第115話・『お母さんの影響かさらに賢くなりました、やったね』

緑王(りょくおう)と呼ばれる植物の属性を持つ魔王、そいつの腹心で愛娘であるツツミノクサカを手に入れる為にこの地に来た。


道のりは遠い、だけどその合間に新しい母親を得た、受肉をしたのは初めてだ……出産と言えば良いのか破裂と呼べば良いのか悩み所ではあるがソレを得る事に成功した。


授乳される事でさらに力や知識を得る事が出来る、今は母を体内に仕舞い込んだが実に具合がよろしい……臍の尾は繋がったままなので服の下で皮膚にソレが突き刺さっている、その最奥に母がいる。


流石に受肉すれば何かが変わるかと思えば見た目的には大きな変化は無い、しかし母の血肉が俺を構成する大きな要素になっている事は確かだ、人間では無く魔物に近いのか?最近はそこの所が悩みである。


人なのか妖精なのか狐なのか魔物なのかシスターなのかエルフなのか、結局はエルフライダー以外の何者でも無い、諦めながら足を進める、森を抜けてすっかり景色も別のものへと変わった、海だ、潮風が心地よい。


「海は何度見ても良いもんだな、こんなに大きいと魚も沢山いるんだろうな」


「物凄く頭の悪い発言ですねソレ」


履き口に折り返しのある個性的なキャバリエブーツで地面を軽やかに踏み締めながらグロリアが笑う、あまりの美しさで周囲から浮いてしまうのは何時もの事、神が創造した究極の美は地上の世界に溶け込む事は無い。


世界から拒絶されているような錯覚すら覚えるグロリアの美しさ、内から溢れる魂の輝きがソレをさらに際立たせる、何者にも屈しない強い意志と自分しか信じない強烈な自意識、その全てが輝きとなって見る者を魅了する。


阿呆のようにその美しさに魅了される俺、呆けたように立ち尽くす俺を訝しそうに見詰めるグロリア、慌ててその後に続く、外の世界は何時だって新発見の連続だ、グロリアの美しさは毎回見る度に新発見だ、すげぇ!


子供と大人の境目のような微妙な時期、その両方を兼ね備えたグロリア、ダメだ、一度産まれ直して少し初心になっている、そんな俺の気持ちを無視するように手を繋ぐ、グロリアの細い指が俺の指に絡み合う、抵抗する余地も無い。


「ひゃう」


「な、何ですか……顔を真っ赤にして誘っていますか?野宿が続いたので今夜はしませんよ?たまにはキョウさんもゆっくり休んで下さい」


「お、おおう、わかってるぜ」


「…………もう一度言います、誘っていますか?」


「あ、あほんだらっ!こちとら産まれたてだいっ!」


「何を言っているのかさっぱりです」


ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらグロリアは溜息を吐き出す、繋がれたもう片方の手はしっかりと固定されていて振り解けない、街道なので横を通り過ぎる人たちがニコニコと笑いながら俺達を見る。


見た目的に姉妹と思っているのか?姉妹だったら今夜の予定を公衆の面前で聞かないだろうにっ!少しプンプンしながらグロリアを睨むと『おお、怖い怖い』とお道化てまともに相手してくれない、何だか理不尽だと鼻息を荒くする。


崖の上から見下ろすと広い敷地を誇る塩原が視界に入る、窪んだ塩田に溜まっているのは雨水のようで冒険者や行商の皆がそこで休憩している、飲み水としても使えるようで喉を潤している、な、なんだアレ!面白い!


「グロリアぁ、あれ、あれっ!」


「ああ、塩田に溜まった水は飲めるようですね、でも水の貯蓄はありますしあそこまで下りるのも大変なのでまた今度にしましょう」


「え、あ、あんなに面白そうな光景なのにっ!なあ、なあ、行こうよ」


「駄目です、自分では気付いていないようですが疲れが溜まっていますよ?さっさと街に入って休むのも大事な事です」


「うー、うー、グロリアのバカっ!」


「バカで結構です、また新しい一部を取り込んだのでしょう?精神が不安定になった時に街中だと何かと都合が良いですから」


「ふん、おっぱい触らせてあげねぇぜ!」


「はいはい、今夜は休むのが第一ですからそんな事を言っても無駄ですよ」


真っ白い塩の平原と青い水のコントラストが何処までも素晴らしい光景、しかしそこに立ち寄る事は出来ないらしい………崖の上からそれを見詰めながら頬を膨らませる、日光浴をしていた上半身裸の男達に口笛を吹かれる。


