第102話・『何の罪も無い人間を見捨てる事で』

何かを目当てに人が集まる、やがてそれは集落となり村となる、利益が村を潤しやがては都市となる。


しかしその何かが無くなればすぐに人はいなくなる、金鉱が良い例だ、組織的に発掘するならまだしもソレを目的に有象無象が集まったらお話にならない。


金鉱の採掘を素人が始めると少しずつ集落になる、しかし鉱業と呼べるような産業形態には至らない、その場凌ぎで短期的に消耗されてやがて枯渇する、そして廃村になる。


この場所も何かを求めて多くの人間が集まっていたらしい、そして何かが消失した事で誰もいなくなったのだ、廃村の中心で佇みながらそう推測する……あまりにも残った建物が綺麗過ぎる。


「魔物だらけの生活するには苦しい環境で土地を開拓したんだ、何かしら発掘してたんだろうな」


「しかし何を発掘していたのか、もしくは捕獲していたのか、わかりませんね」


取り敢えず今日はここに泊まろう、俺を見て逃げ出した少女もこっちの方向に逃げたはずだがこの廃村の中にいるのだろうか?割と広いので俺達から姿を隠すのはそんなに困難では無さそうだ。


化け物、そうか、俺は化け物だったのか、納得出来るような納得出来ないような奇妙な感覚、手持ち無沙汰で周囲を見回す、魔物に襲われた形跡も無い、あの亡霊が相手だと建物も傷付かないからあんま意味無いか。


どの廃屋もベニヤ板などで閉ざされている、グロリアが無表情でソレを蹴飛ばして今夜の寝床を手に入れる、チラチラと俺の様子を窺っている、何でもストレートに口にするグロリアには珍しい、乳首も口にするけどなっ!


「原因がわかれば安心出来るんだけどな、あの亡霊って魔物も人工的なモノだろ?術者が近くにいんのかな?」


「高位の魔物だと思いますが、こんな何も無い村から人間を追い出して何がしたいんでしょうね」


「へえ、美味しいかな」


「ふふ、キョウさんがここ最近食べているのは魔物の中でも極上のモノですから、贅沢はいけませんよ?」


「お、おう」


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が探るように細められる、俺の内面を探ろうとしている?確かに化け物と言われたのはショックだったがそこまで深刻なモノでは無い。


腰に差した聖剣はかつて魔王を倒した勇者の聖剣を極限まで分析して簡易量産したもの、世界各地に存在する伝説の武器に次ぐ強力な代物だ、グロリアはその剣で建物に生い茂った蔓を無造作に斬り捨てる。


仮の住居としても気持ちの問題、何だか女の子だなぁとその様子を見詰める、概ね外観が保たれている建物も部分的には倒壊しているのが多数だ、撤去されているものもある、この建物が一番マシだよな?


それでもやはり綺麗だ、多くの廃村を見て来たがここは異様だ、立ち去る際にちゃんと建物を修繕している、それでも長い年月のせいで倒壊しているものもあるが修繕した箇所が目立つ、また戻ってくるつもりだった?


「水も豊富だし良い村じゃん」


山から引いているのかチョロチョロと水の流れる音がする、凍結防止の為かずっと流れているようだ、チョロチョロチョロ、何だかおしっこの音のようだ、うん、美少女のおしっこの音なら聞きたい。


「美少女のおしっこの音を聞きたい、グロリア」


「何ですか、美少女って所は否定はしませんが」


「俺の母乳を飲んでんだからそれを原料にしたおしっこを見せてくれよ、元々は俺のもんだぜ」


「何を言っているのかわかりませんね、そもそもどうして突然そんな事を考えたのですか?」


「何だか最近吸われてばっかで俺に何も還元されていない!」


「気持ち良いでしょう?」


「最近はもう痛い!」


乳首が痛い、毎晩毎晩求めやがってっ!怒りで吠える俺を無視して建物の手入れを始めるグロリア、おしっこの音は聞かせてくれない、寝床をしっかりと掃除しているのは今晩のアレの為、乳首がもうヤバいって言ってるだろ!


ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらグロリアはもう片方の手で腰の辺りを弄る、おしっこを見せてくれるのかと期待したがそんな事は無く剣を取り出して壁に立て掛ける、俺もファルシオンを抜いて同じように並べる、少し体が軽くなった。


「亡霊ってまだいるのかな?割と強いしあんまり戦いたくはねぇな」


「そうですね」


興味無さそうに呟いたグロリアが懐から取り出したのは鉄の硫化物である手頃なサイズの塊状の黄鉄鉱、ここに来るまでに拾った硬石に削るように打ちつける、赤熱した火花をが出るまで根気良く何度もその行為を繰り返す。


その火花を乾燥したキノコに着火させて少しずつ火を大きくしてゆく……火口には様々な種類がある……朽ち木や枯葉を練ったモノや消し炭や灰汁で処理した蛙の穂綿、俺達は乾燥キノコを好んで使う、色素の薄いグロリアの肌に火の茜色が差し込む。


