閑話100・『お母さんはお見通し、エルフライダーは孤独になれない』
前が見えないほどの大雪、酔っぱらったグロリアに命じられてお酒を買いに出掛ける。
一緒に飲んでいたはずなのにすっかりアルコールが抜けちまった、冬は全てが消えて死に絶える季節、農家の息子である俺からしたら最悪の季節だ。
緯度の高い地域は冷気のせいで農作物の採れない時期が続く、俺の実家もそうだったなと思いながら帰路を急ぐ、雪に染まった街は何もかもが白くて美しい。
世の中の汚いモノを全て覆い隠す雪は全てに平等の死を与える、俺の村でも死人が出るのは大体この季節だ、春を迎える頃には顔見知りが何人か死んでいるだなんて事は毎年の事だ。
「寒いぜ」
「大丈夫デスか?」
「大丈夫じゃねぇです」
レクルタン、お母さんを具現化させているのは火の妖精を生み出す為だ、一般人には見えない程に希薄化した妖精達が俺の体に纏わり付いている、あたたけぇ、そんな俺を心配そうに見詰めるお母さん。
高位の魔物は人間の姿をしている、魔王軍の元幹部にもなればもはや人間と区別する事が難しい程だ、頭の上に生えたウサギの耳だって亜人種だと言ってしまえばそれまでだ、人間より強いのに擬態する意味は何だろうか?
銀朱(ぎんしゅ)の瞳が全てを見透かすように細められる、真っ白い雪の中でも一際目立つ色合いだなと改めて思う、紅葉のような手が俺の手に重ねられている、母を失い孤独に苛まれたレクルタンが最後に見付けた家族、それが俺だ。
やや過剰とも言える愛情を惜しみなく俺に与えてくれる、雪に足を取られる俺の手を優しく引いて誘導してくれる、気恥ずかしさにやや仏頂面になりながらお礼を口にする、何の意図も無く優しくされるのは少し苦手だ、それはもう昔から。
「母さんも一緒に飲もうぜ、グロリアはもう知らん!」
「お酒デスか、良いデスよ、我が子と同じ空間に居られるのなら何でもやるデス、あれは何デス?」
湾や河口が凍れば船も出せなくなる、船旅は中止になり行き場を失った乗船客達が船乗り場で暇を潰している、どいつのこいつも苛立ちを隠そうともせずに足踏みしている、あまり関わりたく無い人種なので道を遠回りする。
商人達が品物や馬を車両に忙しなく積み込んでいる、船での旅を諦めたのだろう、天幕と急拵えの廃材小屋で野営している人々、グロリアが言った通り無理をしないで早々に宿を決めて良かったぜ、そのせいで買い出しを命令されたけどな!
母さんは俺が人目を気にして道を逸れた事を気にしているようだ、何も言わないが雰囲気でわかる。
「どうしたよォ、安酒だが度数が高いから温まるぜ」
「どうしてあの道を通らなかったデス?これでは遠回りでなってしまいマス」
「バカ、あんなに殺気だった奴らの前をガキ二人で通れるか」
「普通の人間デスよ?どうしてそんな奴らにそこまで――――」
「この世界では普通の人間が一番強いんだぜ?無暗に喧嘩してグロリアに迷惑を掛けるのは嫌だぜ」
人間で言えば10歳未満の幼い容姿、しかも見た目が麗しい、レクルタンがあんな場所に飛び込めば絡まれるのがオチだ、レクルタンからすれば人間なんて蟻と同じだ、踏み潰す際に躊躇は無い。
白い息を吐き出しながら人間との差について考える、生物としての壁はとてつもなく大きい、魔物を統べる王である魔王が己の最高眷属として生み出した幹部達、感性や精神は人間のそれとまったくの別物だと言っても良い。
獣骨製の滑走板付きの靴で雪の上をスイスイと機嫌良く滑る、随分前にグロリアが買ってくれたのだが荷物になるだけで邪魔じゃね?と密かに思っていたがこうして日の目を見る事になった、ゆ、雪だけどなっ!!
滑走板に油脂を塗っているので何のストレス無く雪の上を走れる、さらに水で濡らす事でソレが氷となって摩擦が減少する、僅かな牽引力で移動出来るって寸法だ、ふふん、しかしどうしてレクルタンはこの動きに余裕で対処出来ている?
「う、浮いてるぜっっ」
「浮くデス」
「浮くのかよっ、高位の魔物は何でもありかよッ!!その時点であんな場所に飛び込めば絶対に絡まれていたぜ!」
「絡まれても妖精で追い返せば良いデス」
「目立つ行動は控えようぜ?母さんが人を殺す姿なんて見たくねぇぜ」
「レクルタンは赤ちゃんが人間を殺す様子を見たいデス、おかしいデスか?」
人間と魔物の感性の違いを感じて苦笑する、成程、人間と魔物がお互いに殺し合うのはこんな仕組みがある為か、誰かそうやって決めたのかはわからねぇが実にわかりやすい仕組みだぜ。
僅かな黄色が溶け込んだ白色の髪、卯の花色(うのはないろ)のソレは精錬で清潔で清純だ、それは多くの人々に愛される色なのに人々を殺すと口にする、矛盾を感じながらも否定はしない。
我が子が獲物を狩る術を覚えたら母親は喜ぶのだろう、その獲物がレクルタンからすれば人間なだけでそこに邪気は無い、先程の人間たちもレクルタンにとっては狩るべき対象にしか見えないのか。
卯の花、空木(うつぎ)の木に小さく咲く初夏を告げる可愛らしい花の名を冠した色、卯の花は雪見草とも呼ばれている、小さな花が健気に咲き誇る様が雪のように美しいからだ、人間を殺すと口にしながら彼女の髪はこの雪と同じように美しい。
「おかしくねぇよ」
「そうデスか」
「おかしいのは俺かもな、母さんの胎で育ったのに魔物の気持ちも自分の気持ちもわかんねぇ」
矛盾を孕んだまま孕まれて生まれ落ちた、二度生まれ落ちても何も変わらねぇ、人間にもエルフにも魔物にも攻撃的な生き物、それがエルフライダーだ、人型の生物を支配して使役するこの世界のはみ出し者。
寂しいとは思わない、けど空しい、生きて行く上でそれらを捕食しないと自分を保てない、そして食べれば食べるほどに自我が消滅する矛盾、こんな出来損ないの生き物が他にいるだろうか?はは、いるわけねぇだろ。
こんな化け物、化け物にはなりたくない。
最初から化け物なのに。
「赤ちゃん」
「あん?」
「レクルタンの赤ちゃん」
「――――――――――――――」
「貴方がどれだけ自分を卑下しようとお母さんのお腹の中で成長したのデス、強がらなくて良いのデス」
人間をゴミのように殺す癖に人間をゴミのように捕食する俺に優しく呟く、明確な愛、繋いだ手の温もりは確かで否定出来ない。
この人の胎から産まれ落ちた事実を認めるしか無い、誰とも交わる事の無いたった一匹のエルフライダーと呼ばれる生物が母親を認めるしか無いのだ。
孤独を許さないと。
「………そぉだよ、俺は貴方の子供だ」
「レクルタンの赤ちゃんデス」
花開く笑顔に何も言えない、言おうとも思わない。
酒も飲んでいないのにレクルタンの頬に朱が差し込んだ。
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