閑話101・『服を着飾るように貴方を着飾る』

違和感を消せはしない、憧れて憧れて同性や姉妹に求めてはいけない感情を持ってしまった……しかし彼女にとって自分はそこらの有象無象と何一つ変わり無い事を知ってしまった。


城に遊びに行こうが会話を楽しもうが彼女にとって自分は取るに足らない存在だと再認識するばかりで虚無感が広がるだけ、部下子にとっての一番は弟君、だって彼女はその為に製造されたのだから。


そして彼女は消えて自分一人だけが残った、新たに見付けた宝物はそんな彼女が愛していた存在だった、寝取ったの?それとも奪ったの?………その場所は部下子のものじゃないの?苛まれそうになる、だけど女の本性がそれを強く拒む。


いなくなった部下子が悪いのです、悪蛙は悪く無い、この人の隣に立つのは悪蛙ですっ!欲望は大きくなるばかりで際限が無い、そう、勇魔からも奪ってやる、心に決めた、それなのにどうしてこのような事になっているのか?


「アク?食器の準備してくれよ」


「お、おうなのですよ」


今の人類にはまだ早い技術、プレハブ工法で建てられた我が家で何時ものように食事の準備を始める、キョウくんはあの一件以来ずっと部下子の姿をしている、まるで当たり前のように自分の姿を喪失して何事も無いように過ごしている。


一体キョウくんは何なんだろう?こんなに罪深い生き物がいるのだろうか?画一的なデザインは仕様として仕方が無いがこの建物は知識が無い人間からしたら普通の山小屋にしか見えない、二人で過ごして来た家がまったく別物のように思えてしまう。


そんな悪蛙の気持ちを無視するように部下子の姿を見せ付けて来るキョウくん、かつて憧れて密かに恋をした姉の姿で愛するキョウくんが当たり前のように振る舞う光景、頭痛がする、ズキズキと頭の奥が激しく疼く、何とも言えない感情が胸の内で渦巻く。


「アク、んだよ、ジロジロ見てさ」


「あ、あはは、キョウくんは何時見てもかっこいいなぁって思ってたですよ」


「お世辞を覚えやがって…………い、一品増やしてやろう」


「あ、あざーすです」


暖炉とオーブンの二つの機能を持つペチカと呼ばれる設備を最大限に活かしながらキョウくんは笑う、煉瓦で作られた壁式ペチカ、重要箇所である空気調整口と煙突ダンパー共に素人仕事とは思えない素晴らしい仕上がりだ。


男性が扱うように作られたソレを小さな子供の姿で器用に操作するキョウくん、まるで最初からその姿だったように手早く調理を終えてゆく、悪蛙が見ていたキョウくんは何だったのだろうか?あの愛らしい男の子は何処に消えたのだろうか?


絶対に部下子がしないような朗らかな表情で作業をこなすキョウくんを見ていると不思議な気持ちになる、滅んで消えたかと思った部下子がキョウくんのモノとして目の前で使われている、貴方はどうなったんですか?その様は何なのですか?


もしかして悪蛙もうそうなってしまうのだろうか、キョウくんの一部として容姿として使われるそんな未来、ぞくり、背筋に冷たいものが走る、恋した少女の姿に恋した少年の精神、悪蛙にとって特別な二人が重なり合って目の前にいる、恐怖よりも納得出来ない。


部下子、貴方はもしかしてソレを望んでいたのですか?キョウくんそのものになって互いの境界線を失う事を望んでいやがったのですか、だとしたら悪蛙は一生貴方に敵わないじゃねぇですか、だって貴方はもうキョウくんの一部になってしまったのだから。


ズキズキズキ、狂っている、こんな風にキョウくんを着飾る為の一部に成り下がった部下子を見て羨ましがるだなんて、し、嫉妬するだなんて、あ、悪蛙はどうしてしまったのですか?嫌悪して恐怖するのが普通でしょうに。


「アクよォ、またジロジロ見てるぞ、おかしいかこの姿?」


「すがた、姿っ、え、キョウくんその姿が何時ものものじゃないって自覚があるんですか?」


「何時もの姿って何だ、これも俺だろ?アクだって今日は髪が乱れてるじゃん」


「それ、と、同じ?」


「おう」


何でも無い事のように育ての親の姿を踏み躙るキョウくん、無自覚なままにっこりとと微笑む、まるで今までの自分の姿すら不確かなものだと証明するような発言に体が硬直する、部下子の姿になっているのはキョウくんの中でそれぐらいの違いでしか無い?


あんなに貴方を愛して貴方の為に生きた部下子の容姿を髪の乱れ程度の変化としか認識が出来ない、どれだけ哀れでどれだけ可哀想な生き物なのだろう、胸が疼く、キョウくんはそれを自覚出来ないまま部下子の姿を自分自身で踏み躙っている、蹂躙している。


椅子に座り込んでこちらを見詰めて来るキョウくん、夜の帳を思わせる底無しの黒色の瞳、一切の光を映さない黒色は世界の淵のように絶望的だ、部下子の瞳はあの頃から何一つ変わら無い、変化があるとすればそこに鋭利な冷たさが無い事ぐらいだ。


「キョウくんは、悪蛙の姿にもなりたいですか?」


願うように、祈るように問い掛ける。


「ああ、良いな、俺がアクの姿になったら二人でペアルックだな、へへ、恥ずかしいぜ」


「き、キョウくん」


他者の全てを奪う事をそんな認識でしか処理出来ない?悪蛙は理解出来てなかったのです、大切で大好きなキョウくんがここまで壊れている事を。


ここまで勇魔に近い事を気付こうとしなかったのです。


「くれるのか?」


あげません、姉の声でそう問い掛けたキョウくんに絞り出すように返事をした。


貴方を救ってあげたい。

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