どうもグロリアの様子がおかしい、今日はもうここで野宿をする事が決まったから出歩かないが明日は村を探索しよう、急ぐ旅でも無い、それにあの亡霊が少し気になる、この村で何を発掘していたのかどうして人が消えたのか、あの殺された冒険者と殺された一般人は何なのか。


「謎が謎を呼ぶぜ、そのお陰で良い寝床を手に入れられたけど」


「先程も言いましたが亡霊に関して言えば他の魔物の仕業だと思いますよ?高位の魔物は死人や魂を加工して新たな魔物を生み出しますから」


「へえ、何だか俺みたいだなぁ、俺も化け物だしなっ、へへ、言われて初めて自覚したぜ、俺ってバカだから」


「―――――」


「グロリア?」


火を炎にする為に硫黄附け木を少しずつ足してゆく、グロリアの表情は何処までも鋭利で冷たい、何か怒らせるような事をしただろうか?その割に妙に体に触れて来る、グロリアのスキンシップ癖は何時もの事なので受け流す、だとしたら怒っているわけでは無い?


化け物の俺と一緒にいてグロリアは嫌じゃ無いのかな?何となく少し距離を置く、やっぱり俺には一部しかいないのか、ずっとずっとそうだったような気がする……俺の隣にいた人はみんないなくなる、その理由を教えてくれたあの娘には感謝しないとな。


焚火に当たりたいけど仕方が無い。


「へくし」


くしゃみ、グロリアがこちらを見ている、無言の圧力、距離を置いた俺をずっと見詰めている、くるんと上を向いた長い睫毛と鋭利な瞳、出会った当初のグロリアを思い出す、そうそう、何時もこんな瞳で周囲に敵意を振り撒いていた、巧妙に隠しながら。


最初からそれがグロリアの処世術だと俺は理解出来た、今にして思えばどうしてだろうか?天使のように美しい容姿と世界全てを拒絶するような禍々しい敵意、グロリアの邪笑は俺にだけ見えていた?だとしたらそんなグロリアの瞳に今の俺はどう見えるのだろうか。


化け物の俺は―――――膝を抱えて座り込んでいると影が差す、見上げるとグロリアが見詰めている、立ち上がったグロリアはいつの間に俺の横に?見下しているのでは無く見守っている、慈愛に満ちた瞳は何処までも優しい、怒っているのかと思えばコレだ。


「な、なぁに」


「キョウ、そこでは寒いでしょう」


凜とした声、ひんやりとした温度を感じさせない声、人を支配してその上に立つ者だけが許された絶対的な強者の声、なのにそこに含まれているのは何処までも優しい響き、焚火に当たれと言っている、でもグロリアの近くにはいけない、グロリアは聖なるシスターで俺は化け物だ。


「俺は、いい」


拗ねたような響きになったかな、でも声が震えている。


どうしてだろ、自分がどんな存在がわかっただけなのに、それはとても嬉しい事なのに。


「じゃあ、こうします」


抱き着かれる、天使の羽に包まれる、グロリアの体は触れたら壊れてしまいそうな程に華奢で硝子細工のように透明感がある、しかし確かに生きているその体は温もりがある、包まれて安堵するわけでも無く俺は狼狽える。


自分自身の変化に自分自身で処理出来ない。


「ばけ、もの」


「キョウ、私の言う事だけを信じて、貴方は化け物ではありません………私の大切な男の子」


「うそだ」


「嘘ではありませんよ、だって」


悲鳴が聞こえた、グロリアの言葉を遮るように絹を引き裂くような声が響き渡る、これは間違い無くあの少女の声だ、この建物には念の為にグロリアが結界を張ってくれた、件の亡霊は近寄る事も出来ないはずだ。


やはり亡霊の活動範囲にこの廃村も入っていたか、急いで助けないと、しかし体が動かない、グロリアの優しい抱擁は蛇のとぐろのような陰湿さで俺の自由を奪う、どうして解放してくれない、あの娘が死んでしまう。


助けないと!


「駄目ですよ、あの娘は見捨てちゃいましょう」


「な、何を」


「キョウ、貴方を化け物と罵ったあの娘を見捨てるんですよ、そうすれば貴方はもっと私に近付く、利益にならない存在は排除しないと」


「でも」


「だって、キョウ、ずっと泣いているんですよ、貴方」


頬にグロリアの指が触れる、濡れた指、俺が泣いている?―――――――泣いてないよ。


泣いてないはずだ。


「お、おれ」


「だから、その原因を見捨てましょう、勇者だったらあの娘を助けるでしょう、魔王だったらあの娘を殺すでしょう、でも貴方はそのどちらでも無い」


「お、俺はっ、ぐ、グロリア」


「だから見捨てましょう、私の為にあの娘を見捨ててキョウ、そうしたら二人はもっと近付ける」


グロリアは童女のような無垢な笑顔を浮かべてさらに強く俺を抱き締める。


―――――――おれは。

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