第128話・『捕食らいだーは腕を食べるぞ』

何とも度し難い卑しい生き物を創造したものだなと嘆息する、高位の魔物が魔物を生み出すのは珍しい事では無い。


しかしここまで愛情を込めて生み出した存在がここまで卑しく浅ましいと自分のやって来た事を見直す事になる、何も間違って無い、それなのに不安になる。


小ぶりな尻を大きく後ろに上げて四つん這いになっている、獣のポーズだが尻を振りながら他者を誘惑する様は人間特有の卑しさを感じさせる、爪の間に土が入り込む事も気にしないで指を地面に突き立てている。


涎は溢れる、何処までも何処までも溢れる……それをそのままに腕に噛り付いている、指を上手に一つずつ噛み砕き腕を最後の楽しみにしているようだ、血と油が美しい顔に広がり恍惚とした笑みをしている、時折小さな声で笑う。


子供の声、無邪気な子供の声、御馳走に興奮して自分を見失っている、誇り高き魔王の眷属である自分が与えた片腕をゆっくり時間をかけて捕食している、瞳には光が無い、一切何も映さない、目の前の御馳走に意識を集中している。


「■■■■■」


言葉になっていない、完全に獣と化している、いや、獣よりも卑しい人型の化け物を何と呼べば良い?エルフライダーは悪食で貪欲な生物だ、餌を見つけたら執拗に様子を窺ってチャンスを待つ、何時間だろうが何日だろうが平気で待つ。


しかしそれは腹が膨れている場合だ………飢餓状態になれば魂のある生物なら何でも嬉々として捕食する、エルフの里にでも放り込めば一夜で全て完食するだろう、しかしそれもまた例外がある、精神を満たされる優れた一部を多く保有している場合は違う。


今の彼がそうだろう、優秀で美しい一部を多数取り込んで精神に異常があるようだが満たされている、エルフの里を襲う気配も無さそうだしある意味では安定している、お尻を大きく左右に振る、ああ、セックスアピール?エルフライダーの性的衝動?わからない。


エルフライダーは生物だ、それも神が創造したものをさらに人為的に加工した、キメラとでも言えば良いのか?人なのか神なのかエルフなのかわからない不確かな生命体、開発者でもその全てを把握してはいない、わかっているのはこの恐ろしい食欲だ。


自分の片腕を食らう様子を眺める事になるとはね、昔の自分なら誇り高き魔王の眷属である自分の肉体を他者に捧げるような真似は絶対にしない、母性が芽生えたからか?お腹が空いたと苦しむ様子を見るの辛かった、それならば片腕の一本ぐらい食べなさいと。


「■■■■■■」


神の子であるが故に美しき生物を求める傾向にある、しかも幼い生物を好む、無垢である程にその精神性は神に近くなる、だからこそ幼く美しい存在を選んで好んで捕食する、さらにエルフであれば完璧だ、エルフはエルフライダーにとって完全健康食なのだ。


それを怠ってるわね、今の飼い主に少し忠告したい、エルフライダーの生態や飼い方についてまったく勉強していない、しかし育ち方としては悪く無い、よっぽど栄養価の高い良い餌を与えているのだろう、魔力の質も上々だ、魔王の眷属の気配もしっかり感じる。


性質を読み込む、雷と氷と妖精……最後の一つは自分と同じ古代の魔王の眷属らしい、しかし計画に加わってはいないはず、巻き込まれたか?獲物を探す際の嗅覚は尋常では無い、エルフライダーの通り道にいたそいつが悪い、私達の愛し子は拾い食いだって平気でする。


「あ、おいし、おいし」


骨だけになって少し落ち着いたようだ、骨にこびり付いた肉の繊維を歯で削ぎ落としている、人語も理解出来るレベルに落ち着いたようだ……顔面が真っ赤な血で染まって白い肌を隠している、自分の腕を捕食する様子を夢中で観察する、エルフライダーの貴重な食事シーンだ。


魔物の肉を美味しいと感じるとは面白い、過去の経験から味を覚えたか?ふと我に返って失った腕の方を見る、失った腕の部分に苔が集まり腕の形になっている、回復までもう少し、骨を噛み砕くのは時間がいる、暫くはこの子を観察出来る、しかし餌を食べるにしても不用心だ。


警戒心はあるはずだ、捕食する際には一対一を好むし能力や生態がバレると狩りがし難くなる、だからこそ正体を無意識で隠すのだ、けど自分の前では平気で人の姿のまま人のパーツの形をした餌を幸せそうに食べている、自分を警戒していないのか?無意識で親の一人だと認識している?


