第110話・『このロリは酷い事になります、ここまでで一番、がんば』

妖精に正も邪もあるものか。


しかし魔物では無く邪悪な妖精を使役していた魔王がいるのも事実、彼女の生み出した妖精は魔物よりも凶悪で魔物よりも頭脳が高い。


魔王が滅ぶと同時に世界から消え去った古の妖精達、自然発生する妖精とは違って魔王の圧倒的な魔力で創造された化け物、自然発生する原理を己の体で体現した邪悪な妖精の姫。


古(いにしえ)の魔王である彼女の文献は少ない、人間の世界に残っている資料は皆無だ、その書籍のほぼ全てを勇魔が保持している、憎らしい存在、しかしここに眠る武器を得れば互角に戦えるはず。


魔王や勇者は過去に遡る程に強力に凶悪になる、邪精覇(じゃせいは)はその中でもさらに古き魔王の一人、邪悪な妖精を使役して多くの人間や魔物を殺した同族殺しの姫、その圧倒的な力を宿した武器が主の帰りを待っている。


「そうデス、ここにあるデス」


人間からすれば妖精を使役しているので妖精使いに見えるだろう、事実は違う……かつての邪悪な妖精の子孫達がこの村で生き残っていた、だから心はそのままに体と力を操って人間を虐殺した。


邪精覇の幹部で唯一生き残った自分ならそのぐらいの事は簡単だ、しかしまさか母の残した妖精の血が人間の世界で生き残っているとは意外だった……自分も妖精を生み出す事は出来るが勇魔や新たな魔王と戦う事を想定して力を使う事を禁じている。


自然発生した妖精は支配出来ないがここにいた妖精達なら余裕で支配出来る、人間と仲良く暮らしている光景は吐き気がしたが操って皆殺しにさせたら狂ってしまった、人間の世界で暮らしている内に狂気が消えてしまったか?ここに眠る武器の護衛がお前達の仕事だろ?


長い間探し求めた母の武器がここにある、魔王は生涯に一度だけ自分の体の中で一振りの魔剣を生成する、その魔剣の威力はあらゆる武器を凌駕して超常の力を操る事が可能だ、母の魔剣はその中でも飛び抜けている、期待に震えて氷の中に眠る魔剣を見詰める。


「これデス、欲しいデス」


氷の中に眠る剣は淡い光を放ちながら脈動している、はて、何かに呼応しているようデス、邪精覇の娘であるレクルタンに呼応しているのかと思ったのですがどうやら違うようデス、この氷を溶かすのは中々に酷だ、なので亡霊を生み出した。


透明化して内部に侵入すれば良い、広い空間の宙に浮いた巨大な氷塊は外からのあらゆる干渉を防ぐのデス、だけど大丈夫デス、100%存在を希薄に出来る亡霊ならこの中にある剣を取り出す事が可能なのデス、だけどまだソレを完成させていない。


人間の魂を多く使えば使うほどに希薄な亡霊が製造出来マス、多くの魂を使えば存在が希薄になるとは人間って実に面白い、他者と魂が混ざる事で己を認識出来なくなりより希薄になるデスか??だからもっと死人の魂が必要なのデス、妖精は何をやっているデスか?


「しかし、レクルタンに反応しているわけでは無いのデス、何に反応してるのでしょう?まさかここ最近生れ落ちたと言われている魔王が近くにいるのデスか?」


仕えるべき魔王は母である邪精覇だけデス、しかしその死に際が思い出せない……どうしてだ?護衛をしていたのは自分のはずなのに、城に侵入した勇者の一味はどんな顔だった?全てが思い出せない、いつの間にか人間の世界を彷徨っていた。


そして母の気配が人間の世界にある事に気付いた、探し続けて数百年、驚いたのが自分がこの世界で意識を取り戻した時には既に長い年月が経過していた事だ、おかしい、そこまで深く眠る程に魔力を消耗していた?しかし体に損傷は無い。


魔王は既に誰ともわからぬ輩へと代替えしていた、過去に遡っても遡っても主の名前が一切出て来ない、まるで歴史から抹消されたようだ、そういえば主もおかしな事を言っていた、ある一定の時期から魔王の記録と勇者の記録が抹消されていると、そんなバカな。


「魔王も勇者も誰かわからぬように全ての資料が抹消されマス、レクルタンの保有していたソレも勇魔とやらが奪ったようですし、困ったデス」


まるで勇者と魔王の存在が最初からいなかったように全ての資料と記憶が消し去られている、初代魔王と初代勇者が入れ替わりねつ造される、どのような力があればこのような事が可能なのか?


