第122話・『キョウちゃんの幸せ計画発動、ものすごく頼りになるよ』

温暖な気候に多様な地質、先程まで熱帯雨林だったはずなのにすっかり景色が変わってしまった。


この森はおかしい、まるで区切りがあるように一面の景色が入れ替わる、夢でも見せられているような気持ちになって頬を抓る。


多様な針葉樹が生しているようで天に向かって雄々しく自分を誇示している、雑草を踏み付けながら先に進む、魔物も襲って来ないし何だか不思議だぜ。


「グロリア?」


おかしい、姿を見失った、その前後が思い出せない、違和感に首を傾げながら妖精の力を解放して位置を確かめる、あんなに先に進んでいる?グロリアの位置を確認して唖然とする。


罠に嵌められたか?しかしグロリアはこちらに戻る事はせずに前進している、お互いに獲物を見つけるまで頑張りましょうって事か?苦笑しながら俺も足を進める、魔法の気配は無かった。


固有の能力か何かか?魔王軍の元幹部は一芸に秀でた者が多い、妖精を生み出して亡霊を創り出す規格外の能力も存在しているし有り得る事だ、そもそも空間転移は俺も使えるし、それって誰の能力だっけ?


し、しと?いまいち記憶が曖昧だ、だけどそこを深く追求する気になれない、魔王軍の元幹部では無く勇者の元仲間、人間だ、この世界の英雄たる人間を捕食する、そろそろエルフを食べないと自我も体も保てそうに無いのに。


「い、言われた通りにするぜ」


グロリアに捨てられたく無い一心でその行為を肯定する、腹が減る、エルフを食いたいエルフを食いたいエルフを食いたい………あのぴょこんとした耳がとても美味しい、甘噛みして油断させた後に捕食したい、噛み千切って鳴かせたい、泣かせたい。


つ、つまみ食いをして体を保とう、人数に規定は無い、だとすればグロリアが見ていない所で純血のエルフを捕食して自分を保つしか無い、妙案に顔を歪ませる、それは笑みなのか苦痛によるものなのかわからない、俺は俺をどうにか維持したい。


「んー、根本的な解決になってないけどそれが良いと思うよぉ、もう少し待ってねぇ」


「だ、だよな、ダメだ、エルフの事ばかり考えてしまう、美味しいエルフの事ばかり考えてしまうぜ」


太い幹からうねるような枝が四方に広がっている、それすらも全てエルフが悶えている映像に見えてしまう、幻覚、このままではまずい、飢餓の何割かをキョウか引き継いでくれる、少し冷静になる。


グロリアの前だと相談出来ないからなっ、純血のエルフ、若しくはエルフに関わる存在、この二つのどちらかを吸収しない事には俺の人格がヤバい、キョウもわかっているのか俺の意見に賛成してくれる、ありがてぇ。


エルフのつまみ食い計画、しかもグロリアにバレるのは駄目だ、グロリアはそんな事よりも早々に魔王軍の元幹部と勇者の元仲間を捕食しなさいと言うだろう………いや、もしかしたら許してくれるかも?グロリアは俺に厳しくそして甘い。


「だーめ」


「だ、ダメか?」


「んふふ、グロリアだったら確かに許してくれると思うよォ、キョウを壊してまで事を無理矢理進めるような女じゃないからねェ」


「だ、だったらやっぱり相談した方が―――」


「あはは、問題はそこじゃないんだよ、どうせなら二兎を得ようってお話ぃ」


「に、にとぉ」


「ニートじゃないよォ」


「何だかあまり気持ちの良い言葉じゃねぇぜ」


もう一人の俺は俺のはずなのに頭の回転が速くて物事を長期的に考えることが出来る、そもそも俺を洗脳してグロリアを嫌うように誘導した手口も陰湿だが実に計画的なものだ、自分自身にここまでのものがあるとは改めて驚く。


くすくすくす、蜂蜜のように糖度と粘度の激しいソレが脳裏で響き渡る、しかしそこに邪気は無い、純粋に俺の為に働けて嬉しいと感じている、自分の為に働くもう一人の自分、俺が同じ立場だったらここまで無垢に振る舞えるだろうか?


この娘を一度は自分の奥底に強制的に封印した、それを考えると何とも言えない気持ちになる、俺が俺にする事だ、誰の許可も必要無いしこいつも納得している、そのはずなのに胸が痛い、自分自身の感情が処理出来無い、おかしいな。


キョウ。


「二兎だよ、キョウ」


「もっとわかりやすく教えてくれ、お前と違って俺は頭が良く無いんだ」


「嘘だァ、同じキョウじゃん」


「恥ずかしいけどマジだぜ」


「んふふ、じゃあ良いよォ、エルフを取り込むのは良いけどグロリアには内緒って事ォ、グロリアに一部が全て割れているのは危険だからねェ」


どうして危険なのだろうか?しかしキョウの言葉は何か確信があるように思える、エルフを得る事で自我を保つのが一兎、それをグロリアに隠して幾つか取り込む事が二兎?だけど二兎を追ったら何も手に入らないんじゃねぇかな。


「大丈夫だよぉ、キョウは村にいた頃から兎を狩るのが得意だったじゃん」


「ああ、得意だったな…………でもどうしてグロリアに黙ってエルフの一部を集めないと駄目なんだ?」


「キョウの一部が全て割れてると何かあった時に対処されるでしょう?一部の姿に変化する時も知られていない方が良いし」


「俺はグロリアを裏切らねぇぞ」


「そぉだね、でも状況がソレを許さない事もあるかも?奥の手としてグロリアの関与していない一部は必要なんだよ、エルフは安定剤にもなるし都合が良いね」


キョウと話しているとグロリアと話しているような気分になる、愛しくて恐ろしくておぞましい。


全てを支配するように計画を練る口ぶりが似ているのかもな、俺はキョウを信じると決めた、だから黙って頷く。


「ありがとぉ、私の為にグロリアを裏切ってくれて」


「…………ふん」


裏切ってはいないはずだ、俺はそうやって自分を納得させるしかなかった。


「嘘だよ、ありがとう、私を信じてくれて」


ふん。

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