第117話・『計画でも自分の為でも無く』
干した洗濯物や生活感のあるバルコニーがそこに住む人達の息遣いを感じさせてくれる。
お願いでは無く命令された事に不快感は無かった、何でも無い事のように歪みの無いままキョウさんは私に命令をした。
女の子のキョウさんでも狂って歪んだキョウさんでも無い、私が恋をしたたった一人の男の子、何時もの晴れやかな笑顔で邪魔者を排除しろと命令した。
「ふふ、あのキョウさんが私に命令だなんて」
出会った頃からは想像の出来ない関係だ、神の子供である天命職だとわかった時に利用する事は決めた、そして自分の人生の糧にすると誓った、なのにこの様は一体何だ?
田舎育ちの純朴な少年に命令されて天下のシスターが嬉々としてそれを実行する、客観的に見ると有り得ない構図、有り得ない関係、だけれどそれが私の根底を崩してゆく。
新たな神を創造する計画が私の大好きなキョウさんを私の主にする計画へと変質している、あの時の誓いは今でもこの胸にある、だけれど胸の奥から溢れる桃色の感情が私の決意を掻き消してゆく。
「あのような偽物の神では無くキョウさんがその位置に立つべきです」
水平線が見通せる高台の広場、人避けの結界がされているようですね、池などを設けて公園化されているようだ、街の人混みが嘘のように誰もいない、ふふ、仕込みは上々って事ですか、キョウさんは宿に戻して休ませている。
この世界で魔王軍の元幹部を三人も使役している存在がいるでしょうか?それはもはや魔王なのでは?苦笑しつつその身を心配する……その身を心配しつつ成長を促す、問題なのはコレがフェイクの場合。
私を誘き寄せてキョウさんを一人にする、しかし状況から考えるにそれは無いだろう、今回はキョウさんの希望でこうなっただけで本来なら二人で足を運ぶ所だ、私達を監視していた何者かであればソレもわかっているはず。
「鬼さん、どちらですか?」
「シスター・グロリア」
声から考えるに同い年ぐらいでしょうかね、纏う気配に雑味が無い、一直線で飛んで行く矢のように迷いの無い声、熱血おバカさんか狂信者のどちらかだと予測……そのどちらも混じっている場合もあるので油断は出来ませんね。
池などを設けて公園化された広場は近代的で華やかだ、剣の柄に手を置きながら周囲の環境を確認する、広すぎて障害物が何も無い、遠距離からの攻撃が心配だが大丈夫だろうと意味も無く確信する、斬り落とすか避ければ良い。
周囲の歩道の敷石に混じる形で長い鉄板が敷かれている、どうやら下に水を流せる架渠構造のようだ、この街はルークレットの恩恵を受けているようですね、時代を先取りした異様な技術は周囲の光景に馴染む事は無い、私のように。
「私の名前を知っているのですね、さて、何か御用ですか?」
「エルフライダーを計画から斬り捨てろ、貴方はアレに固執し過ぎている」
「そうですか、私の派閥の誰かですね、そのように全身を布で隠さなくても良いですよ?私の部下に私を裏切る輩はいませんから、誰かが手引きした新参者ですね」
直接手引きしたシスターは信頼の出来る者ばかり、まあ、裏切られた所で何とも思いませんが計画を進める為に優秀な手駒は何人でも必要だ、だから部下に新たな仲間を手引きする事を許した。
信頼の置ける部下達だが目利きが出来るかと問われたら首を傾げてしまう、だからこのような存在を仲間にしてしまう、これならまだスパイの方がマシですね、己の意思で賛同しながら自分の意見を強要する者が一番厄介だ。
しかも首領たる私にだ。
「間違っていますか?」
「シスター・グロリア、貴方の思想は素晴らしい、神の人形たる私達が新たな神を創造して世界を塗り替える、神の傀儡である我々がその神を超える神を創造し仕える」
「はあ、それがキョウさんを切り捨てる事と何の関係が?」
「アレが最初に起こした奇跡を回収したのは我慢しました、しかし奇跡は奇跡でも人に害を与えるモノは絶望と呼称するべきです」
「キョウさんに敬意を抱かせる為に一派の皆にはそのように伝えたのですがねえ、まだ何か?」
「神では無く悪神(あくしん)を生み出すのは反対だと言っているのです」
「へえ」
何処まで情報を握っている?キョウさんの命令に従って消す事は決定している……しかし派閥内に私の知らない勢力が存在しているのでは?だとすればその情報を聞き出さないと。
ルカに伝えた情報を開示出来るのは二人ですね、キョウさんの状態を何処まで知っている?天命職を一つにして神の肉体と魂をこの世に実体化させる、しかし私の一存で多くの一部をキョウさんは吸収した。
それはより私に近付ける為、シスター二人に汚染された出来事は大きい、ふふ、そしてキョウさんはより強力な存在を食らいながら歪に成長している、シスターでありながらあの冷たい地下室で歪に成長した私のように。
二人は一緒、同じ存在に成り果てる。
「それで?それを直訴してどうするのですか?今更計画を変更するつもりもキョウさんの育成方法を変えるつもりもありませんよ」
「育てる、失礼ながら勘違いをしているのでは?アレは他の神の子の魂を入れる為の器、育てるも糞も器にそのようなモノを求める必要性がありません」
「おお、言いますね」
「神降ろしの祭具に、道具に貴方は何を求めている?」
「――――――――――――――――――」
『お、俺の名前はキョウ』
『グロリア……俺、そこそこかっこいいだろ?』
『いや、でも凄くね?世の中って不思議で一杯なんだな………村を出て良かったぜ!』
『グロリアー!グロリア―!』
今まで生きて来て楽しい事など一つも無かった、自分の存在意義を疑い仕えるべき創造神すら疑う、出来損ないで歪なシスター、誰の心とも交わる事も無く体を重ねて下僕を増やし反旗の時を待つ。
あの花を食べて死んだネズミのように、しかしそれを覆す黄金の日々が突然やって来た、あの人は純粋で無垢でどれだけ蔑もうとどれだけ利用しようと子犬のように私に纏わり付いて来た、そして、そして。
自分でも理解出来ない感情が迸る。
「あなた」
「シスター・グロリア、大いなる計画の為には非情になる事も」
「もう良い、喋るな」
口調が変わる、迸る感情のままに口から言葉が発せられる、脳裏に浮かんだの太陽のような笑顔をしたキョウさんと壊れ果てて狂った笑みを浮かべるキョウさん……どちらも私の大好きなキョウさん。
道具、その言葉が過ぎった瞬間に私の体は自然と動いていた。
「なっ」
「ここでおやすみなさい」
シスターを利用した事も切り捨てた事もある。
だけど同胞を殺したのは初めてだった。
怒りのままに。
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