閑話96・『家計に優しいシスターがいる事を初めて知った』

グロリアの仲間が救援要請をして二日目、魔法で連絡を取り合うのかと感心したもののまさか山の中で一人放置されるとは思わなかった。


貴方には頼れる仲間が沢山いるでしょう?そう言われては返す言葉も無い、しかしシスターがシスターに助けを求めるってよっぽどの事態なんだろうな。


待ち合わせの街までまだまだある、しかし身体能力は向上するばかりの俺、このような険しい山道でも息一つ乱れない、るんたった、何だったらスキップしちゃる。


「キョウさま、あ、危ないですよ?私の手を掴んで下さい」


「大丈夫だって♪炎水は心配性だなァ、しかしグロリアがいないと明るい表情を見せてくれるな」


「そのような事よりも手を……昨夜の雨で泥濘が……」


「俺は山育ちだぜっ!」


「存じております、見てましたから」


「す、ストーカー?」


「違います、保護者です」


そして母親、グロリアや俺と同じシスターの容姿をした存在、違いがあるとすればその年齢が10歳程度にしか見えないって事だ……俺と出会ってから成長する仕様だったけ?不老不死になってしまったので関係ねぇか。


一般的なシスターよりやや垂れ目がちで目尻が優しい、肌は透けるように白い……声も口調も異様な程に優しい、俺を見る目は確かに母親のソレだ、しかも溺愛している母親のな!灰色狐も母親だけどもっと騒がしいよな。


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服はグロリアや他のシスターの物と同じ、しかし生地の色は黒羽色、普通の黒色よりも光沢があり艶のある色合いで見ただけで高級なモノだと理解出来る、流石管理職のシスターは一味違う。


「しかし腹が減ったな」


「任せて下さい、へぶ!?」


顔面から樹木に突っ込んだお前に何を任せたら良いのだろうか?ハンカチを差し出すと手で拒否される、自分の懐からハンカチを取り出して鼻を押さえる………ダラダラ、隙間から鼻血が出ている、相変わらずのドジッ娘属性か。


鼻血を垂れ流す炎水を横目に野宿の準備を始める、一般的にママリー・テントと呼ばれるソレをテキパキと組み立ててゆく、居住性を損なってでも軽量を優先するその造りは長旅に重宝するぜ、何だか母親の前で良い格好をしたい俺。


しかし俺もグロリアも実用性を優先するタイプなのでこのテントは本当に重宝している、ポールは付属しないでピッケルを逆に立てて設営する、炎水の方をちらりと見詰める、あの巨大施設を支配していたお前でも野宿の準備は出来まい!


「じゅび、うう、お母さん……私は食事の準備をしますね」


お母さんはお前だ。


「え、火は?」


「ちょちょいです」


ウザッ、微笑みながら支度を始める炎水、手持ちの材料は俺から読み取っているはずだ、ドジッ娘が料理とか大丈夫かよと疑った視線で見てしまう。


経木(きょうぎ)に包まれた何かを取り出す炎水、塩漬けした肉が何か残っていたっけ?経木はヒノキを柔軟性が出るまで鉋(かんな)で薄く薄く削ってソレを軽く火で炙って消毒した包装紙だ。


旅先で作れるし保存にも役立つ、抗菌、防腐作用、通気性の三拍子揃った優秀な道具だ、しかし荷物の中から取り出したあの経木の包み、几帳面な包み方からグロリアの仕事だとわかるが見覚えは無い。


「そんなのあったっけ?見覚えねぇぜ」


「あの糞シスターが先日立ち寄った街で購入してました、糞シスターは目利きが得意ですから」


「糞シスターか、確かに思想も行動も俺に対する仕打ちも糞の範疇にあるな」


改造されています、現在進行形で……自分で言っといて笑えない、その包みを容赦無く開封する炎水、グロリアに対して敵意剥き出しなのはクロリアと一緒だな。


シスターなのにシスターに嫌われるグロリアを不憫に思いながら包みから開封されたソレを見る、見ただけでわかる繊細そうな肉質、赤みの部分に一切の不純物が無く美しい。


「ヤマシギ、か、秋だから旬は旬だけど貴重だろうに」


「恐らく自分一人で全て食べるつもりだったのでしょう、じゅび、うぅ、鼻血が止まらない」


「鼻血は止めろ、しかしグロリアの奴め、こんな高級な代物を………腹ペコ腹黒キャラめ」


「キョウさまがあの糞シスターを罵ると度に幸せで体が震えます」


「震えなくて良いから鼻血を止めろ」


「じゅび」


ヤマシギ、他のシギとは少々異なり生息地は森林の中である、さらに夜行性で警戒心が強く人目に付き難いのが特徴だ、肉質は上品で臭みが無く前述の理由から希少価値が高く幻の鳥と言われている。