母の細胞を取り込む事で生物としての自分をより強固なものへと変貌させているのか?しかし何て無垢な表情で餌を食べるのだろうか?この世の幸せを全て凝縮したような愛らしい表情だ、尻を何度も何度も振る姿を見て誘っているのかと本気で疑う、自重しろ。


「おいし、おいし、おいし、このおにく、やああかい」


「ゆっくり食べなさい、誰も取らないんだからね」


「おいし、やあかい、しああせ、しああせ、しああせ、おれ、うれし」


「獣よりも卑しいわね」


「?」


「そしてこの愛らしさ、神の子供であると同時に全てを超越した生物であると実感するわ」


暫くこちらを無言で見詰めた後にまた食事を再開する、この人は誰だろう?そんな視線だ、悪意も敵意も無い、自分の餌を奪うような相手では無いと確認しただけ、しかしその瞳は何処までも煌めいていて美しい、まるで宝石のようだ、魔性の光で人を魅了する。


エルフだったら今の視線で精神が変異してしまう、今の能力の段階なら肉体すらも変化させてしまうかもしれない、エルフライダーの基本はその支配力にある、エルフに関しては圧倒的だ、何故なら神が定めているのだ、世界が定めているのだ……エルフはエルフライダーに奉仕しろと、そして死ねと。


かつて魂の状態でエルフの国を狂わせて滅ぼした事もある、しかしそれは責められない、責めるのならエルフライダーを殺す方が先決だ、生き物の生態を責めるのであればもはや否定して駆逐するしか無い、だからこそ戦って勝ち残ったものが正義なのだ、エルフライダーの生態は仕方が無いのだ。


人間が食べ物を口にするようにエルフライダーは他者を捕食する、殺して食わないだけエルフライダーの方がマシだろう?母性が子供を守ろうと理論を組み立てて理屈を吐き出す。


「おいし、おいし、ありがとぉ」


「え」


「やさしくしてくれて、ありがとぉ」


「――――――」


血塗れの天使の干渉が始まる、ダメだ、この笑顔は他者を駄目にする、美しい生き物が優しい声音でお礼を言っている、片腕を食べさせてくれたありがとうと舌足らずな声で囁いている、何処までも何処までも染み渡る天使の声、そして悪魔のように強引に脳を掻き回す。


優しくしてくれてだと?それはそうだろ、エルフライダーの生態を知って優しく出来る者などいるはずが無い、指の骨をピンク色の舌がゆっくりと這っている、蛞蝓のような鈍重な動き、チロチロと骨の隙間で蠢く姿はいやらしい、性的な衝動を僅かばかりに覚えてしまう。


流し目でクスクスと笑うエルフライダー、何とも言えない色気のある所作に何かが疼く、奇妙で美しい生き物、骨に噛り付いたまま大きく伸びをする、猫科の動物を思わせるしなやかな動き、血塗れの少女は人間性を捨てて他者を魅了する、四足の化け物、人では無い存在。


「ありがとぉ、もっとちょぉだい」


ほら、だからこんな事になる、アタシはもう片方の腕を千切りながら心の中で吐き捨てる。


この愛らしさに狂わされてエルフはみんな死ね、その為のお前達、アタシ達の愛し子の餌たちめ。


激痛、そして倒錯した愛。


「ありがとぉ、んふふ、おれ、おまえすき、あいしてる」


何て安い言葉、餌をくれた存在に愛しているだと?


あああああ、だけど、だけど。


「か、かわいい、ほら、食べなさい、もっともっと」


「うん♪」


狂わされる、全てが。

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