第113話・『受精花』

ずぶっ。


服の上から深々と腕が突き刺さる、吐血しながら必死に暴れる、鼻の穴からも血が噴き出て呼吸がままならない、何かの力で生成した人間の子宮をレクルタンの体に埋め込んだ?


傷口に痛みが無い………深々と突き刺さった腕が何かを探るように体の中で動いている、それに対して覚えるのは純粋なる恐怖、痛みが無い事がこれ程までに怖いとは思わなかった、痛覚が無い事が何よりも恐ろしい。


体のほぼ正中腺に沿って腕を動かしているのがわかる、臍よりもかなり下、股間よりも少し上、その微妙な位置を探るように何度も手を動かす、力が抜けた体は何の抵抗も出来ないまま蹂躙されている、血の泡と脂肪が彼女の腕に纏わり付く。


「や、やめるデス、母から頂いた大事な体をォ、勝手に蹂躙しないでデス」


「お母さん、お母さん、お母さんの中に俺の部屋を作るのォ」


「何を言っているデスかっ!幼気な少女の体をこのように内部から弄繰り回してっ!恥を知るデス!」


「人間の魂を弄繰り回して亡霊を製造してた奴が偉そうに言うんじゃねぇよ、因果応報、子宮誕生、魔物の体に人間の子宮を植え付けてやる♪」


腕を取り出す、傷口の底は見えない、しかも痛みが無い、油断したデスっ!渾身の力を込めてその美しい顔に拳を叩き込む、体に走る衝撃で傷口からさらに血が噴き出るが気にしませんデス。


最後の力を振り絞って叩き込んだ拳、それはズブリと彼女の白い肌に沈む、ガラスのように透けた皮膚には青白い血管が走っている、それがまるで餌に群がる獣のようにレクルタンの腕へと集まる。


恐怖を感じて腕を抜く、彼女の頬はまるで逆再生するかのように傷穴が埋まってゆく、腕を見ると切断された血管がレクルタンの皮膚の下を這いずり回っている、こ、コレ、千切れてレクルタンの中に侵入したのデスか?


それがゆっくりと皮膚の上で脈動しながら泳いでいる、やはり痛みは無く甘美な疼きかあるだけ、痒い所を擦ったような何とも言えない疼き、快楽である快感であり人間の心に容易く侵入する悦楽でもある、魔力で追い出そうとする。


攻撃的な魔力は主の中に侵入した不届き物を追い返そうとその身に干渉する、寄生型の魔物にはコレで対処出来るはずだ、そもそもレクルタンのような高位の魔物に侵入しようとする魔物もいないだろうしこの魔力の壁に阻まれて普通なら消滅するだろう。


「な、なんで、何で大きくなるデスかっ!で、出てけっ!糞っ、何でっっ」


「そいつは俺の二人の娘の細胞で出来た素敵な血管だからな、魔王の娘である同族の力で追い返そうとしても成長するばかりさ」


「お、大きい、こんなのっ」


蛇の様に肥大化したソレがレクルタンの右腕の中で蠢く、親指の先端に頭を捩じらせて詰める、するとレクルタンの小さくて短い親指が饅頭のように肥大化して醜い形相を晒す事になる、爪が罅割れパンパンに内部から膨れ上がってしまう。


指紋の深さが確認出来るほどに肥大しているのに痛みは無い、痒みが消えるような快楽があるだけでそこに何の不都合も無い、こ、これ、腕や指でコレなのだから他の部位に来たら一体どうなるのデスか?小指に頭を捩じらせて身を詰める……爪が粉々になり剥がれる。


剥がれた爪の下の肉は妙に生々しい、皮膚や爪の一つ下は単純に肉の塊なのだと再認識させてくれる、こんな小さな生き物に体を好き勝手されるだなんて、いや、魔王の娘の細胞で出来ているだと?しかしそれが母の気配を感じさせる理由にはならない、魔王といえども気配は異なる。


「血管を自分の体に入れて、そんなに欲しかったらもっとあるぞ?切って入れようか」


「くっ、貴方は何者なのデスか?魔物でも人間でも無いデスね」


「エルフライダー。主食はエルフです、他の生き物も食えます、悪食です」


「てん、めい、しょく」


「そうだぜ、子宮を作るのも最近のおしごとぉ、あは、よしよし、空っぽの体に子宮を埋め込んだぞ?赤ちゃん産めるね!やったー!」


「あ、赤ちゃんって、そんな予定は無いデスよ!」


「俺だよ」


ぞくり、その声が何の嘘も無い真実のものである事が何故か理解出来る、彼女にとってそれが真実ならそれで良い、このまま体を蹂躙されるにしろ寄生されるにしろ少しでも可能性があるなら挽回出来るはずデス。


高位な魔物の寿命は長い、それこそ人間から見たら不死に思える程に、その刹那の時間を奪われる事は苦痛でも何でも無い、このエルフライダーが死ねば全てが元通りになるかも?少なくともレクルタンより長生きしないでしょうに。


取り敢えず今は時期を待つのだ、殺されては駄目、寄生されても蹂躙されても生き残ればまだ可能性はある、母の剣を手に入れてこの世界の真実を知る、その為にあえて今の状況を受け入れよう、しかし、この子宮は何の為にあるのデス?


頭部の耳が震える、ウサギの耳はレクルタンの意思のままに動く、それを実に楽しそうに眺めているエルフライダー、えっと、キョウでしたよね?しかし困ったデスね、やるならやるでさっさとして欲しいのデス、血管をもっと埋め込むデスか?


