閑話97・『お母さんの教育は厳しい、これは厳しい、虐待ですわ』

高位の魔物は人間の姿をしている、現在では魔物を統べる王は魔王では無く勇魔、その思想に同意出来ない者の多くが人間の世界で身を潜めて暮らしている。


派手な行動をすれば勇魔の使徒に感付かれる、そして強制的に勇魔の前に連れて行かれて洗脳される、脳味噌の隅々を洗われて新たな思想を植え付けられる。


それでも魔王軍の元幹部クラスになると勇魔はその意思を尊重して無理矢理に従わせる事は決してしない、魔王に次ぐ力を持つ幹部達の意思を尊重するとはこれ如何に?勇魔のおかしな所だ。


まるで元幹部達が人間の世界に逃げ込む事を歓迎しているような姿勢、多くの者は何かの策かと疑った程だ、勇魔の意思が何処で変わるかわからない、元幹部達の半数は人間の世界に逃げ込んで静かに生活をしている。


「――――――――――――」


高位の魔物は人間の姿をしている、そしてそれに次ぐ中位の魔物は人間に変化が出来る、前者と後者は同じようでいて大きな隔たりがある、前者は生まれた時も死ぬ時も人間の姿のままで死ぬ、後者は生まれた時は化け物で死ぬ時も化け物の姿に戻る。


その壁は絶対的なモノだ、だけれど人の姿に化けられる魔物の多くが強力な魔物である事は変わり無い、魔王軍の元幹部クラスと比較すれば見劣りするだけだ、彼等もまた勇魔の支配を嫌って人間の世界で生活している、それ程までに勇魔の支配は絶対的だ。


支配を望めば全ての魔物が心からの忠誠を誓う、勇魔を敬い愛するのだ、勇者として全ての人類に愛される特性が魔物にも影響するのだ、魔王と勇者の特性を完璧に兼ね備えた神の子供、恐ろしい化け物、そしてそれに従う魔王クラスの戦闘力を有する使徒、全てが異例だ。


「や、やめろ、どうしてっ、同族をっっ」


「ひぃいい、な、何もしていない、私達は人間に何もしていないっ」


「この気配は魔王様の直系でしょうにっ、どの魔王様かわからぬがどうして我々の生活を荒らすのです」


「あぁあああああ、なにこの妖精、肉を削いで削いで、あぁあ、人間の姿を維持出来ないっっ」


血の雨が降り注ぐ、どの世代の魔王の子供達なのかはわからないが脆くて弱い、世代を重なる事に弱体化している魔王、ならばここ数百年で生まれた子供達なのだろうか?属性から親を割り出しても良いのだが面倒だしそれよりも優先すべき事がある。


情報を聞き出さないといけない、それが命じられた内容、それに反する事は出来ない、故に言われるがまま同胞を襲い同胞を駆逐している、母を探して長い時間を彷徨い続けて来た、だからこそ魔物達の住まう土地にも詳しいし、逃げ場所を予測して先回り出来る。


我が子の誕生を祝して新たな妖精を製作した、精神が繋がった事で多くの情報を閲覧出来る、我が子の一部の多くは突出した個性的な能力を有している者ばかりだ、その中にまさか自分と同じ魔王軍の元幹部がいるとは思わなかった、勝手に一部に成り果ててろ。


愛するべき子供以外の存在などどうでも良い、そして閲覧出来る情報と繋がった精神が多くの祝福を与えてくれる、そして誕生したのが今回の妖精だ、従来の者よりも好戦的で魔物の血肉を好んで食べる、手足は無くそこに鋭利なナイフのようなモノが存在している。


「ひぃ、ひいぃいいいいいいいいい、あ、あんた狂ってるよ!同胞を何だと思ってやがるっ」


炎を吐き出しながら魔物が叫ぶ、中々に高温のようで木々が燃え土が焦げる、その高密度の熱線が一直線にこちらに飛んで来る……人に化ける程度の魔物だと思えば中々に出来る奴もいるデス、水属性の妖精を使役して数で押し潰す、水のカーテンが熱線を阻み水蒸気を上げながら周囲を白く染める。


森の中に出来た小さな集落、勇魔の支配から逃れた魔物達の村、ここまで完全に擬態するとは人間の世界に馴染む事で変化の技術も向上している?全身に鱗を持った人型の魔物が泡を噴きながら口汚い言葉でレクルタンを罵る、同胞の言葉はレクルタンの心に何も響かない。


「祝福するデス」


「な、何を言ってやがるっ、同族殺しは禁忌のはずっ、知恵ある魔物のルールを知らないのかっ!」


「知ってるデス、だけどお前達は獣では無いデスか、知恵があるようには思えないデス」


「き、貴様っ、魔王様の直系筋だと思って手加減をしていればっ!」


「お前の本来の姿は四つん這いの醜い魔物デスよね?手では無く前足と言いなさいデス」


「お、おれの腕がぁ!?」


「前足デス」


妖精の仕事は規則正しい、ちゃんと順番ずつ四肢を削ぎ落してゆく、前述の新型の妖精と今しがた錬成した水の妖精が狂ったように踊り狂う、抵抗をする者も多く口汚い言葉を吐き出しながら必死に生きようとする、どうしてそこまでして生きたいのデス。


