閑話98・『狐の親子の化け合戦』

ふふん、鼻を指で擦りながらドヤ顔をしている灰色狐、戦闘訓練、一度もあいつに触れる事が出来ないまま時間が経過している。


のじゃロリ婆の癖にすばしっこい、俺の動きを先読みしてやがる、他の一部ががんばれーと声援を贈ってくれる、クロリアの姿に転じてさっさと終わらせても良い。


だけどコレは俺と灰色狐の戦闘訓練だ……多くの一部の中でも隠密に特化した灰色狐、隠密に特化している癖に隠密がバレてもその鮮やかな身のこなしで状況を打破する。


河原にあるのは岩石だ、岩石の一般的なものは20種程度ぐらいだ。マグマが冷えて固まって構成された火成岩,砂や泥などが蓄積して固まって出来た堆積岩,強力な圧力や熱の影響で変化した変成岩が有名だ。


足場には少し都合が悪い、大小の石が足裏を不安定にさせている、しかし爪先立ちで佇んでいる灰色狐は何でも無いように体勢を維持している、ニヤニヤ、意地の悪い笑み、息子に対して何たる仕打ちだ、グレるぞ。


「ああ、儂のキョウは虐めるのも楽しい」


「歪んでるぜ、負けキャラの癖に本気を出したらコレかよ、詐欺だぜ」


「はは、キョウは何もかもが直線的過ぎるのじゃ、人を騙して利を得る事も覚えんとな」


「取り敢えず、灰色狐を負かしてからだな」


「ええよ、その気迫、実に興奮するのじゃ」


薄暗い空に漂う雲のような色合いの髪、鼠のようだと心の中で罵りながら体勢を立て直す、ファルシオンはいらねぇな………こんな重いものを担いでいたら灰色狐のスピードに追いつけない、地面に突き刺して軽く深呼吸。


襟首より短い位置にきっちりと切り揃えられたサイドの髪、前髪も同じようにきっちりと切り揃えられていて几帳面さを強調しているようだ、子供に似合う『おかっぱ』のはずなのに一切の隙が無いぜ、ニコニコと優しく笑っている。


肌の色はやや褐色に寄ったもので漆器のような艶やかさがある、その肌色を見ていると何故か懐かしい気持ちになる………どうしてだろうか?俺の肌は何処までも透き通っていて血管の脈動もわかる程なのに、何だか釈然としないまま体勢を低くする、距離を一気に詰めるしかねぇ。


服装は東の方で着られている東方服(とうほうふく)だ、服の脇からスリットにかけて幾つか紐を結ぶ部分が存在している、そして脇に近い部分は斜めに紐が取り付けられていて特徴的だ、動き難そうに見えるが実際はそうでは無いらしいぜ。


「灰色狐の癖に灰色狐の癖に灰色狐の癖に」


「流石の儂も傷付くのじゃが!ふーん!今日は手加減をせんからなー!覚悟せぇよー!」


「お尻ぺんぺんだ」


「へ?」


「捕まえたらお尻ぺんぺんだからな、覚悟しろよ、覚悟尻よ」


「最後の何じゃ!?」


駆け出す、足裏の小石が力を分散させて速度を半減させる、特徴的な東方服の幾つかの紐は解けていて柔肌が見えるのはコイツの怠惰さ故だろう、黒の布地に蝶々の刺繍が良く映える、その刺繍を目標に速度を上げる、全体を見ないであの刺繍だけ視線で追えば良い。


灰色狐はそんな俺を見詰めながら草履で足を掻く、色気の無い平らな体を楽しそうに揺らしながら妙なリズムを刻んでいる、小刻みなリズムで接触までの時間を確認している、何も恐れずに自然体のまま俺の全力を受け入れる、故に小さなプライドが踏み躙られて奥歯を強く噛み締める。


猫のような瞳孔が俺の腕の動きを注視している、ならばと足払いをする、不安定な体勢のままだ、爪先立ちのソレを足で払い除けようとするが一瞬で回避される、回避?接触した瞬間にもう片方の爪先を地面に突き立てただけだ、そして俺の足払いで浮かび上がった爪先でそのまま腹に蹴りを入れる。


激痛、さらに顎を蹴り上げられて吹き飛ぶ、したたかでしなやかな動き、野生動物のような感性と遺伝子に裏打ちされた動作、追撃は無い、地面に背を預けるのは屈辱だ、体を捩じらせて片手で地面を掴む、石の隙間にある空間に指を差し込んで無謀な体勢のまま立ち上がる。


