閑話102・『自分浮気』

この街にも雪があるのか、空から降り注ぐ白いソレを手で掴む、溶けて消えてしまうソレは雪、物珍しさに目を瞬かせる。


キョウの姿は見えない、また鬼ごっこか?やれやれと溜息を吐き出しながら歩き出す、何処までも続く白い景色は一種の恐怖すら感じるものだ。


どうして雪が?俺もキョウも望んでいたか?考えれば考えるほどに違和感がある、この世界は俺とキョウの世界、望まなければこのような景色にならない。


湖畔の街は何時もと違う様子で俺を迎え入れてくれる、一部を取り込み過ぎたせいで異常が起きている?それともコレは俺かキョウが望んだ事?考えても答えは出ない。


「キョウの姿も見えないしどうするか」


あいつがいないと暇なんだよな、自分自身で自分を慰める行為でしか無いがキョウと一緒に過ごす時間は心に安らぎを与えてくれる、エルフライダーの苦しみを理解してくれるのはあいつしかいないのだ。


そりゃ自分自身なんだから当然だろうと自虐しながら意味も無く座り込んで雪を丸める、その行為にどんな意味があるのか自分自身でもわからない、単なる暇潰しだが始めると没頭してしまう、単純な俺。


慣れ親しんだ雪の感触についつい熱中してしまう、故郷では村の仲間を奪う憎い存在だったが自分の心象風景の世界では恐れる事は無い、雪うさぎを製作する、何せウサ耳の母親がいるのだ、手抜きは出来ないぜ?


「よし、完成」


「それ、なぁに?」


「いきなり話し掛けるなよ、驚いて落としそうになったじゃねぇか!」


「ねえねえ、それなぁに?」


振り向く、金糸と銀糸に塗れた美しい髪、雪の中でも鮮やかに輝く二重色、黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている、癖ッ毛のソレを手櫛で整えながらキョウは俺の手元を不思議そうに見詰めている、子供のような表情だ。


豪華絢爛な着飾る必要も無い程に整った容姿、グロリアと似ているがここまで派手な要素あったっけ??自分自身の容姿に馴染めないとはとうとう俺もぶっ壊れたかな?自分自身を見詰めているのにここまで違和感を感じるとは笑える。


瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている、俺であると同時に女寄りの精神でもある片割れは美しい容姿を気にもしないで俺を抱き締める。


「ねえ、それ」


「し、しつこいぜ、雪うさぎだよ、昔教えて貰っただろ?」


ザザッ、砂嵐が脳裏を過ぎる、一瞬なのに脳味噌全てを支配するような圧倒的な質量で俺の精神を揺さぶる、しかし不快な感覚では無い、だれに、たいせつなひとにおしえてもらったはずなのに、なにもおもいだせない。


覚醒する、気を失っていたわけでは無い、しかし何かが途切れた、スッキリする、そんな俺の頬に自分の頬を重ねながらキョウが同じ質問をする、こいつは好奇心の塊だな、つい最近まで外に出さずに俺の意識の底に閉じ込めていたからな。


キクタの干渉が激しいせいで覚醒したのか?わからんがキョウがいると安心する、そんな俺の精神を読み取ったのかニマニマしている、口元がゆるゆるで品の無い笑みだ、キョウを引き剥がそうとするが引き剥がせない、くっ付き虫かっ!


雪が降り注ぐ街の真ん中で何をやっているんだろうなぁ、キョウは背中に張り付いたままだ、この寒空の下ではこいつの体温がありがたい、しかし決して口に出すことは無い、口にしたら最後、犬のようにじゃれついてくる未来が確定されている。


「雪うさぎ、そうか、部下子に教えて貰ったよねェ」


ザザッ、雑音、二人きりの世界なのに何かが干渉して来るような感覚、これが終わった後は妙に頭がスッキリするんだ、だから俺はこの雑音と砂嵐を望んでいる、とてもとても頭がスッキリして最高なんだ、余計な雑念が全て喪失する。


だけど瞳が痛い、瞳の奥の方が痛い。


「あらら、泣いちゃったんだねキョウ、ごめんねぇ、少し油断しちゃった」


「ぶか、こ」


「はいはい、忘れちゃおうねェ、そう、キョウが辛い事は全部忘れちゃおう、今の精神状態で過去の事を思い出すと二度と元通りに戻らないからねェ」


「なみだ、おれのか、これ、俺の涙か」


「そぉだよ、キョウはよっぽどあの人が好きなんだねェ、今でも生きていたらグロリアの付け入る隙なんて無かったかもねェ」


「雪うさぎ、涙で少し溶けちまった、ごめんな、喜んでくれたのに」


溶けてしまった雪うさぎは酷く不格好だ、本来の形を失ってよくわからない生き物に成り果てている、まるで俺達のようだなと苦笑する、涙は止まらない、キョウも何も言わない。


「もう一度作るぜ」


「いいよ、その不格好の雪うさぎで、可愛いじゃん」


「ウサギかどうかわかんねぇぞ、コレ、俺の涙で溶けちまって」


「どんなに不格好でもキョウの涙で歪んだウサギの方が私はいいな」


キョウの言葉は――――優しい、いつも俺を助けてくれる。


頬を寄せて体温を交換する、そうか、こんな見っとも無い生き物でも良いって奴もいるんだな。


「どんなに形が歪でも私とキョウで一つだもんね」


振り向くと唇を奪われる、してやったり、キョウは無邪気に笑う。


真っ白い雪のような無垢な笑顔だった。

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