祝福しろ、お前達の命を使ってレクルタンの子供の誕生を祝福するのデス、レクルタンは我が子の命令を完遂する為に容赦無く同胞の命を奪う、抵抗する者にはなるべく無残な死を与えて他の者の見せしめとする……ふと背後に気配を感じて振り向く、大きな魔物デス。


牛の頭部をしたそいつは巨大な斧を振りかざしてレクルタンの命を奪おうとする、草食動物デス、そんなどうでも良い感想、振り落とされるソレは鈍い光を放ちながら己を誇示している、腕の筋肉が膨れ上がって獰猛な呼吸が聞こえる、避けるデスか?


「死ねぇええええええええ、裏切り者がぁああああああああああ」


「裏切り者、デスか」


「お母さん、まだ殺し終わらねぇの?」


刹那、桃色の思考に全てが支配されて動きが止まる……鈴の音を連想させる澄んだ声、その声を聞いただけで一人で過ごした孤独の日々が全て昇華される、愛しい母との生活を思い出させる程にソレはレクルタンの心を激しく揺さぶる。


この子の為に母を諦めた、命は未来へと続かせるモノだからだ、貴方の気高い血はこの子の中にあるのデス、だから母はもう必要無いデス、あの氷塊の中に浮かぶ魔剣も必要無くなった、必要なのはこの子とレクルタンだけデス、有象無象よりも家庭を守らないとっ。


その声に気怠そうな気配を感じて母性が疼く、もしかして一人で寂しかったのデスか?同胞を殺す事に夢中で我が子の世話を怠った、何て事デス、皮一枚も傷付けれない同胞の斧は首筋で停止している、圧倒的な魔力の差が首を切り落とす事を邪魔しているデス。


「鈍間が」


「ああああ、レクルタンの赤ちゃん……レクルタンの可愛い赤ちゃんっ、お喋りがお上手デスね」


「うるせぇよ、さっさとそいつ殺してよ、ここ飽きた、元幹部の情報は聞き出せたか?」


「こいつが最後デス、そこで良い子にして見てるデス」


「うん、早くして」


「な、何だ、どうして人間に従っているっ、貴様、誇り高き魔王の眷属たるっ」


「レクルタンの赤ちゃんの前で口汚い言葉を使うなデス、覚えたらどうする」


妖精を一気に使役する、空間が歪む程に強制的な錬成は急激に体力を奪う、しかし我が子がそこで見ているのだ、にやにやと口元が歪む、お母さんの良い所を見せたい、お母さんの大虐殺を見せたい、様々な新型の妖精は全て魔物を屠る為に開発したモノです。


赤ちゃんは魔王軍の元幹部を好んで口にする、母乳だけではお腹を満たしてくれない、だからこうやって意思疎通出来る魔物を襲ってその居場所を聞き出すのデス、使役した妖精が死体に群がるハエのように獲物に襲い掛かる、はははは、生きてるデスよ?


絶叫。


「削がれるぁぁあああああああ、そ、ああああ」


「うん、魔王軍の元幹部の居場所を吐くデス、自分が仕えていた時代の幹部ぐらいわかるでしょう?」


「し、しらない、しらないぃいい」


「お母さん、飽きたー、帰りたいー」


「ああ、可哀想な赤ちゃん、ちゃんと殺すから待っててデス」


「しら、しらな」


全ての肉を削ぎ落す、声帯を失ったそれは口をパクパクとさせながらやがて黙る、何人かの情報は聞き出せたがどれも確定したモノでは無いデス、振り向くと頬を膨らませた赤ちゃんが木の根に座り込んで土遊びをしている。


急いで駆け寄ってあやす、レクルタンより大きな体を抱き上げる、その視線は不満そうだ、ご飯になる幹部の情報が確定していないのだ、当然デス、しかしご飯にならレクルタンだってなれるデスよ、この身は魔王の眷属なのデスから。


歯並びの良い白い歯を見詰めながら何時でも食べて良いデスよと囁く、そして流れるように頬を叩かれる。


「お母さん食べたら魔物に居場所を吐き出させる聞き役が無くなるだろー、バカ」


「お母さんが馬鹿でした、ちゃんと躾けて下さいデス」


「ふん、こんなに派手に殺してっ、取り逃がしがあったら許さねぇから」


「はいデス、小規模の破壊に止(とど)めるべきでしたデス、ごめんなさい」


「………帰ろ、血生臭くてここ嫌い」


「ごめんなさい、お母さんが全部悪いデス」


お叱りの言葉をしっかりと胸に刻み込んで集落を去る、赤ちゃんの言葉は全て正しいデス、間違っているのは全てお母さんデス、あああ、そうやってレクルタンを躾けてくれるのも最高に愛らしい、ちゃんと調教されないとっ。


やはり自分の胎で育てた子は愛おしい。


「ちゃんと同胞を俺に捧げろよ」


「ええ、貴方が望めば望むままに」


捧げるデス。

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