第114話・『百十四話目でやっと主人公が産まれました、おぎゃあ』

暗闇の中で身を動かす、覚醒の時は近い、こんな風に誰かの中で眠る日が来るなんて。


羊膜上皮から分泌される液体に浮かびながら考える、どうやって出よう、まっとうなやり方で出れるわけが無い、ぶち壊そう。


胚が器官原基の分化が終了する、遡り遡り子供になり赤子になり胎児になった……母の腹の中はこうも幸せなものなのか?外に出たくは無い。


このままこの世界にいる事が出来たらどれだけ素晴らしいだろうか??エルフライダーとしてわけのわからない餌を与えられてわけのわからない生き物に成長する。


キョウがそれを心配している、グロリアの計画に俺が巻きこまれる事を心配してくれている、他の一部の皆も全員そうだ、俺だけが、俺だけがグロリアを信頼して信用している。


『――――――♪』


子守歌が聞こえる、舌足らずの少女の声、臍帯から母親の遺伝子情報を貪欲に食らい成長する、ここでは餌も自分で探す必要が無い、寝ているだけで幾らでも供給される、餌の成分を分析して嘲る。


邪悪な妖精を生み出す能力、それを使役して操る能力、人間の魂を加工する術、そしてそれを亡霊に変化させる知識、全てが俺の血肉に変換されて全てが俺の経験になる、母から子へと伝わる確かな愛情と情報。


自分が踏み台になってより優秀な個を持続させる、それを延々と繰り返して命は回る、こうやって糧を得て全てを得て母の子に成り果てる、それは初めての経験であり実に有意義な時間だ、全てを忘れられる。


『レクルタンの可愛い赤ちゃん早く産まれて来て』


母の声は何処までも透明で優しい、魔王の眷属が子宮を植え付けただけでこうも変わるのだから面白い、高位の魔物に子宮を植え付けたら人類と魔物が戦う必要も無くなるんじゃねぇかな?俺は何度でも産まれたい。


こうやって安心出来る世界を得られるのなら幾らでも孕ませて幾らでも胎児になるよ、これは暫く癖になりそうだな、高位の魔物のガキになる、暫くはマイブームだわ、けけっ、母の愛を貪欲に吸収しながら赤子は蔑むのだ。


お前の赤ちゃんになって良かったよ、ここまで愛情深い魔物は稀だ、母親に対して異常な愛情を見せていたのもソレが原因か?でも何時かは親離れして自分の家庭を守らねぇとな、それが俺だ、俺を慈しんで成長させろ。


『っっっ………そうデス、そう、入り口が幼くて小さいのであれば、風船を破ってでも這い出るのは正解デス、あぁあ、そう、ちゃんと痛いデス、今度は痛いデス』


体を動かしただけで期待に震えるんじゃねぇよ、もう少しだけお前の中を楽しみたいのに急かしやがってよお、あまり急かしては子供が癇癪持ちになっちゃうぜ??フフ、お前の性格を少しは受け継いで穏やかになるかもな。


こんなにも気持ちの良い空間を全ての女が持っているのかと思うと心底笑えて来る、全ての女の中にこんなにも安らぐ桃源郷が完備されているのだ、神様って奴は罪だねェ、ここから追い出して地獄のような外の世界で暮らせと言うのだ。


灰色狐や炎水も母親だがこの工程は飛ばかしている、機会があればあいつ等の中に入るのも良そうだ、こうやって体を丸めて母を感じると全てが理解出来る、こいつが人間で言う所のお人好しな魔物だって事もな、自分の母、魔王の匂いのする俺に手加減した。


古(いにしえ)の魔王の邪精覇(じゃせいは)ねぇ、そいつの匂いと気配が俺からするってか?魔王は何時か美味しく頂きたいがそんなに簡単に仕留められる獲物じゃねぇだろ、そこまで自分の力を過信していねぇよ?だけど情報は情報として認識するべきだ。


『そうデス、貴方は母に良く似ているデス、お婆ちゃんですよ、ふふ、会わせてあげたかったデス』


それはお前主観の話だ、どうして俺の中にその気配があるんだ?一部なのか?流石の俺でも魔王を食っていたら少しは理解出来るだろ、エルフライダーの能力でも処理し切れるかわからねぇだろうが、だけどそれを解き明かす術が無い。


どうせ忘れるんだ、さてそろそろ起きるか、出産では無く破裂だなこりゃ、全身に溢れる凶悪な魔力は母と同じ邪精覇(じゃせいは)の系譜、ここまで攻撃的で排他的な魔力も珍しいな、本人の性格とは反対だな、ふふ、俺はどうだろ?