「あの氷の中に良い気配、魔王の剣か」


「あげませんデス」


「いらね、俺は剣より部屋が欲しい」


「部屋?」


「俺だけの素敵なお家の中にある素敵なお部屋、さあ、出て来い」


氷塊に映し出された自分の顔はほぼ無表情、覚悟を決めた少女の顔、僅かな黄色が溶け込んだ白色の髪、卯の花色(うのはないろ)のソレは精錬で清潔で清純だ、人々に愛される色、母が授けてくれたこの色合いの髪があればどんな状況でも挫けない。


空木(うつぎ)の木に小さく咲く初夏を告げる可愛らしい花の名を冠した色、卯の花は雪見草とも呼ばれている………小さな花が健気に咲き誇る様が雪のように美しいからだ、しかし空木である事を受け入れたのにその空洞に子宮を埋め込まれるとは驚いた。


だらしが無いと言われる口元も今回ばかりはきつく閉ざされている、あの血管が大量に送り込まれて体を蹂躙するデス、こ、怖くは無いデス。


「きた」


「け、血管じゃないデス、な、なに、なになになに」


「あはぁ、きたねぇ部屋」


埋め込まれた傷口が徐々に肥大化して蕾のような形状に変化する、成人した人間と同じくらいの大きさの巨大な肉の蕾、それなのにその下にいるレクルタンを圧迫する事は無い、まるで重量を感じさせない奇妙な肉塊、氷塊の下で肉塊が己の姿を誇示している。


ロウソクを立てる燭台のようにも見えるソレがゆっくりと花開く、レクルタンの意思とは関係無くレクルタンの体の一部として蠢いている、自立した意思を感じて恐怖を覚える、こ、コレ、レクルタンの体の中から出て来たのにまったくコントロール出来ないデス。


肉の花、形容する言葉がそれしか浮かばない、レクルタンの上で咲いたその細胞は不気味に脈動しながら汚らしい蜜を垂れ流している、こ、これはもしかして先程の子宮とレクルタンの細胞が混ざって出来たのデスか?誇り高い魔王の血がこんなグロテスクな花を?


「さあ、受精するかな」


そう言って彼女はその花に手を伸ばす、ヌルヌルとした体液と垢のようなものが彼女の白い手に纏わり付く、足を置く様なモノは無いので非常に登り難そうだ、そもそもどうして登ろうとしているのか理解出来ない、触れられても何も感じ無い。


赤茶色の巨大な花の上に彼女は跨る、それを下から見上げる事しか出来ない、既に妖精は形を失って魔力になり空気に溶けてしまった、蠢く血管を寄生されると思っていたレクルタンはあまりの状況に瞬きするのを忘れてそれを見ている、見詰めている。


やがて彼女がすっぽりと華の中心に納まる、ずぶぶぶ、え、また蕾へと変わる?ニッコリ、優しい笑みでそれに飲み込まれるキョウ、何が目的なのか何をしたいのかわからない、そしてやはり痛みも重さも感じない、すると突然ソレはキタ、ぐぐび、びびび。


人間一人を収納したソレがレクルタンの腹の上で暴れている、縮んでいる、収納されつつある、有り得ない、幼女の姿で固定されているレクルタンの何倍もあろうかという蕾がミミズのように暴れながら本来の位置に戻ろうとしている、いや、この子宮はレクルタンのモノでは無いっ。


「いや、いや、いやぁあああああああ、は、はは、母、お母さん、な、なんデス、なんデス、なんデスっうううううう」


絶叫、溶け込むのでは無く無理矢理体に侵入する、なのに痛みも重さも感じずに体がソレを受け入れている、ワンピースが弾けて飛ぶ、内部から圧迫されて無残に四散する、おえ、胃の内容物が吐き出されて仰向けになりながら死を連想する。


しかし状況は変わる、それは苦しそうに蠢きながら腹の中へと沈む、ゴム鞠のように膨らんだ腹は本来の柔軟性を遥かに凌駕している、戦うとか追い出すとかそんなレベルでは無い、自分よりも遥かに大きい球体が腹の上にある、いや、腹そのものだ。


ポンポンがパンパンだ、この状況を素直に受け入れると精神が崩壊する、あああ、なに、デス、あの娘はどうしてレクルタンのお腹の中にいるのデス?子宮の中にいるのデス?膨れた腹のせいで天井も見えない、何も見えない、腹に子宮に肌に全てが覆われている。


「な、なぁに、なぁにコレ、れ、レクルタンは誇り高き」


こん、こんこん、何かがお腹の内で動いている、こんな見っとも無い状況なのに甘酸っぱい感情が胸の内から溢れる、きゅん、きゅーーん、まるで守るべきモノを見つけたかのような衝動、天命のようなソレ、膨れ上がった腹の中で生きている?


蹴られる度に頷いてしまう、どうしてか反応してしまう、嬉しい、あ、嬉しく無いデス、いや、嬉しいデス、だって、ずっと一人で母を探していたのに今はお腹の中にもう一人いるんデスよ?いるわけ無いデス、いては駄目デス、し、処女デス。


こんこんこん、ああん、いや、蹴ったらダメ、蹴ったらお母さんおかしくなるデス、お母さんを探すのがレクルタンでお母さんはレクルタンでは無いデス、状況が不確かになる、何なんデス、どうしてこんな所で寝てるんデス?母に会いたいだけデス。


こんこんこんこん、ああああ、そうデス、お母さんはレクルタンです、そうだ、お腹の中の子がレクルタンを探しているのデス、産まれたら会えるからそんなに蹴ったらダメです、あはは、勘違いしてたデス、お母さんになるのだからもっとしっかりしないとデス。


こんこん♪


「はいはいデス♪」

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