閑話103・『クロリアがグロリアより大切にされる日もある』

グロリアにプレゼントをした、そりゃ惚れてる女にプレゼントするのは当然だよな?


笑顔で受け取ってくれたグロリアの笑顔に他意は無い、プレゼントした俺も嬉しかったしされたグロリアもきっと嬉しかっただろう。


その夜は興奮して中々寝付けなかった、やっと微睡み始めた頃にユルラゥが何故か話し掛けて来やがった、主の眠りを邪魔するとは何事かっ!


『本物ばかり良い物貰って偽物は穴倉で寝て過ごせってか?主よォ、もう一人の女の子をちゃんと見てやらないと駄目だぜ?』


優しい声音だった、グロリアは幼い時から人を支配して生きて来た、従属する信者からは崇拝されていたし外面の良さから関係者に慕われていた。


だからプレゼントをされた事は沢山あるし人に何かを貰う事に慣れている、それでも俺のプレゼントに対しては特別ですと無邪気な笑顔で頬を赤めてくれた。


そこに嘘は一つも無い、グロリアは冷酷な女性だ、そしてその女性から唯一の愛情を抱かれているのが俺、少し恥ずかしいが事実だ、だから俺のプレゼントに対しては心からの笑顔を見せる。


ならクロリアはどうなんだ?俺の成長に合わせて調整され培養液の中で過ごした数年間、今もどんな気持ちでグロリアにプレゼントを渡す俺を見ていた?ユルラゥのアドバイスは的確で無駄が無い。


「だから購入しましたよ」


溜息を吐きながらベッドに寝転ぶ、グロリアにプレゼントを渡してから数日、安物のイヤリングだったがグロリアはそんなモノでも喜んでくれる、そしてその効果は絶大だ、高級宿にその日から宿泊してるぜ!


本人は何時ものような冷静なグロリアのつもりだろうけど実にわかりやすいぜ……グロリアが喜ぶと俺も嬉しい、しかしその事に夢中になるばかりに大切な事を見落としてしまう、こんなのが一部を統べるメインなのだから呆れるぜ。


意識を集中させる、クロリアは女寄りの俺であるキョウと相性が悪い……というか嫌っている、俺の命令が無いのに勝手にキョウの支配力を抑え込んでいる、俺は既にキョウを認めたし好きにやらせたら良いのに頑固な一部だぜ、まったく。


一部を体の内から呼び起こして具現化するのは体力を消耗する、エルフに近ければ近いほどに負担は軽くエルフから遠ざかれば遠ざかる程に負担は大きい、しかしクロリアの細胞は俺の体の大半を占めている、呼び起こすのは造作も無いぜ。


「クロリア、おいで」


腹を引き裂いて腕が伸びる、この為に全裸になっていたのだ!白い皮膚が破けて白い腕が伸びる………指先で内側から俺の肉と皮膚を引き裂いて愛しい一部が具現化する、血は出さない、妖精の寿命を錬金術の等価交換の天秤の上に重ねながら再生を繰り返す。


引き裂いた腹の隙間から瞳が見える、まだ完全に具現化していないので剥き出しの眼球が一つの臓器のように俺の中で蠢いている、ギョロギョロ、忙しなく周囲を見回して軽快している、肉の内側で周りを見ても俺の血と肉しか無いぜ?何を警戒するんだよ。


クロリアは過保護だから俺に害を与える者を許さない、故にいつもこうやって神経を研ぎ澄ましている、せめて具現化してから研ぎ澄ませと苦笑する、ずぶぶぶぶ、粘液に塗れた腕が宙を彷徨う、即座に乾燥した粘液が音を鳴らしながら剥がれる様は蝉の脱皮を思わせる。


妊娠では無く創造、クロリアは俺の血肉で自分の肉体を取り戻す、俺の細胞の大半はクロリアのモノだ、シスターとしての容姿もシスターとしての性能も全て彼女から譲り受けた、いや、最初から俺のか?一部の過去に触れると面白い程に意識が途切れるな、何だか悲しいぜ。


