第126話・『エルフライダーの秘密を知る者』

ツツミノクサカは自身の支配する空間で外の様子を見守っている、運命の子が訪れた、魔物の自分ですらおぞましいと感じる禍々しい気配。


精神の無いはずの植物が震え怯える、どれだけの生命を吸収してあのような存在に成り果てたのか少し興味がある、今ではある噂が魔物の間で話題となっている。


新たな魔王が過去の幹部達を勧誘していると、しかし今回のコレは別件だ、もう一つの噂、高位の魔物を好んで捕食する生物の話、自分のように真実を知っている者からすれば笑える話だ。


魔王が覚醒したのは気配でわかる、どのような属性でどのような思想を持っているかはわからないが勇魔を警戒してまだ表立って動いていない、つまりは警戒心がある、過去の魔王から考えてもまあ珍しいタイプだ。


力任せに物事を解決するのでは無く状況に応じて自分の振る舞いを変える、中々にしたたかな魔王のようだ、主として相応しいかわからないが最初から仕える気は無い、自分にはある目的がある、その為にここにいる。


「エルフライダーね、どうやって伝えようかしら」


自分の眷属も殺された、しかし憎みもしないし恨みもしない、エルフライダーの餌は限られる、それが無いとなると餓死してしまう、だからエルフ以外のモノも口にしているのだろう、そして餌の在処を聞き出す為に仲間を脅して吐かせて殺す。


野生の生き物や人間と何一つ変わら無い、意味も無く人類を駆逐しようとする魔物と比べれば理由も納得出来るものだ、緑王はそれを心配していた、彼女はエルフライダーの事を知っていた、そしてその身を案じていた、だが伝える術が無かった。


魔王の魂は何度も回収され新たな魔王として世界に構築される、一つの魂が形を変えて何度も恐怖の対象として世界に蘇る、緑王には僅かばかりの過去の記憶があった、世界に生れ落ちる前の揺り籠の記憶が確かにあったのだ、だからこそ伝えるべき言葉がある。


「あっちはアタシを餌だと思ってるだろうし、まいったわ」


エルフライダーの食欲は貪欲だ……それこそ腹が減れば命である限り何でも取り込む、それを止めるには抹殺する他に無い、しかしそれをすればかつての主である緑王は悲しむだろうし自分自身もしたくは無い、彼の成長を見守って来た自負が僅かばかりにある。


今では彼女と言えば良いのだろうか?幼い時からその姿を見守って来た、言い方を変えれば監視して来たのだ、エルフライダーの誕生には多くの勢力と多くの黒幕が存在する、緑王や自分ですらその一端を担ったのだ、新たな神を創造する為に新たな神の素体を作った。


それこそがエルフライダー……天命職としての本来の能力はここまでのモノでは無い、歪に進化して歪に変化させられた……故に全ての命を捕食する能力へと進化した、その進化は今でも続いている、一緒にいるシスターの方針が極端なせいで能力を過度に使用しているからだ。


「いやぁ、まいった、幼い時から見守って来た子に食われるのは流石に勘弁だわ、取り敢えずある程度は弱らせて、大人しくさせてから伝えましょうかね」


もしエルフライダーが自分を上回っていたらその時はその時だ、大人しく捕食されて長年ため込んだ知識や技術を献上するとしよう、これから先の戦いで自分の能力は必要不可欠となるはずだ、魔王と戦うにしろ勇魔と戦うにしろ己の最初の一部と戦うにしろ。


キクタ、エルフであり現代の勇者として誕生した娘、後天的なエルフと言えば良いのか?しかし彼女の本来の姿はさらに違う、転生する勇者の魂がアレを生み出してしまった、魔王と違って勇者の魂はある時からずっとエルフライダーの一部だ、最初の一部。


だからこそ勇魔は警戒しているし新たな魔王もソレを打ち砕こうと策を張り巡らせている……まだ繭の中に潜んでいるようだが覚醒してしまえば一気に状況は変化する、だからこそエルフライダーに戦力が集中するのは好ましい事だ、沢山食べて大きくなりなさい。


望むならばまた使徒を一人でも食らって欲しい所だ、魂が回収される前の魔王を取り込む計画もあった、魂が帰化して新たな魔王になろうともその前に取り込んで己の中で魂を再構築すれば良い、魂を生み出す事すらエルフライダーは出来るのだ。


