第105話・『オレのマスター可愛いだろ?ふふん♪』

時折自分自身の姿がわからなくなる、俺ってどんな姿をしていたっけ?多くの一部の姿を思い浮かべてその中で自分の姿を探す。


他の人間はどうやって変化しているんだろう?不思議だよなぁ、俺しか変化しているのを見た事は無いけど人間だったら幾つか一部を持っているはずだ。


腕だったり足だったり首だったりササだったり尻だったり、みんな俺と同じように一部を持っているはずなのにそれに変化しない、不思議だなぁ、首を傾げる。


「しかし寒いな」


井戸の底にある水面に映る自分の顔を覗き込む、瞿麦(なでしこ)を彷彿とさせるピンク色の髪、そのピンク色の長髪はしっかりとしたウェーブで腋にかかる程度で切り揃えられている。


見た目は人間だと十歳程度だろう、肌は艶やかで弾力がありそうな赤ちゃん肌だ、この姿の持ち主の人格を考えたら穢れの無いその肌も全てが禍々しいモノに思えてしまう、やや吊り目がちの瞳は縹(はなだ)と呼んでもおかしくない程に明度が高い薄青色。


透けるような色合いの瞳をしているのにその奥は好奇心を含んだ残虐性に支配されている、この体に引っ張られる形で好戦的になっている?服装は一枚の長い長方形の布を体に複雑に巻きつけてピンで固定しているようだ、真っ白な無垢な色合いの服装。


人間を殺すのが大好きなユルラゥの体は俺の精神に強く作用する、上を向いた睫毛が揺れる、体を左右に揺らすと背中に生えた透明の羽が愉快に踊る、羽の形は蝶々のようなのに透ける様は蜻蛉のようだ、靴を履かずに素足を宙で遊ばせる、体が軽い。


「これが妖精の体かァ、体重を感じさせない、空気のような体だぜ」


井戸から飛び出て周囲を飛び回る、ユルラゥは一部の中でも古い方だがその姿に変化するのは初めてだ、今までの一部と違って体が風のように軽い、羽の動きなど気にしないで意思のままに飛び回る、あれだ、難しく考え無くても自由に操作出来るぜ、すげぇ便利。


に、人間の体って色々と制約があるんだな、妖精の体は形の無い自然現象のように軽やかだ、風のようで空気のようで水のようで、これだけ軽くて自由な体を持っていたらユルラゥ見たいな能天気な性格になるわなぁ、少しだけ謎が解けて安心したぜ、ふふ。


当初の目的を忘れて飛び回る、自由自在、これで自然物を支配して操る能力もあるのだから妖精って奴は恐ろしい、意識すると体を透明化させて姿を消す事も出来るのか、色んな能力を持っているな、能力の幅の広さで言えば一部ではトップレベルじゃねぇかな?


「さて、当初の目的を果たすか」


キョウは少し寝ている、ここ最近酷使し過ぎた、それと俺が化け物にならない為の策を練ってくれているらしい、何時でも呼んでねと笑顔で呟いた、スヤスヤスヤ、キョウの寝息を聞きながら井戸にもう一度潜入、妖精は風の流れや環境に関係無く飛び回れる、便利。


しかしこの井戸の大きさって妖精サイズにほぼぴったりだよな、まさか妖精の為に?都合の良い考えに苦笑する、水面の少し上に停止、周囲には多くの穴がある、この穴は何なのか気になる、ちなみに灰色狐の細胞を活性化させているので暗闇でもちゃんと見れるぜ!