それは少々大袈裟だと思うが希少価値が高いのは本当だ、炎水はソレを手早く調理してゆく、ヤマシギは肉よりも内臓が好まれていて非常に深い味わいと野趣溢れる血の香りがたまらないのだ、それを裏漉ししてソースにしているようだ。


肉は少しの時間だけ茹でてやや生っぽい………俺の作る料理やグロリアのソレとも違う、山中で食べるような種類の料理では無いような?恐らく初めての屋外料理、それなのに動作に無駄が無く停止する事が無い、手早く工程を済ませてゆく。


「出来ました、じゅび、鼻血も止まりました!」


「お、おう、どうして調理を終えるのと鼻血が止まるのがリンクしているのか謎だぜ」


「母親ですのでっ、じゅび」


「止まってねぇじゃん」


早速頂くとするか、内臓を裏漉ししてソースにするとか聞いた事ねぇぜ、ぱくり、もぐもぐもぐ、向かい合って食べる。


「凄く美味いんだけど何コレ、隠し味に鼻血でも入れたか?」


炎水を取り込む際にこいつの死肉は隅々まで粗食した、深藍(ふかあい)の髪を見詰めながら思う、藍染(あいぞめ)で黒色に近い程に濃く染める事でその色合いが完成される、濃く深く暗い青色、シスターの髪の色は派手な色合いのモノが多いような気がする。


神の威光を伝える為にそのようにしているのだろうか?しかしこの炎水は違う、地味な色合いの深藍の髪、藍染めをする際に藍を搗かつのだが搗とは丁寧に染めた布を地面の上に広げて何度も叩く作業の事を指す、俺も親戚の手伝いで何度もした事があるが大変な重労働で非常に疲れた記憶がある。


あの頃を思い出しながら差し出された料理を無心で食べる、ウメ、ウメェ、こいつやっぱりすげぇや。


「鼻血は入れてません、丁寧に調理すればこれぐらいの味には仕上がります」


「屋外でも?」


「ええ、キョウさまが旅に出る事は確定事項でしたから……屋外での調理も勉強しました」


「け、健気………愛が重い、ストーカー?」


「違います、保護者です」


その一点張り止めろ、俺が促すと炎水も食事を始める、グロリアやクロリアと同じで所作が美しい、そしてあの二人と同じで大食いなのか?ここに来てやっとその謎が解かれるぜ。


じーっ、俺の視線を気にせずにモグモグしている、何かに集中すると周囲の情報が遮断されるタイプか?髪型も特徴的で太めに編んだ髪を編み目に下から上に手櫛を入れたような仕上がり、柔らかそうなフワフワの三つ編みをしている。


何度も丁寧にほぐしたのか三つ編みなのにルーズな雰囲気が漂っている、それを左肩に流していて年齢を感じさせない色っぽさがある、可愛いし料理上手だし最高だな、コレで大食い属性までグロリアと同じだったらヤバいぜ。


「けぷ、御馳走さまです」


「はぁあああ?!二切れっっ、二切れしか食べて無いぜ!」


「あ、あのぅ、小食なんです」


「ふざけんなっ、シスターはどいつもこいつも大食いの化け物で一緒に外食したら奇異の視線に晒されて厨房の料理人が過労で倒れるぐらいじゃねぇと!」


「どこの化け物の話ですか?」


糞シスターって呼称よりも無意識で出た化け物の一言の方が的を得ているぜ、グロリアやクロリアの体質はあいつ等だけのもんなのかよ?!


完全なる設計ミスだろうがオイ。


「さあさあ、残りはキョウさまがお食べになって下さい」


「うぅ、小食のシスターこえぇよ」


「へ」


俺がどれだけ飲食店で頭を下げたと思ってやがる!


少し泣いた。

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