「伝えたい事は沢山あるんだけど、取り敢えず黙らせない事には話にならないだろうし」


玉座に座りながら溜息を吐き出す、厄介な子を誕生させたものだなと実感する、生み出したのは理由がある、勇魔の計画に協力したのは理由がある、全ては歪んだ神を正して新たな神を創造する為だ、だからこそ様々な勢力がその計画に協力した。


自分にとっても我が子のような感覚がある、あそこまでおぞましい生き物に成長したのも全ては自分達のせいだ、天界の勢力もコレに協力したのだが幾ら生き残りがいるのだろうか?粛清されたと聞いたが連絡する手段を失って久しい、あっちは過激だからな。


もしかしてエルフライダーに餌を渡すタイミングを狙っている?天使は餌としては最適だ、地上のエルフに種族的には近い、妖精が天界に適応したのが天使、地上で進化したのがエルフ、エルフライダーからしたら亜種のエルフだ、取り込めば自我を再構築出来る。


餌の種類も何も知らないものね、自我を構築する為に優れた餌があるのにソレを理解していない、例えば魔王軍の元幹部を捕食するのは悪い事では無い、この世界では間違い無く強力な存在だしその血肉は己を強化するのに向いている、だけどそれだけではダメ。


「エルフが近くにいなくても、やりようは幾らでもあるのに、最悪の話、対象をエルフにしてしまえば良い」


エルフライダーの能力は遺伝子を操り精神を操り万物を支配する、キクタに使った能力を無意識で封印しているのか?キクタを生み出した事を悔やんでいるのだろうがあの能力は人間をエルフに変化させるだけで無くあらゆる生物をエルフにする事が出来る。


食いたいと思った対象を自分にとって何のリスクも無いエルフに強制的に変化させれるのだ、それで取り込めば今のように自我を喪失して苦しむ事は無い、我が子のように見守って来た最高傑作が傷付き壊れる様は流石に見たくはない、緑王だってこんな事は望んでいなかった。


「キクタのような一部はもう生み出せない、あれは能力が安定しなかった頃の失敗作、しかも数度もエルフライダーによって変化させられている」


エルフライダーが生み出したキメラ、あの娘はエルフライダーを他者として己のモノにしようとする異物だ、一部でありながら全てを破壊してエルフライダーを手に入れようとしている、その為に彼の大切な存在を何度も奪った、一部も他者も自分だけで事足りると醜い嫉妬のままに。


まさか魔王すら屠るとは笑えなかった、しかし噂ではエルフライダーも過去の魔王を何人か取り込む事に成功しているらしい、自分が計画に協力し出した頃には既にそう囁かれていた、歴史の過去に消された魔王、世界の修正を受けてこの世界の過去から消された存在達、勇魔は答えてくれなかった。


過去の一部達を呼び起こす事に成功すれば状況はまた変わる、しかし恐ろしい、あのキクタと呼ばれる存在はその魔王達より前に一部になった事になる、勇魔に問い掛けた時の事を思い出す、いつもは沈着冷静なあいつが眉を寄せて一瞬だけ困り顔をした、珍しい。


もしかして勇魔もキクタが何時からエルフライダーの一部になったのか知らない?エルフライダーは彼の姉の魂から誕生した、勇魔の能力によって変質した魂が天命職の座に?いや、それではおかしい、天命職は唯一無二の存在、だったら魂が変質する前からエルフライダーだったはず。


「その時に既にキクタの素体となる者を一部にしていたのが正解よね、あの頃は自分しかいなかったと思い込みたいのはわかるけど」


弟として姉を愛してたというよりは異性として姉を愛していたのだろう、故にあの頃は姉に大切な存在は自分しかいなかったと思い込みたいのだ、もしその時に既にエルフライダーの能力が開花していて今のように多くの一部にでは無く全ての能力を一人の人間に使っていたら?


歪められる前のエルフライダーの能力に応用性は無い、だからこそその純粋な能力を一人の人間に全て捧げたとしたら一体どのような事が起こるのだろうか?そもそもキクタの素性がわからない、何度も何度もエルフライダーに干渉する彼女の種族は一体何なのだろうか?


今は能力で変化してエルフになっているだけでその本来の姿は一体?そう思った矢先に空間に罅が入る、エルフライダーと再会だ。


「さぁて、取り込まれるか取り込まれないかわかんないけど、アタシなりの教育をしてあげないとね」


貴方が望まれて生まれた事を教えて上げる。


だから自分を嫌う必要は無いのよ?

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