『オイオイ、主、可愛いユルラゥちゃんの姿が馬鹿狐の姿に汚染されてるぜ、勘弁してくれ』


「あ、マジか」


頭部にニョキニョキと灰色の毛をした狐耳が生えている、何この萌え要素の追加、意識して消そうとするが汚染が速くて手の打ちようが無い、灰色狐の細胞はその種族性から他の細胞に溶けあうのが速い、まさに糞ビッチ細胞なのだ、素敵な母親だぜまったく。


既にこの世界に灰色狐しか存在しない吸狐族(きゅうこぞく)は古来から優秀な種の遺伝子を奪って生きてきた、番いになっても吸狐族の牝しか産まれ無い、しかも父である種の優秀な点だけは受け継ぐのだ、俺は例外だけどな、お母さんは灰色狐だから俺もそうだよな。


頭が痛い、そうか、そうなのだ、俺は灰色狐の息子だから吸狐族で人間で何もおかしくねぇ、狐の耳はこのまま残しとく、色んな音を聞き逃さない便利な獣の耳……獣妖精がここに爆誕したわけだがお披露目する相手もいねぇ、ついでに尻尾も生やすか、よし、完璧。


「確かに、灰色狐とユルラゥの姿が混ざっているな」


『だろォ?芸術的なユルラゥちゃんの可憐で美しい容姿が獣臭くなってやがるぜ、なぁなぁ、早く灰色狐の細胞を引っ込めようぜェ』


「どっちも臭ぇよ」


『んなぁ?!フローラルな香りのするオレに向かって酷いぜ主っっ!さらにミルクのような何とも言えない香りもオレの――』


「ミルクだぁ?母乳出てから言えや、このカス」


『う、ご、ごめん』


「母乳を毎晩毎晩恋い焦がれている女に吸われて乳首取れるんじゃね?って不安に苛まれて眠れなくなってから言えや」


『だからごめんって!あんまり妖精は虐めるもんじゃねぇぜ!』


「俺が虐めるってのは小さい時に蜻蛉をバラバラに解体したような、ん?この羽、蜻蛉に似てるなぁ」


『すいません、勘弁して下さい』


さて、無駄に騒がしい妖精が静かになった所で横穴に侵入する、苔も生えていないしカビの匂いもしないな、魔力によって表面が処理されている?中々に手の込んだ仕事だ、違和感が大きくなるぜ、こんなに細くて長い穴をどうやって掘った?


寂れた村からは考えられない技術だ、穴はどんどんと深くなる、それに呼応するように穴もどんどん小さくなる、しかしユルラゥの小さな体はその穴の中を難無く進む、二十分ぐらい経過しただろうか?狭い穴の中は時間の感覚を狂わせる。


このまま進んでも何も無いのか?引き返してグロリアに報告するかな、そう思った矢先に突然開けた場所に出る、狭い穴からは想像も出来ない途轍もなく広い空間、それはまだ受け入れられる、しかし太陽の光が差し込んでいるのはどうしてだ?


「つか、太陽がそのまま天井にあるような、何だコレ、光ってやがる」


『何を言ってんだよ主、こりゃ、妖精の力で太陽光を集めて天井に貼り付けてるのさ』


「はぁ!?お前がしてんのか?」


『してねぇって、オレ以外の妖精の仕業だぜ、辺りに妖精の気配を多く感じるな、どのタイプの妖精かわかんねぇけど油断するなよ』


「よ、妖精って、ユルラゥ以外の妖精はいらねぇぜ、俺はお前だけがいい、お前だけが好き、お前だから俺なんだぜ、だ、だよな?」


『へ?――――――ぷ、あははははははは、主よォ、嬉しい事を言ってくれるじゃんか、それはありがたく受け取ろう、マイマスター』


「お、おう、何か間違えたか?」


『間違えてるけどオレが嬉しいだけさ』


何だソレ、薔薇園が何処までも続くおかしな空間、天井には太陽光に照らされてピンクのモス・ローズが広がっている、美しい光景なのに何処か嫌悪してしまう。


モス、つまりはコケに覆われたような蕾や枝が特徴の薔薇、その下を飛びながら周囲を見回す、遠くに何か見える、宮殿?地下に相応しく無い建物、そもそも地下に相応しい建物って何だよ。


「うわぁ、あれ、絶対、あれだわ」


『あそこから妖精の気配がするぜ、よぉし、人間殺しも極めたしそろそろ同族殺しを極めるぜ!』


「お前やっぱりゴキブリだわ」


『世界一可愛いゴキブリだぜ』


それで良いのかよ。

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