しかし自分のように記憶を保持している者もいる、完璧なようでいて穴だらけ……ある一定のレベル以下の情報はどうでも良い?


消えた魔王と勇者は何処に行ったのか?人々の記憶を操作しているのは誰なのか?その答えは勇魔にある、アレの名が出たのはここ最近だがアレは何時から存在していた?何時から暗躍していた?まるで全ての準備が整ったと言わんばかりのタイミングで魔物を支配して王になった。


全てが疑わしい存在、新たな魔王に仕えるつもりは無いが勇魔に仕えるつもりはさらに無い、この剣を手に入れて亡霊の軍団を使役してあいつから全ての事実を聞き出すのだ、そう、人間にも魔物にも干渉出来る存在などあいつしかいないのデス、しかし剣が無くては殺されてしまう。


魔王が幹部を誕生させる仕組みと同じで勇魔は使途を誕生させるのデス、そしてさらに勇者の力も上乗せしている、まともに戦えば負けるのデス、悔しいけどそれは事実だ、新たな魔王はどうやってその座を奪い取るつもりなのだろうか?ふふん、協力はしないのデス。


「ああ、亡霊をもっともっと純化させねばデス」


そして全てを手に入れるのデス、氷に映った自分の顔を見る、幸せそうに笑っている、母の剣との再会は母との再会と同じ、レクルタンは母が大好きなのデス、邪悪な妖精を使役して人間を皆殺しにしていた母を尊敬しているのデス、強くて美しい女性だったのデス。


床に転がっている人間を蹴る、呻き声、死ぬ前に沢山の恐怖を感じさせて魂の輝きを引き出すのデス、邪悪な笑み、氷に映ったレクルタンはとても幸せそうなのデスよ?僅かな黄色が溶け込んだ白色の髪、卯の花色(うのはないろ)のソレは精錬で清潔で清純だ、人々に愛される色。


空木(うつぎ)の木に小さく咲く初夏を告げる可愛らしい花の名を冠した色、卯の花は雪見草とも呼ばれている…………小さな花が健気に咲き誇る様が雪のように美しいからだ、しかし空木とはまた笑える、枝の内部が空洞である事からその名を与えられた、レクルタンも愛すべき母を見失って心が空洞なのデス。


卯月(うづき)の製造されたのでこの髪の色を与えられた、卯月とは卯の花が咲き誇る季節を指すのデス、母は人間のように感性が豊かだったのデス、そしてとてもとても優しかったのデス、その卯の花色の髪の上には同じ色合いのウサギの耳が生えている、魔物ですから仕方ないのデスよ、母の趣味なのデス。


「そうなのデス、母の趣味で母の愛で生み出されて幸せなのデス、この剣に母の記憶が残っていれば良いのデス」


人間で言えば10歳未満の幼い容姿、この姿は便利で不便だ、優しくされるし襲われるのデスよ、人間って二面性あり過ぎデス、銀朱(ぎんしゅ)の瞳は全てを見透かすように穏やかデス、朱丹に水銀と硫黄を丁寧に混ぜ合わせてソレを焼いて製造すればこの色合いになる。


作られた魔物に作られた色、成程、悪く無いデス、にんまりした口元がだらしないらしいですが自覚は無いのデス、主や仲間が言っていた、ニマニマ、確かに笑っているのデス、いつもこうやって笑っているのデス、肌の色はそれこそウサギの毛並みのように純白なのデスよ。


立ち耳をピコピコさせる、何処か抜けたような印象を持たせるウェーブボブは毛先が踊っていて楽しいのデス、緩いパーマを当てて動きを演出しているのデス、躍動感!前下がり的なショートボブですがあまり挑戦的になり過ぎていないのがお気に入りのポイントなのデス。


半濡れ状態で自然乾燥させるのはポイントデス、そして毛先だけは質感を整えるように意識するのが大事デス、母も可愛いと言ってくれたのでずーっとずーっとこのままなのデス、フフ、永遠にこのまま、母の為に娘は生きているのですから当然デス。


「はて」


無駄にフリルの付いた黒いワンピースを震わせて体を抱き締める、瞬間、扉が何者かに破壊される。


侵入者、この地下の楽園に誰が?


「うおおおおおおおおおおおおおお、取り敢えず、食わせろー」


おバカさんな叫び、その少女を見た瞬間に懐かしい姿が過ぎる、似ていない、あまりに似ていない、なのにどうして?


「は、母……え」


その少女は母にまったく似ていないのに、母に見えた、母の魔力を僅かに感じた。


に、んげん、デス?

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