル、問題は勇魔の開発した神に等しい肉体に侵入出来るという事、赤色の粘液の構造分析が済む、多数の卵が密着した奇妙な塊は卵塊だ、カエルの卵を連想して寒気が走る、複雑な遺伝子情報がキョウの体を無茶苦茶に変貌させている。


「――――――――――このヒルも新種のようだ」


普通の生物では無く魔物に近い遺伝子構造、単純な構造をしているが類似する生物の情報が無い、ヒルには見えるがヒルとはまったくの別物だ、体に刻まれた皺を細かく振動させて生物の細胞を分解しながら体内に入り込むようだ、魔力で防御していようともその波長に合わせて無効化させる。


頭の先端はオリハルコンに近い物質で出来ている、粘液の構造はわかった、次にこの宙に舞っている細かな糸を読み込む、先程と違ってすぐに特定される、卵塊を包む為の糸である卵嚢(らんのう)だ、蜘蛛に近い遺伝子情報、どれだけ化け物を蓄えている?


罅割れているキョウは光を放ちながらおぼつか無い足取りで円を描くように歩いている、使徒の気配が濃厚になり二つの心臓の音が周囲に鳴り響く、どくんどくん、通常の生物では有り得ない音、世界を滅ぼす力を持つ使徒の中でも最上級の初期型シリーズ。


頬に付着した青色の粘液の分析が済んだ、それならいらないと手で拭う、分泌物で卵塊を覆い包む卵鞘(らんしょう)だ、ゴキブリの生態に組み込まれたソレをどうしてここで出す?ゾクゾクゾク、恐怖と嫌悪感は広がりやがてそれは尊敬になる、何て素晴らしい生き物。


魔王からゴキブリまで全ての生物の特徴を併せ持つ究極生命体、しかしその進化はまだ途中、赤黒く濁った奇妙な泡が風に流されて宙に舞う、幻想的な光景だがその色合いは最悪だ、時間が経過した血がこびり付いたようなそんな色合い、罅割れた体から赤黒いシャボン玉が溢れ出している。


シャボン玉が割れると中から先程とは違う生物が頭上から降り注ぐ、気流に乗ってかなり高い所まで浮かび上がったようだ、シャボン玉に見えるが中々に丈夫な代物だなと感心する、落ちて来た生物は羽のようなモノを動かしながら必死に浮かぼうとする。


蛙に羽が生えたような不格好な生き物だ、その全身で先程のヒルがズブズブと蠢きながら体内に侵入している、柔らかい横腹を中心的に狙われているようだが誕生した段階でヒルに寄生されていたようだ、どのような遺伝子を刻み込めばそのような御業が出来る?


シャボン玉の正体は泡巣だ、カエルの一種が樹上に卵を植え付ける際に使用するモノ、ここまで多数の生物を生み出しながらまだ生みだせないのか?これらの生物と使徒とは生み出す為の労力が違うはず、いいや、同時に二人生み出す事に価値がある、使徒を二人も!


しかも自分の意思でだ、死を意識して自動的に誕生させるわけでは無い………初期シリーズの使徒を同時に二人生み出せる、それはもはや勇魔に等しい存在、だからこそ歓喜に打ち震える、邪魔者を始末しに来たら邪魔者を護る為にキョウの覚醒が早まった。


「―――――――――来るか」


「ぉおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおぉおあぁぁああああああああああああああああ」


叫ぶに意味は無い、しかし地獄から聞こえる断末魔のような叫び、脳に直接響き渡るような幽鬼を連想させる叫びに世界は打ち震える、自分の体を卵の殻に変貌させたキョウは自分の身が崩れる度に絶叫して体を大きく震わせる、様々な魔物を見たがどれもコレには及ばない。


エルフライダー特有の瘴気が溢れ出す、それと形容し難い心を疼かせる衝動、この能力の限界は誰も知らない、そもそもここまで変貌させる計画では無かった、開発者の改良を望んで受け入れたように能力が急速に拡大した、しかし誰もコレを望んではいなかった。


計画を歪めたのは誰だ、勇魔は知っていたのか?そもそもエルフライダーとは勇魔とは何なのだ、あまりに他の天命職と違い過ぎる、能力の幅が広すぎる、万能とまでは言わないが創造する事に関しては他の追随を許さない、ペキキッ、顔面の殻が剥がれて何も無い空洞がこちらを見詰めている。


宇宙を思わせる空間がエルフライダーの体内に広がっている、この世界の人間はまだ知らない知識だ、無意識にそれを構築しているとしたらエルフライダーの奥に潜む者は一体何者なのだろうか?それこそ神としか思えない、しかしこの世界に神は実在する、絶対的なシステムとして存在する。


何処までも無機質に命を管理している………遥か上空からこの世界を見守っているのだ、キョウの生み出した生物が互いに溶け合いながら大きなシャボン玉へと変化する、表面には油が浮かび上がり細かなヒルの卵か幾つも蠢いているのがわかる、それは苔の上に自分の体をゆっくりと預ける。


「―――――――――――寄生した側もされた側も最後はシャボン玉に元通りか、これが何を意味するのか」


孵化する、奇妙な生き物を生み出し続けたキョウが使徒を産み出す、かつての悪友二人はどのように歪んでいるのだろうか?再会を思うと妙に気恥ずかしくなる、しかし敵同士、殺し合いをしないといけないとは奇妙な姉妹だなと運命を呪う、人形に運命を左右する力は無い。


そもそも選択を与えられてはいない、悲しい勇魔の悲しい操り人形、姉を手に入れるまで彼は自分の道を突き進む、例えそれが人間を滅ぼす事になっても、例えそれがエルフを滅ぼす事になっても、例えそれが魔物を滅ぼす事になっても、そして使途を餌にする事は最初から計画されている。


キョウの体が粉々に吹き飛ぶ、そしてその散り散りになった破片がすぐさまにキョウを再生する、肉が集まりミンチ状の肉塊が出来上がる、問題は吹き飛んだ瞬間に中から飛び出た小さな生命体だ、部下子、悪蛙、しかしそこに立っていたのは意外な人物だった。


白紙、全てが白紙になる、何も言えずに目を見開く。


「――――――――――もう、ひとりの、六課化?」


「――――――――――ァ、お」


「お前を取り込んで、こいつをスパイとして送り込む♪」


部下子と悪蛙の遺伝子を解析して六課化を生み出したキョウは顔無しのまま笑った。


笑えなかった。

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