第109話・『命じて命じさせるの最高なのでまたしよう、寝床でしよう』

底へ底へと進んでゆく、妖精は皆殺しにしたので気配を隠す必要は無い、取り込んだ妖精の死体から情報と一緒に力も手に入れた。


強化された妖精の力に満足しつつ取り込んだ妖精の死骸の味に舌鼓を打つ、花の蜜を好んで吸う妖精の肉は柔らかくて甘みがある、実に美味だ。


味を覚えてしまったが殺してから取り込めば良い、そうすれば特別にならないしなあ、洞窟の天井に染み出て来る地下水が方解石を融解させて氷柱のように伸びている。


人工的な景色は消え去り単純な洞窟へと変化した、天井から垂れる滴の円周に沿って方解石が少しずつ沈殿している、鍾乳石、折って売ればかなりの値段になるが学者の祟木の精神がソレを許さない。


悠久の時の流れに敬意を覚えろっ!祟木にしては珍しい強い意見、従わないと何をされるかわかったもんじゃない、一部の意見を尊重して折るのは止める、自然は大切に、一部は大切に、妖精は皆殺し。


「ッ、亡霊か、デカいな」


「何人分の魂を加工しやがったんだ、キメェぜ」


透明の巨人が顔無しのまま吠える、地面から浮かび上がるように出現した亡霊が愉悦とも悲鳴ともわからぬ声で絶叫する、狭い洞窟に木霊する、耳の奥が痛い、ファルシオンを抜いて溜息を吐き出す。


天井から洞床に落ちた水滴、長い時間によって方解石の晶出が少しずつ起きる、そこが段々と盛り上がり突起物へと変化する、やがてそれが高く成長すると石筍(せきじゅん)と呼ばれるようになる、天井も床も障害物で一杯だ。


飛び跳ねる事も走り回る事も難しい、天井から垂れた鍾乳石と下から伸びた石筍が接触して石柱になっている場所もある、もしかして妖精の透明化ってこの状態でも使えるのか?あまりに戦い難い状況に咄嗟に思い付く。


意識すると体が半透明になる、ユルラゥの姿と時と同じだ、やはり一度は一部の姿に転じないとその全ての能力をモノには出来ないか?これからの課題を意識しながら亡霊の攻撃を避ける、俺の何倍もある透明な巨人、狭い洞窟でも窮屈そうでは無い。


全体像がわからない、下半身が地面に埋まっている、こいつは全ての物体を通り抜ける、それってもしかして魂を加工して亡霊を生み出した妖精の力か?だったら魔力を使わなくてもこの状態で直接干渉出来るか、迫り来る腕にファルシオンを叩き付ける。


「手応えあるぜ、うらぁ、二度死ね!妖精殺しで亡霊殺しの俺には情けは無いぜ!」


「主がんばれー、ころせー」


亡霊が地面に沈んでいるようにユルラゥも下半身を俺の肩に沈めている、ズブズブズブ、長くて白い足が俺の肩に沈む様は醜くも美しい、腕を振り回しながら甲高い声で応援するユルラゥ、妖精の力でサポートするとかは無いのな。


緩やかな洞床の傾斜は凸凹として足場としては最悪だ、少量の水が流れているので踏ん張りが効かない、幾つも水溜りがあるが深さがわからないので厄介だ、妖精の力で靴を支配して水面に浮かせる、踏ん張りは効かないがコレで戦うしか無い。


山の斜面に設置されら棚田(たなだ)のような場所、戦い難いが仕方無い、棚田だと畦と呼ばれる場所はリムストーンと呼称される、畦石、輪縁石とも呼ばれるその場所は大小様々なサイズの段差を構成していて飛び跳ねやすい、そこを利用して敵の攻撃を躱す。


亡霊の攻撃は遅い、腕を振るう以外に他の行動はしない、透明化した俺は妖精の力で亡霊に干渉する事が出来る、攻撃を避けながら小まめに反撃する、一振りすると指が潰れて亡霊が悲鳴を上げる、ファルシオンもやっと出番だと張り切っている。


「透明になったファルシオンだと攻撃出来るな」


「それ、オレの力な」


「鍾乳石も石筍も動き回るのに邪魔だが透明化すると何て事ねぇな」


「それもオレの力な」


「あー、妖精美味しかった」


「それオレの同族の死骸な、肉団子にされたオレの同族」


「死ねェ!」


「都合が悪くなると叫ぶ癖はかっこ悪いぜ」


洞穴生物(どうけつせいぶつ)が戦闘の衝撃で混乱して姿を現している、亡霊の動きは現実に干渉しないはずなのに何かしら感じているのか?亡霊の腕に触れても死ぬ事は無い、人間の生命力だけを奪うのか?しかし木々は枯れていたよな?


