第124話・『大賢者の言葉で悩みが消える、男と女の真理』

城に足を踏み入れる、城の中はあらゆる草花に支配されている、壁にも調度品にも蔓が侵食していてまるで森の中そのものだ。


意外な光景に暫し硬直する、な、何だコレ、どうして城の中まで植物が溢れているんだ?太陽の光が無い世界でこいつ等どうやって?疑問が幾つも浮かぶがココは植物の魔王の眷属の住処。


人の常識は通用しないか、植物を踏み潰すのは心が痛む、これでも農業で生活していた身、どのような植物であれ意味も無く踏み潰すのは嫌悪感がある、畑に生えた雑草でも食えるモノは食べてたしなっ!


そう思った矢先に殺気を感じてファルシオンを抜く、重量のあるファルシオンだが今の俺の腕力だとまったく重さを感じない、三人の高位の魔物の細胞が人外の筋力を与えてくれている、直感に任せて一文字に斬り裂く。


「デカい向日葵?」


花弁は巨大な一つの花のように見える、しかし実際は頭状花序と呼ばれていて多数の花が密集して一つの花の形を形成している、ソレが蠢きながら背後から幾つも現れる、魔物なのか特殊な植物なのか判断し難い、俺を食おうってか?


外側に黄色い花びらがある花を舌状花、内側の花びらが無い花を筒状花と大別するのだが人を襲って食おうとする向日葵は何て呼べば良いんだろ?意外に俊敏な動きで蔓を伸ばして来る、鋭利なソレは頬を切り裂きソレに興奮して向日葵は大きく震える。


花びらの中心が裂けて動物の口のような器官が出現する、やっぱり食うつもりじゃねぇか!ファルシオンで切断された向日葵も蠢きながら再浮上する、宙で首を揺らしながら威嚇する姿はまるで蛇のようだ、一気に襲い掛かって来るそいつらを背に逃げ出す。


「あばよーだぜ」


『キョウちゃん、戦わないんだね』


「ある程度強くなったら決めて良いんだぜ?奪う命と奪いたくない命をな」


『奪いたい命と奪いたくない命では無いんだね、奪う命だともう完結しちゃってるよ?』


「我儘だけど許してくれ、逃げるぜっ!」


全力疾走、火の妖精を生み出せばすぐに終わる戦い……しかし室内で火を使うのは中々に怖い、俺の目的は魔王軍の元幹部だ、どうしても戦わないといけない相手ならまだしも自生している向日葵が相手ってどうよ?やる気を削がれた、なので逃げる。


それに今の体でどれだけの速度を出せるのか知っておきたい、景色が一瞬で切り替わる、羽のように軽い体は空気の抵抗をものともせずに前進する、地面を蹴り上げると一瞬で床が罅割れて破片が飛び散る、皮肉な事にソレが向日葵の追撃を弱めている、ラッキーだぜ。


敷地内にある聖堂や聖像画は目を奪われる程に美しいが足を止めて鑑賞するわけにはなぁ、天井と床と両面の壁、四面を跳ね回りながら高速移動する、この姿を見て人間だって理解してくれる人はいるかな?身体能力に優れた職業でもここまでは出来ないだろうな。


「溢れ出るパワー」


『無駄な動きが多過ぎるように思えるけどね』


「俺は無駄な事だとわかっていても影不意ちゃんの旋毛の匂いを嗅ぎ続ける」


『うん、その話じゃないね』


「旋毛を嗅ぐ事は無駄な事かもしれねぇ!でも影不意ちゃんの旋毛がラフレシアのように甘い香りで俺を誘うんだっ!」


『もっと良い例えがあるはずだよ、少し考えてみよう』


「さっきの向日葵の香りのように!」


『流石の僕も食人植物を例えにされるとは思わなかったよ』


「わはは、影不意ちゃんの旋毛はそれだけ素晴らしいって事さ♪しかしかなり入り組んだ城だな、何処にいるんだろ、俺の餌」


『キョウちゃんのエサはきっと最上階にいると思うよ?妖精の力で遠視したからね』


「そうか、餌は最上階か」


既に向日葵の姿は無い、足を止めて深呼吸する、向日葵に襲われてからあまり時間は経過していない、それなのに既に城の中央に足を踏み入れている、人外の脚力は冒険をつまらなくさせる、やっぱりゆっくり景色を楽しみながら攻略したい。


影不意ちゃんが心配している、俺の精神があまりに不安定で自分を卑下する傾向にある事を案じている、化け物になりたくないのに既に化け物だから仕方ねぇぜ!でも大丈夫、俺がキョウを信じている、キョウなら打開策を見つけてくれるはずだ。


そしてグロリアも信じているぜ。


「他の一部の皆はグロリアを敵視しているけど俺は信じてる」


『僕は敵視していないよ?』


「初耳だぜ」


『キョウちゃん、一部の皆の意見をちゃんと聞いた方が良いよ?』


「どうしてグロリアを嫌っていないんだ?キョウが良く言ってるだろ、グロリアは俺達を利用している、自分の計画の為の駒にしか見ていないって」


『キョウちゃんは彼女の事を信じているでしょう?』


「っ」


『僕はキョウちゃんの一部だからね、キョウちゃんが慕ってる人を嫌いにはならないよ』


足を進める、そして影不意ちゃんの独白を黙って受け入れる、他の一部と違って己の性能を語るのでは無く一人の少女として言葉を投げかけてくれる。


巨大な扉がある、この向こうに餌がいる。


『例え裏切られて使い捨てにされても良いんじゃないかな?それでもキョウちゃんがずっとあの人を好きでいられるなら』


望んだ言葉をくれる。


「ふふ、他の一部が聞いたら私達のキョウに!って怒り狂いそうなアドバイスだな」


『そうかな?キョウちゃんは誰のものなの?』


「俺は――――俺とグロリアのものだぜっ」

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