閑話104・『グロリアは触れ合い方を教えて貰っていない娘』

浮気をしたわけでは無いぜ、しかしこの気まずさは何だろうか?グロリアって不貞腐れる時って意外に子供っぽくて可愛いんだなと呑気な事を最初は考えた、後に前言撤回したがな。


屋敷を権力と金で借り切るとはこれ如何に?シスターの権力怖い、ここで生活しているはずの貴族は笑顔で自分のお屋敷を明け渡した……宿が無いからって屋敷を奪うってどうなんだ?


俺達が宿泊する間はタウン・ハウスと呼ばれる屋敷に泊まるらしい、上流階級の貴族が持つ別荘のようなものだ、居間で食事の準備をしながら俺は大きく溜息を吐き出す、居間に調理場があるのは珍しいな。


異常に凝った装飾のマントルピースは何だかなぁ、暖炉やソファーも妙に派手だし何だか落ち着かない、この屋敷の代々当主の肖像画がそんな俺達を魂の無い瞳で見詰めている、まさかクロリアにプレゼントした事がバレるとはなぁ。


グロリアはクロリアの事をあまり良く思っていない、そりゃ自分自身のクローンが勝手に製造されていてそれが俺の伴侶となる為の存在なのだから仕方が無い、この街に立ち寄る前に森で魔物に襲われた際にクロリアを具現化した。


髪飾り、俺が悩みに悩んでプレゼントしたソレを視界で捉えた時にグロリアは一気に不機嫌になった、クロリアにプレゼントする奴なんて俺しかいないしな、怒りをそのままに魔物にぶつけるグロリア、流石の俺もクロリアも唖然としてそれを見詰めてた。


四散、グロリアの剣が凄まじい速度で肉を裂き骨を断つ、断末魔すら許して貰えずに殺される魔物の姿はあまりに哀れであまりに無様だ、血に濡れながらニッコリと微笑んだグロリアの顔が今でも忘れられないぜ、こ、こわっ、そして現状がコレ。


「グロリア、ワインも頂いちゃおうか?好きに使ってくれって言ってたし」


「そうですね、出歩いてお酒を買いに行くのも億劫ですしそうしましょう」


ソファーに座り込んで一点を見詰めていたグロリアは爽やかな笑顔を浮かべながら俺の提案を了承する、コレだ……表面上は何一つ変化が無いのに体に纏わり付く視線、蛇のような視線だ、その視線が俺の体に突き刺さる。


昔のように邪笑を浮かべるでも無く終始笑顔のままでコレだ……腕を見ると鳥肌が立っている、気にしないように努めながら食事の準備を進める、取り敢えず先に食器の準備だけ済ませておくか?食器を楽しむのは野宿では出来ないからな。


マホガニーのテーブルと椅子が良いなぁ、俺も何時か家を持ったらこんな家具が欲しい、マホガニーは木材として大変優秀で導管が大きく柔らかいのが特徴だ、その為に加工しやすく多くの家具職人に愛用されている、手触りを楽しむ、グロリアの方を見ないようにしながら!


「マホガニー製の椅子良いなぁ、農家の息子には過ぎた代物だけどよぉ、何時か買いたいぜ」


「一緒に暮らし始めたら一式揃えましょうか?家具は長持ちする良い物を選びましょうね」


「お、おう」


グロリアの事は大好きだし将来は一緒になりたいけど纏わり付く様な声の響きが俺に恐怖を植え付ける、いや、実際に声は何時ものように軽やかで美しいソレだ、しかしそこに隠された感情があまりに粘着的で倒錯的なのだ、グロリアを見る事が出来ない。


マホガニーを摩りながら気分を落ち着かせる、グロリアはモノや金で他者を縛り付ける事が可能だとわかるとソレを惜しまない、俺も知らない内に調教される可能性があるので油断しないようにしないとなっ、だけどキョウやクロリアがいるから大丈夫か!


二人はお互いを敵視しているがグロリアを嫌う点は共通している、そして飛び抜けた頭脳と観察眼を持っている点も同じだ……その能力で俺を正しい方向に導いてくれ、出来るならグロリアの下僕になる未来は勘弁なっ!出来るだけ男として傍にいたいんだぜ。


しかし結婚したらマホガニー製の家具を一式揃えてくれるのか、繊維方向に現れる木目が立体的で特徴的なこの樹木は高級家具や高級楽器などに使われる木材として知られている、流石に親戚もコレには手を出していなかったな、自分で育てて見るのも楽しそうだ。


銀の燭台や食器が並ぶ机の上にグラスを置く、そこでグロリアの姿をちらり、ワインのボトルを開けながらご機嫌に見える、夏の風物詩であるロゼワイン、その色を楽しんでからゆっくりと飲み干す、さ、酒に逃げてくれているなら助かるぜ。


