第112話・『至急に子宮を支給』

状況が把握出来ない、懐かしい気配が薄れてまったく別のモノに切り替わる、違う人間に入れ替わったのデスか?


吹き飛んだ腕を踏み潰しながら彼女は笑う、何処までも酷薄な笑み、虫を見下すような視線が印象的な少女だ、何のこだわりも無さそうな鉄の剣を担ぎながら首を傾げている。


あの剣、鉄塊と呼んだ方が良いデスね、切れ味も鈍く刀身も重い、血と油で塗れていて死臭がするデスね、何の魔法も付加されていない人間の世界の大量生産品の武器、しかし油断は出来ない。


あれは多くの人外の血を吸っている、何とも形容し難い迫力がある、あの欠けた刀身で軽々とレクルタンの腕を切断するとは何たる腕力、刀身が腕に触れた瞬間に刃先を斜めにして接地面を少なくした。


そして一気に引いた、欠けた刀身が鋸(のこぎり)の役割を得てアレだけの破壊力となったのだ、妖精の力で死滅した細胞を活性化させる、死んでしまえばソレは生物では無い、妖精の力で操って自由に支配出来る。


繊維が伸びて骨が構成され泡が弾けて肉が出来る、エネルギーをかなり使うが相手が相手なので仕方無いデス、目の前の少女は人間では無い、ルークレット教のシスターのように思えるがあまりに異端過ぎる、その全てが異様だ。


「へえ、そうやって死滅させた細胞を操れば再生も可能なんだ、もっと見せて」


「貴方は危険デスね、人間よりも我々と同じ存在のように思えるデス」


「危険だよォ、んふふ、だって貴方はキョウを泣かせたんですもの、今は奥に引っ込んじゃったけど貴方をどうやって調教するか相談中なのォ」


「相談デスか?それはご自由にどうぞ、貴方を倒せばその泣いている彼女は顔を出すのデスか?」


「そうだよォ、んー、どうしてかキョウにご熱心だよねェ、どうしてどうして?」


「秘密デス」


使役した妖精が能力を広げる、支配して蹂躙する、彼女の周囲の酸素を奪えれば楽に終わるのですが純血の妖精の力で阻まれている、体の中に沈みましたよね?どんな生き物なのでしょうか、気配は人間のソレですが先程の動きは人間のソレでは無いデス。


圧縮した空気弾を展開するデス、その数は妖精の数と同じ20の姿無き弾丸、宙で固定されたソレがまだかまだかと飛翔する瞬間を待ち望んでいる、先程と同じように攻めれば良いデス、しかし人間風情が戦闘中にあれ程に鮮やかな空間転移を使うとは驚きデス。


術としてはやはり我々魔物のモノに近いのデス、しかも高位の魔物、魔王軍の元幹部、若しくは勇魔の使徒のような超常的な存在……こちらが警戒しているのを感じ取っているのか転移をする気配は無い、このまま見詰め続けていても仕方が無い、妖精達に合図を送る。


空気の弾丸が恐ろしい速度で対象へと撃ち出される、無色のソレは視認し難いデス、さらにこの数の多さ、どのように対処するのかと思いきや先程と同じよう走り出す、だったら同じように地面から鋭い刃先を出現させて刺し殺すまで、あ、殺すのはまだ早いデス、忘れてました。


「ふーん、確かに見えないのが厄介だねェ、でも貴方のソレでヒントを貰った」


「ヒントだけでは答えは出ませんデス、答えまで辿り着いてから発言して下さいデス」


「上等」


そのまま彼女は直線でこちらに向かって来る、着弾させたと思わせて転移を使うのデスか?二度も同じ手は通用しない、弾丸が迫る、突起した地面が迫る、この世界の全てレクルタンの妖精の力で支配されている、貴方はその身に纏う一匹の妖精の力で何をするのデス?


着弾、彼女は空気の層を何重にもして身を守っているようデスがこちらの手数の方が圧倒的に多いのデ、空気弾と空気の鎧、相殺した刹那に次の弾丸が迫る、フフ、全ての鎧を剥がしてやるデス、妖精を使役する事でレクルタンが負けるはずが無いのデス、何せあの邪悪な妖精の姫である母の子。


当たれ当たれ、足が止まった彼女に向かって無数の弾丸を飛ばす、しかし身を砕く様な衝撃は空気弾を通じて伝わって来ない、相殺されたのは良いが次々に着弾する空気弾がその身を蹂躙するはずだ、なのに何の手応えも感じませんデス、違和感に首を傾げる。


さらに突起した地面が彼女のその身に突き刺さるはず、それもまた手応え無し、土煙が舞う中で一体何をしているのデスか?刹那、その土煙に円状の穴が開いて何者かが疾走する、へえ、どうしてそんなに元気なのでしょうか?ちゃんと教えて下さいデス。