体のあちこちがいてぇ。


「イテェ!アホ!灰色狐のアホ!」


「アホじゃないのじゃ!後ママって呼んでもええぞっ!たまにはそんなのも頼むっ!」


「ママアホ!」


「何だか回復出来そうな魔法名で素敵なのじゃっ!」


寸劇をしてても隙がねぇな、攻撃力には些か不安がある灰色狐だが純粋な身体能力はヤベェなあ、まるで空に舞う枯葉を相手にしているような気分だ、足癖の悪さは灰色狐には勝てそうに無い、今回の訓練は純粋な肉体でのみ行われている。


特殊な能力は使えない、走り出しながらそれでもこの訓練を楽しむ、敵わない存在が目の前にいる事は楽しい、灰色狐の紅い瞳にも歓喜の色が垣間見える、息子と二人で水入らずの時間、それがどれだけ血生臭くても黙って受け入れる、その度量が灰色狐にはある。


服に手を伸ばし足を踏ん張る、その小さな体を掴みさえ出来れば後はこっちのもんだぜ!腕を伸ばせばすぐそこに灰色狐のプニプニの二の腕がっ!貰ったと思った瞬間にその腕が俺の腕に差し出される、左腕を掴みながら俺よりも低い体勢で体を回転させる。


非常に素早い巧みな動作、腕しか掴まれていないのに体全体を多くの腕で絡め取られたかのような錯覚、そのまま地面に容赦無く投げ捨てられる、うげ、軽く吐瀉しながら地面を転がるようにして逃げる、イテェ、またイテェ、眩暈もするし頭痛もする。


「やりー、なのじゃ」


「ずりーぞ!それこそ何か魔法みたいでずりーぞ!」


「純粋なる体術なのじゃ、儂に触れたらどうにか出来ると思ったか?」


「思った!」


「今日も息子が素直で可愛いっ」


尻の後ろに垂れ下がるのも狐のソレだ、灰色のそれは光沢のある毛並みをしており手入れの良さを物語っている、機嫌良く尻尾を左右に振りながら悪戦苦闘している俺で遊んでやがる、ん?動物の尻尾ってバランスを司る器官だよな?


少し無謀と思いつつもあそこを攻めてみようかっ!駆け出しながら目標を定める、全ての能力が禁止されていても俺の体には灰色狐の血が流れているっ、尾が生えるしと耳も生える、おらぁ、これで互角だぜ、卑怯とは言わないよな?


灰色狐と同じ毛並みの良い尾を振りかざして全力疾走、獣の筋肉は足場の悪さをモノともしねぇわ、円を描きながら接近する、獣の細胞が俺に命令する、円を描きながら脇腹を意識する、しかし灰色狐は笑顔で佇んでいるだけ、あいつからは動かない?


少しずつ距離を詰めながら隙を探す、しかし実力差は明白、他の一部の後押しが無ければこんなものか?悔しさに唇を噛み締めながら肉薄する、背を向けたままの灰色狐は隙だらけっ、その背に飛び込む、体重で押さえ込むっっ、くらえ。


「うぉ?!」


「不合格じゃ」


圧し掛かろうとした瞬間に灰色狐の背が跳ねる、突き指、その痛みで出来た僅かな隙を見逃さずに股下へと素早く移動する灰色狐、両足を内側から弾かれてバランスを崩し、こ、股間が痛い、そのまま倒れ込む俺の尻尾を掴んで強制的に立たせる。


いたたたたたた、自分が突こうとした弱点を自分に新設してどうしたんだ俺。


「ひゃん」


「可愛い声で鳴く子じゃのぅ」


「は、はにゃせ」


「はにゃさないのじゃ、ほれほれ」


「ひゃんひゃん」


尻尾は駄目だぜェ、ち、力が抜ける、へなへなと腰が抜ける俺を支える灰色狐、優越感と独占欲が入り混じった何とも言えない表情をしてやがる。


く、くそがぁ。


「ひ、卑怯だぞっ、ひえ、し、尻尾を狙うなんて母親の風上にも」


「ふふ、キョウだって儂の尻尾を狙ったでは無いか、それにこんなに可愛く鳴かれては一時とはいえ母親を忘れそうじゃな」


「うぅう」


「今夜だけは母と子では無く番いになるか?」


肩越しに頬を寄せられてぞくりとする、小さくて幼い灰色狐の顔が色欲に染まっている。


俺は何も言えずに油断している灰色狐の尻尾を全力で握り締めるのだった。

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