「カベルネ・フラン種、辛口ですね」


「そこまでわかるのか、凄いな」


「キョウさんも飲みましょう、何時も食事の準備を頼んでしまって申し訳無く思っています」


「だ、大丈夫、シチューの様子を見たいからソレが終わってからな」


「残念ですね、それでは可愛いキョウさんが私に靡くまで一人でワインを楽しむとしましょうか」


「す、すまん」


ねっとり、視線が圧を持って俺に圧し掛かる、銀色の睫毛が蝋燭の光に照らされて怪しく光る、くるんと上を向いた長い睫毛は何度見ても美しい、特別何かをしているわけでは無いのにこの睫毛、化け物めっ、美しさを語るのに化け物ってどうなんだ俺!


俺をずっと見詰めている、青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳を独り占めしていると思えば気分が良いが状況が状況だ、うおぉ、女の嫉妬は苦手だぜ……誰一人として関わりたく無いのか一部の皆は俺の中で狸寝入りしてやがる。


その中でも一際震えているのがササ、ガタガタ、ササは俺に頼まれると断れない性質だからな、何て可愛い奴なんだろ、他の一部は覚えとけよっ、しかしやはり貴族様のお家ともなると暖炉も立派なもんだな、シチューの様子を見ながらその姿に感動する。


昔から格式や席次を決める上で最も重要な調度品とされていた暖炉、暖炉周りのマントルピースと呼ばれる装飾も派手で目に眩しい、煙で汚れる為に初期の暖炉のものはちょっとした装飾でしか無かった、しかし現在では家の格式を見せ付ける為に年々派手になっている。


家の格式を示す室内装飾の最重要の部位とも言える、しかし俺には関係無いねー、そんな事よりも暖炉の使い勝手の方は大事だぜ、感動はしたけど自分の家には必要無いな、ぐ、グロリアと一緒に住む時もいらねーぜ!


「うん、美味しそうだぜ」


鴨と白インゲン豆のシチュー、カスレと呼ばれるこの地域特有の料理で最後にグースファットと呼ばれる鴨の脂を入れて表面を焼き上げるのが特徴だ、市場で仕入れた新作料理、味を見てみよう、軽く口に含んで舌先で吟味する。


ガーリックトーストと一緒に食べても美味しそうだ、トマトを効かせて酸味を強くしたのが良かった、長旅で疲れた体に染み渡る、皿に盛り付けるかそのまま食卓の上に鍋ごと置くか悩み所だぜ、前者はこの屋敷に似合っているがおかわりする時に面倒。


後者は少し雑すぎる気もする、そんな事を考えていたら首に何かが纏わり付く、血管が透けて見える程に白くて長い腕、白蛇(はくじゃ)を連想させるソレがゆっくりと俺の皮膚に触れる、ぞくりと背筋が凍る、な、なに?


「キョウさん♪」


「ぐ、グロリア、ご飯出来たぞ」


「ふふ、どうしてそんなに緊張しているんですか?お互いの体の全てを知っているのに」


「ちょ、まだ夜中じゃないぜっ」


「それは夜になればこの可愛らしい体を自由にしても良いって許可書ですかね?」


酒の匂いはしない、そもそもグロリアがあの程度の酒で悪酔いするわけが無い、緊張で震える俺の姿を楽しみながらグロリアが体を擦り付けて来る、本来なら嬉しい状況だが先日の件がある、グロリアの目的がわからない事には恐怖でしか無い。


指先が俺の顔に触れる、顔の輪郭を確認するように指先が何度も振れる、切り揃えられた美しい爪が俺の瞳の周りで蠢く……このまま瞳を抉られてササ状態に突入かな?やっと同じ存在になれるぞササ!恐怖のあまりに思考が錯乱状態に突入する。


「怒っていませんよ」


「あ、そ、そうか」


聞いていないのにグロリアが答える、あまりに無機質な響きに緊張は解けない、そればかりかますます硬直する。


「そうだ、キョウさんに髪飾りを買って上げましょう」


「俺に?」


自分に買わすのでは無く俺に買うのか?背中越しに感じるグロリアの僅かばかりの胸の感触、異性と触れ合っているのだなと実感する、汗が意味も無く噴き出る。


「ええ、瑪瑙(めのう)を連想させる可愛らしい髪飾りを」


「っ」


「私が付けてあげますね?」


俺は純粋な好意でクロリアにあの髪飾りを渡した、そしてグロリアは純粋な支配欲で俺に髪飾りをプレゼントしてくれる。


無言で頷く事しか出来なかった。

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