第121話・『妖精公認嫁は怒っている』

逃げるように街を去る、死人は出なかったようだし崩壊した街の修復はルークレット教がどうにしかしてくれるようだ。


再会したグロリアに見たものを事細かく報告する、顎に手を当てて無言で頷くグロリア、両方の事件を重ね合わせて色々と思案する。


グロリアが処分したシスターと新たな魔王の眷属、その出現が同時に起こった事は偶然なのか?両者が繋がっているとしたらグロリアの派閥に魔王の間者が存在する事になる。


失礼を承知でグロリアにそれを問い掛けるとニッコリと笑いながらそうですねと肯定する、まるで何でも無い事のように呟くので緊張して問い掛けた俺が呆ける形になる、あ、良いんだ。


「魔王が誕生したって事は我々しか知らない情報ですし、新たな魔王も勇魔との折り合いを考えて暫くは息を潜めているでしょう」


「息を潜める所か街中で襲い掛かってきたけどな、どうしてそんなに機嫌が良いんだ?」


「新たな魔王は新たな食材をキョウさんに提供してくれます、そして事が終われば本体を食べれば良い」


これから誕生させるであろう幹部勢の事を言っているのか?勇者によって滅ぼされる前の幹部達ならそこそこ頭数もいるだろう、餌としては申し分無いし新たな属性を得られるチャンスだ。


何より今までこの世界に存在しなかった新たな食材、涎が垂れる、目が充血する、体が小刻みに震える、美味しいモノは大好きだ、新しいモノも大好きだ、新しくて美味しいモノはきっと愛せる。


「それは、妙案だな」


「魔王を食べて栄養にして英雄になりましょう、神に成り代わるには最適なコースです」


「フルコース」


「ふふ、少しだけ怖いですよキョウさん、貴方に都合の良い流れです……涎、拭きましょうね」


新たな魔王軍の幹部と魔王そのもの、餌としてこれ程に素晴らしいモノは無い、そしてグロリアの計画も一気に推し進める事が出来る、魔王を倒せば英雄だ、何時の時代だって何時の世界だってその事に変わりは無い。


グロリアは当分の目的が出来た事で実に楽しそうだ、グロリアが楽しそうだと俺も嬉しい、自然と笑ってしまう、こうなってしまえば俺を直接狙って来た事の不自然さも受け入れられる、ふふ、あっちからやって来るのは助かるぜ。


「でも鉄の化け物は勘弁して欲しい、せめて人型、望むなら女の子、もっと望むなら美少女が良いぜ」


「キョウさんはグルメですからね」


「エルフは美味しい、シスターも美味しい、魔物も美味しい、あは」


「教育の結果が出て私も嬉しいですよ、しかし、何時やって来るのかわからないそれを待つより植物属性の幹部をお腹に入れちゃった方が手っ取り早いですね」


緑王(りょくおう)と呼ばれる植物の属性を持つ魔王、そして緑王の腹心と呼ばれたツツミノクサカ、そいつを得る為に俺達はこうやって旅をしている、新しい魔王も良いがここら辺で野菜を食べてスッキリしたい。


どんな味がするのだろうか?少なくとも金属よりはマシだろうと苦笑する、深い森の中を歩きながら味を想像して笑みを浮かべる、あの金属の魔物から幹部達の姿を想像する、ぜ、全然美味しそうじゃねぇ、あんまり食いたくねぇ。


でもグロリアに食わず嫌いは駄目だと教育された、シスターも魔物だって食べてみれば美味しかったし!だったら鉄の魔物を支配する幹部達も美味しいかもなっ!何でも食べて何でも一部にしてみないとわかんねぇもんな、成長したぜ。


「しかし、この森の奥に本当にいるのかな?何の気配も感じないぜ」


「植物属性は気配を隠すのが上手ですからね、そのせいではありませんか?」


何かしらの力の干渉で森の中は大きく変化している、あまりに周囲の環境と違い過ぎる、生物の多様性が凄まじい、見た事の無い昆虫や動物が視界の端を通り過ぎる度に体に緊張が走る、あの魔物の襲撃のトラウマがまだ解消されていないぜ。


淡水資源の宝庫でもあるようで透き通った水がそこらに溢れている、見た事の無いカラフルな鳥達が木の枝に巣を拵えている、営巣活動の場としは最高だろうなと心の中で呟く、生命に溢れた森の中は襲来した魔物の無機質さと不気味さを忘れさせてくれる。


伐採や過放牧で侵されていない世界はこうも美しいものなのかと再認識する、田舎では自然を敬う風習が存在した、しかし外の世界に出て知ったのは人間の身勝手さと汚染された大地、人間はあまりに自分勝手過ぎる、外の世界は素晴らしいものばかりでは無かった。


「そいつの力を得たら人間に汚染された土地に森を生み出そう」


「キョウさん、貴方も人間でしょうに」


「そう、だった」


「少し詰め込み過ぎましたかね?そろそろ新しい餌でバランスも考えないと」


エルフかな?グロリアはやっとエルフを与えてくれるのかな?宇治氏の選定も進んでいるしそろそろエルフを与えて欲しい、歪められたエルフライダーの本能が本来のモノに回帰する、そう、俺はエルフだけを食べる生物なのだ、そのはずなのだ。


「人間を食べましょう、勇者の元仲間を食べてバランスを保つのです」


「ぐろ、りあ」


「相反する存在を捕食して自我を保ちましょう、それに、勇者の仲間たちならキョウさんの性能の底上げにも繋がります」


性能、頭痛がする、耳鳴りがする、それを気付かせ無いように笑いながら『おう』と呟く、あの村から俺を連れ出してくれたのはグロリアだ、グロリアが望むなら俺はどのような事も成して見せる、それが例え俺を失う結果になってもだ。


俺から俺を奪う奴は殺されても文句を言えない、だけど俺から俺を奪うのがグロリアならば仕方が無い、どのような結果になっても受け入れる、だって捨てられたく無いから、グロリアに捨てられるのは嫌だ、俺が俺で無くなる事よりも嫌だ。


捨てられない為に指示に従う、エルフライダーの本能を抑えながら。


「た、食べるぜ、ちゃんと食べる、捕食する」


「当たり前でしょう、その為にキョウさんと旅をしているのですから」


悪気も無くそう呟いたグロリア、一瞬だけユルラゥの言葉が脳裏に過ぎる。


『甘えるなってェ、んもう、困った本体だぜ、もう一人の主を少しは信用しな』


『グロリアグロリア―ってだけじゃ可哀想だぜ?もう一人の主がどれだけ主を心配しているのかわかってねぇだろ?』


『そりゃ過去にした事は許されないけど主を一番愛してるのはあの人だと思うぜ、まあ、あのシスターよりは信頼できる』


もう一人の俺、辛いよ。


助けて。

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