「っくあ」


「急いで具現化しなくて良いぜ、そんな大した用事じゃねぇし」


「う、あ、あ」


声帯も出来ていないのに頑張るな、俺は血肉を奪われ続けながら世界に復元されるクロリアを見守る………俺の細胞から美しい少女が汚らしい変貌を繰り返して再生する、何かに対して物凄く背徳的だなと思う、それは曖昧だが確かな実感としてここにある。


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる瞳をキラキラとさせて俺を見つめている、そしてベールの下から覗く艶やかな銀髪は雪景色を彷彿とさせる、幼女特有の甘い匂いと血の臭い、生と死の矛盾、クロリアは何時もの様に俺の中から生れ落ちる。


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白で教団のシスターに与えられる支給品、魔力に対する抵抗力があり自然治癒能力も完備している、身長は俺の胸の位置ぐらいしか無い、他人として自分の容姿を見るのは何だか楽しい。


グロリアの幼少期のままの姿をしたクロリアが世界に誕生する、息が荒いのは俺の忠告を無視して一気に具現化したからだ、何時もなら大丈夫だけど今は新たに取り込んだ魔物三匹の処理に追われている、あまり無茶はするもんじゃないぜとその髪を撫でてやる。


「おかえり、クロリア」


「ただいま、キョウさん」


俺が愛した少女と同じ遺伝子を持つ幼女、しかしそれだけでは無く俺自身の大切な一部、このままベッドで寝かしつけてやりたい欲求がっ!小さい子って何だか知らんが沢山寝させたいよなっ!ずりずり、シーツの上を這うようにして俺に近付くクロリア。


グロリアと同じで何事も完璧なクロリアにしては珍しい、俺の腰に抱きつきながらスンスンと小さな鼻を動かす、あ、汗臭いか?どうしてかわからないけど気恥ずかしくなる、妙に風呂に入りたい気持ちだ、自分自身でもわからない謎の欲求に首を傾げる。


美しい生き物は人を惑わせる、美しいクロリアは俺を惑わせる。


「匂いを嗅いでどうした、あ、汗臭いか?」


「いいえ、甘酸っぱい匂いですね、キョウさんの匂いだなぁと実感していました」


「生意気言うな」


「い、いひゃいれすきょうさん」


端正な顔があまりに端正なので歪めたくなったぜ、クロリアの頬を掴んで両側から引っ張る、頬っぺたはプルプルでスベスベだ、新手のフルーツか!その魔性の手触りに震えながらほっぺたで遊び尽くす、されるがままのクロリアは目を細めて怒っている。


クロリアの顔を見詰める、全てのパーツが小さくて精密だ、どんな職人がこのような美しい顔を創造したのだろうか?答えは簡単、神がシスターをこの世界に生み出したのだ、神の御業ここにあり、しきりに感心しながらクロリアの銀色の髪を手に取る。


サラサラ、流れるような髪、一切の不純物が無い水のような感触、そこに差し込まれる髪飾り、陶製のモノで細かい細工がびっしり施されている、瑪瑙(めのう)を思わせる複雑な色彩はクロリアの儚げな容姿にぴったりだ、頬を指で掻く、グロリアにプレゼントしたモノより高級品だ。


ずっと見てたろ?俺がグロリアにプレゼントする光景をさ、ごめんな。


「き、キョウさん」


「プレゼント、何時もありがとなクロリア、お前の事を考えて選んだんだ」


「は、はいぃ」


「え、何か駄目だったか?あんまり嬉しく無さそうだけど」


「い、いえ、いいえ!」


「どっちだよ」


「う、嬉しくて、死んじゃいそうです」


縮こまるクロリア、ずっと俺に出会う事だけを夢想して生きて来た少女、抱き寄せて頬を重ねる。


あったかい。


「ちなみにグロリアにあげたのより高いからな、コレ、グロリアには内緒だ」


「誰にも言いませんよ……だって」


「だって?」


「こんなに幸せな気持ちは独り占めしたいです」


意地らしいクロリアは何処にでもいるような女の子に見えた。

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