褐色の肌に刺青と古傷が入り混じっていて妙に男臭いな、同業者だと思うが向こうは俺の事をシスターだと思っているようだ、ふらふらと足がそちらに向くがグロリアが手を強く引く事で現実に戻される、手招きしている男達の姿が目に入る。


遊ぼうよと誘われている、周りには仲間なのかナンパしたのか水着姿の女たちが楽しそうに水遊びをしている、別にいいなって思ったわけじゃないけど少しだけ羨ましく感じる、俺は遊んだら駄目だって言われた、精神が壊れて心が病んでるからグロリアに駄目って。


「うー、うー」


「キョウ、また今度にしましょう?絶対連れて来て上げますから今日だけは我慢して、ね?」


呼び捨てるされる、それはグロリアの独占欲と身内としての愛情の表れだ、唇を噛んで嫌々してもグロリアは折れてくれない、何時もは俺を甘やかして受け入れてくれるのに。


そのままグロリアは無言で男達を睨む、世界が切り替わるような強烈な殺意、晴々とした景色が冬空の下の光景に変化する、絶対零度、何処までも冷たくて何処までも感情の無い冷酷な瞳、餌を目の前にした爬虫類のようなガラス玉の瞳、俺に遊ぼうって言ってくれたのに?


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳を殺意と憎悪に染めてグロリアは彼等を威嚇する、くるんと上を向いた睫毛が潮風に吹かれて震える、逆に綺麗に整った眉毛は微動だにせず強い意志を感じさせる、男達の顔が蒼褪めて周囲の女達の顔も蒼褪める。


前者はその殺意を感じて蒼褪める、後者は自分の容姿とあまりに隔絶した人外の美貌に屈服した証。


「猿が」


「グロリア……いいよ、わかったから、あの人たち悪くないから」


「悪いでしょう?こうやって手を繋いでいるのに声を掛けたんですから」


「わ、悪く無いよ」


入り江にある砂浜は絶壁に囲まれている、その狭い世界でグロリアに怯える冒険者たちを哀れに思う、俺を誘ってくれたのにこんな仕打ちをされて可哀想だ、蒼褪めているその人たちの顔を見ていると何故か心が痛む。


グロリアの手を引いて先を急ぐ、ど、どうしてだろか、胸がドキドキして呼吸が荒い、何だか悪い事したようなそんな気持ち、自分自身でもわからぬ感情の動きに狼狽える、次の街が見えて来た、少しだけ足早になる。


「へえ」


久しぶりにその声を聞いた、ぞくりと背筋が凍る、出会って間もない頃のグロリアはこんな声をしていた、鋭利な刃物のような研ぎ澄まされた攻撃的な声音、人を傷付ける為に特化されている、たった一言であの頃を思い出す。


何か悪い事をしたのか?何かいけない事をしたのか?問い掛ける事も出来ないままその場で硬直する。


「そうですか、そうやって嫉妬を煽って私で遊んでいると」


「お、おれ」


否定出来ない、そう、そうやって嫉妬を煽ってグロリアの反応を見て満足していた。


だってグロリアが我儘を控えろと言うからそうやって楽しむ他に無かった、だから僅かばかりの罪悪感があったのだ、グロリアの嫉妬をわざと煽って怒らせる事に、そして怯える彼等を見て心は満たされた。


このドキドキは悪いドキドキだ、第三者を通してグロリアを操ったのだ、人を支配する事を最上として人に支配される事を極端に嫌う、そんなグロリアを玩具として利用した、どうして、俺にこんな知恵は無い。


そしてそれなのに、どうしてグロリアは嬉しそう?


「良いですよ、私を使って有象無象の雑魚を威嚇させるとか、ホントに御茶目ですね」


「お、おれ、おれは」


「悪い事を覚えましたね、ふふ、そうやって少しずつ大人になりましょう、ねえ、キョウ?」


「おこらないの?」


「怒りませんよ、貴方が成長した証ですもの……そして」


私に近付いた証ですもの、無垢な貴方が私に近付く経過は実に見応えがあります。


そう言ってグロリアは俺の頬にキスをした。

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