亡霊の個体事に生命力を奪える対象を決めているのか?だとしたらどれだけ高度な技術で魔物を生み出しているんだ、妖精にそのような細かな事を考える頭があるとは思えない、俺のユルラゥは違うけどな!ジト目になって俺を睨んでいるユルラゥを咄嗟にフォロー。


しかし進めば進む程に亡霊が成長しているな、護衛として配置しているのか?取り敢えず、指を潰されて絶叫している亡霊に一気に肉薄する、妖精の力で浮遊させた靴のお陰で宙を自由に駆ける事が出来る、そして二人の娘の細胞が俺の地力を底上げしている。


シスター二人に魔王軍の元幹部が二人、それによって精神に異常が発生しているがそれを差し引いても素晴らしい身体能力だ、人外の四人の力が俺を人外に変貌させている、化け物に変化させている、キョウ、お前はこれをどうにか出来るのか?


「もう一度死ね、もう魂を加工されるなよ」


ファルシオンが羽のように軽い、重さを感じないのは四人の細胞のお陰だが命を奪う武器に重みを感じないのは問題のような気がする………亡霊の首を軽々と斬り落とす、主の命令を失った亡霊の体に妖精の力を干渉させて魂を分解する。


せめて混ざりっ気の無い一人一人の魂で成仏してくれ、分解をしながら自己矛盾に笑う、妖精は皆殺しにしたのに意味がわかんねぇ、俺は狂っている、怪物へと化け物へと転じた精神はもう二度と戻らない、この疑問もその内に溶けて、あれ。


何か考えていたか。


「忘れた、あはぁ」


「弾ける笑顔が痛々しいぜ、この先にいるぜ、妖精使い」


深く暗い洞窟の先を指差しながらユルラゥが笑う、妖精使いか、妖精のカテゴリーはもう満席だが妖精使いなら美味しそうだ、何より罪の無い村人を虐殺してその盟友であった妖精を支配して使役して亡霊を生み出しているのは許せない。


そんなことよりぃ、おいしそう、おいしそう、だからたおしてたべて、うんちにして、えいようだけはおれのいちぶにしちゃば?むずかしいことをかんがえるのはにがてだもんな、それはきょうにまかせておれはおれのしたいようにしないとだぁめ。


くおう、くっちゃおう。


「ユルラゥ、妖精はお前だけ」


「ん」


「妖精使いは?なあ、お腹空いた、もう、やだやだやだ、お腹空いたのやだぁ」


「そうかそうか、オレの主が泣いている、それは物凄く物凄く悲しい事なんだぜ」


「おなかぁ、もう、すいたぁ」


「だから餌になる奴が悪い、エルフライダーってのは餌が限られてるんだから、餓死しちゃうもんな」


「ユルラゥぅぅ、命令して!俺に命令して!くふふ、命じてよ」


そう、ユルラゥは素敵で無敵な俺の妖精、だから俺に命令して、地面に倒れ込んで笑顔で求める、そう、俺に命令してぇ、犬のようにちゃんと言う事を聞きます。


お尻を振って媚びる。


「あ、主っ、あは、あはははは、食え、喰え、この先にいる奴を食って良いぜ!オレが命じた!シスターでも他の一部でも無い!」


「んふふ、わかりました」


ユルラゥが興奮している、ふふ、少しは独占欲を見せてくれたぁ?少しは俺だけを見てくれたぁ?キョウもグロリアも関係無いよ、今だけは俺のご主人様。


そう、命令をされると心地よい、ああ、食べて良いんだな、俺の妖精。


「あ、ぁ、主に命じるの、あん、き、気持ちいいよォ」


「また命令して良いよぉ」


「は、はぃぃい、主ぃ」


縹(はなだ)と呼んでもおかしくない程に明度が高い薄青色の瞳を蕩けさせてユルラゥは笑った、良い仕上がりだった。


騎乗するか、この小さい小さい俺の妖精の力を使いたい。


使うぅ。

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