「スゴイ、どうしてデス」


「相殺された瞬間に支配して取り込めば何も変わらない、貴方の空気弾は今や私の鎧だよォ」


「この腕の再生を見て思い付きましたか、成程、相殺された瞬間に妖精の力は解除される、それを再支配(さいしはい)して取り込むデスか」


「私、頭良いもん」


「そのようデス、少なくとも前の彼女よりは頭が良いようデス」


「キョウだって頭良いもん!んふふ、そして貴方も頭が良いみたい、その頭脳欲しい」


「やりませんデス」


「犯る、殺る」


瞳に感情が無くなる、キョウ?その存在が彼女の何かを引き出すキーワード、無垢さが消えて純粋な殺意のみに切り替わる、って事はあの母と同じ気配を持つ少女の名前がキョウって事デスね。


古(いにしえ)の魔王である邪精覇(じゃせいは)と人間の少女であるキョウ、そこに何の共通点も見出せない、無理矢理に何かを見つけようと思えば一点のみ、その狂気が似ている、全てを蹂躙して破壊しようとする衝動。


「ナァアアアアアアア」


間延びした声に緊張感は無い、しかし彼女は実際に接近して来る、支配率の書き換えに気付くとは恐ろしい娘だ、同じ能力を持つ相手に対する唯一の抜け道、欠点は能力の行使をし過ぎるあまりにスタミナ切れになる事だけ。


しかし彼女にそのような気配は無い、体の中に溶け込んだ妖精の力がよっぽど巨大なのかソレともあの妖精以外に何かしらの要因があるのか、手数を緩めずに微笑みマス、成程デス、こんな人間も世界にはいるのデスね、亡霊に加工するような使えないクズもいればデス。


目の前に迫る刀身、それと手の甲で弾く、妖精の力を行使せずともレクルタンは最強の魔物の一人なのデス、最古の魔物の一匹……貴方の力は人間で言えば規格外でしょうがレクルタンからすれば規格内です、一瞬停止したその横腹に蹴りをぶち込む、あげます。


「っあ」


「刀身が停止した刹那に転移して逃げれば良かったデス、骨が砕けて良い音がするデス」


「つかまえたぁ」


「?捕まえる?」


「んふふ、キョウ、こいつを捕まえたよォ、んふふ、褒めてェ、ああ、、オッケーだぜ、流石俺のキョウ」


違和感、バランスを崩して倒れる、何が起こったのか理解出来ないまま目を瞬かせる、レクルタンの足がこの娘の体に吸い込まれている?血管が彼女の体から伸びて太腿に突き刺さっている。


多くの魔物を部下にして来たがこのような異様な光景を見るのは初めてだ、レクルタンの意思とは関係無く足が大きく震えている、生理的な動き、意思とは関係無く反射として行っている、ど、どうしてデス?


倒れ込んだレクルタンを覗き込みながら彼女は微笑む、母の気配デス、最初の女の子デスか?妖精を操ってこの状況を打破しようとするが上手く出来ない、足から伝わる意思がレクルタンの能力の行使を阻止しているデス。


寄生でも捕食でも無い、ましてや支配でも無いデス、まるでそれがそうであるように自然と全てが阻害される。


「は、母、お母さんデス?」


「ウサ耳げぇぇええっとぉお、あん?お母さんって何言ってんだこいつ、俺は兎を捌くのは大得意なんだぜ、んふふ、知ってるぅよォ、キョウは兎を捌くの大好きだよねぇ、そうだぜ」


切り替わる、表情が即座に切り替わる、まるで悪い夢でも見ているかのようだ、妖精達は意思無きまま空中で停止している、レクルタンの全身から力が抜けて魔法を行使しようとしても魔力が宙に四散する。


体を侵食する他者の肉の感覚に吐き気がする、今、この娘が笑っている頬の筋肉の動きを実感出来る、まるでレクルタンの体の一部のように、取り込もうとしている彼女の横腹の肉の動きが実感出来る、全てが出来てしまう。


この娘の末端器官として自分があるような薄気味悪い感覚。


「お母さんお母さんって、いい加減に親離れしねぇと駄目だぜ?」


「あ、貴方の中からレクルタンの母の気配がするデス、ど、どうして」


「しらね、お前の体の中をある程度見たけどやっぱりねぇわ、作らないと、孕むのは飽きたぜ」


「はらむのが、あきた?」


「よし、お前にコレを埋め込んでやるからなぁ、孕むんじゃなくて産まれまぁす、妖精を生み出すんじゃなくて俺を産み出してね♪」


「へ」


彼女の白魚のような指が醜く肥大化し形を成す、汚らしい粘液を撒き散らしながら指の爪が地面へと落ちてゆく、ぶしゅ、泡立つ器官はゆっくりと脈動しながら世界に誕生する。


分厚い筋肉の壁で構成された袋状の構造をした器官、見覚えがあるようで見覚えが無いような、あ、え、そうデス、人間の女性を殺した時に見た事があるデス、し、子宮?え。


「お母さんは沢山いてもまだ産んで貰ってねぇからなぁ、お前が俺を産んで?我が子が出来れば母親なんてどうでも良くなるだろ、今の家庭が大事だぜ♪」


「や、やめ」


ずぶっ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る