それを漲らせて肉を突き破る、絶叫も悲鳴も無い、うるせぇと手元が狂うから声帯を奪っておいた、失禁、出血、痙攣、母の体は性的な動作で忙しい、出産では無く破裂なのだから仕方ねぇわな、生まれ落ちるぜ、産まれる、だから母としての責任を全うしろ。


羊水と血に塗れながらゆっくりと立ち上がる、絨毯は干物のように栄養を吸われて破裂した母だ、肉を足裏で踏み潰す感触は中々にグロいもんよ、血の雨は俺に生きている実感を与えてくれる、体に纏わり付く油がヌルヌルとして少し気持ち悪い。


「おぎゃあ、ってか、はろぉ、お母さん」


「―――――――――――――――」


絶命、高位の魔物もこうやって腹の中から食い殺せばこうなるのか、蒼褪めた肌とピンク色の肉、白磁のような肋骨が罅割れていて見るも無残な状況だ、カエルに空気を吹き込んで破裂させればこのような感じになるだろう。


臍の尾を指で遊びながら死体を見下す、こいつは多くの人間を殺して亡霊に変えた最悪の存在だ、でも俺のお母さん、ちゃんと血も繋がっていてこいつのお腹の中で育ちました、だから情がある、家族なんだから仕方ねぇわな。


それに腹が減ってるんだ、血と油だけでは無く母乳を与えてくれよ、白目剥いて死んでねぇでさ。


「炎水の時と同じか、ほぉら、俺の血をやるから生き返れ」


親指を歯で噛み千切る、肉を吐き捨てて死体に生を与える、灰色狐の顎は具合が良いな、思った以上に噛み千切り過ぎて白い骨が見えている、泡立ちながら回復するソレを見詰めながらこれって確か人間の能力だっけと首を傾げる。


人間とエルフライダーの境目が理解出来ない、重症なのか軽症なのか、自分の脳の具合に溜息を吐き出して四肢が動き出した死体を観察する、手足が有り得ない方向に曲がりながらジタバタしている、破砕した肉片が集まって来る。


まるで死体に群がるウジ虫だな、本来はこいつの肉なのにおかしな光景だぜ、逆再生のように生前の姿を取り戻すレクルタン、やがて死を乗り越えて生を得る、俺が産まれ落ちたようにこいつも生まれ落ちる、いやぁ、めでたい。


「お母さん」


「ぁぁぁ、レクルタンの可愛い赤ちゃん」


銀朱(ぎんしゅ)の瞳が俺を認識して涙で潤む、お前を殺して誕生した赤ちゃんだからなあ、誕生日と命日がごちゃまぜで何だか悲しい、朱丹に水銀と硫黄を丁寧に混ぜ合わせてソレを焼いて製造すればこの瞳の色合いになる、実に美しい色彩だ。


ウサギの耳をピコピコさせて喜んでいる、その耳を掴んで持ち上げる、耳は神経の集まる特殊な器官だ、痛みで顔を歪める母の顔は幼くて愛らしい、その頬を舐めてやりながら笑う、ワンピースも破裂したし都合が良いぜ、なあ、オイ。


「お腹空いた」


「ああ、もう出るからたんとお飲み」


嬲りながらソレに吸い付く、初めて飲んだそれはサラサラで味気無いものだ、微かな甘みがある、


だから歯を突き刺して血とブレンドして飲み干すと母親は絶叫して涙を流すのだった、その涙も味わいながら全てを飲み干す。


甘えるだけ甘えて利用しようと心に誓うのだった。

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