第101話・『少しの自覚、君は化け物』
死人が転がっている、寄生もさらずに野ざらしにされている、再利用もされないなんて可哀想に。
ゆっくりと欠伸をしながら歩いているグロリアを放置して魔物の真ん中へと飛び込む、ずるるるるる、自分の腹部が肥大化して一気に弾ける。
肉片と臓物が空中で寄せ集まって形になる、粘土細工のように最初は適当な形に纏まってそこから細部を作り上げる、人間がゼロから誕生する過程は醜くも美しい。
弾けた腹部が再生する、やはり魔王軍の元幹部を二人同時に誕生させるのは無理がある、此処野花と墓の氷を産んで一気に一掃しようとしたが失敗した、墓の氷と姉ちゃんが具現化している。
余った力でギリギリの一部を具現化したか?そんな俺の気持ちなど無視して姉ちゃんが疾走する、色を操る近距離戦闘では最強の一部、魔王軍の元幹部を得た今でもそれは変わらない、かっこいいぜ!
「しかし変な敵だなァ」
透明な人型の魔物、周りの生気を吸い取って肥大化している、草花が枯れ果てて小鳥が泡を噴いて痙攣している、数は少ないが見た事の無い魔物だ、ファルシオンで攻撃したのだが擦り抜けてしまった。
魔王軍の元幹部である娘二人の記憶を探る、ふふ、こいつ等が俺の一部に成り果てた事で魔物に詳しくなれた、えーっと、ばちばち、激しい愛情が情報を阻害する、他の一部と違って俺の股から産まれた二人は愛情が過激だ。
それでいて母親以外には恐ろしく反抗的で攻撃的、あれ程に知的だった二人が俺の為に全てを捧げる肉人形に成り下がった事を心の底から嬉しく思う、あそこが濡れる、笑みが深くなる、心の奥が疼く、支配欲が満たされて歓喜に打ち震える。
「……とぉ」
気だるげな声を吐き出しながら姉ちゃんが飛ぶ、木々は揺れる、枝が密集した森は姉ちゃんの独戦場、軋んだ木々から枯葉が舞って視界が狭まる………まるで一本の矢だ、拳を前に突き出して恐ろしい速度で敵に接近する。
そのタイミングと同時に情報が流れ込んで来る、人間の魂を魔法で縛った存在?えーっと、亡霊、ありがちな名前、ありがちな魔物、しかし出会うのは初めてだ、物理攻撃が通じない?姉ちゃんにすぐさま情報を送信する。
情報を受け取ると同時に俺の体から魔力が姉ちゃんに送信される、びーむだぜ、姉ちゃんは魔法は使えない、当然魔力も使えない、しかし俺や他の一部から魔力を受け取ってそれを己の拳に纏う事が出来る、あまりの速度に甲高い音が森中に響き渡る。
空気を切り裂く音は鼓膜を震わす、対象に接近すると同時に環境を味方にしてかく乱する事に成功している、大人の体重では軋んで折れてしまう木の枝を姉ちゃんは瞬発力を高める推進剤として利用している、全てが合わさってのこの技になる。
「………庫裡蛙(くりあ)!」
亡霊が生気を吸収する腕をがむしゃらに振るう、触れた部分が生気を貪欲に吸収する、まともに当たった木々は青々とした葉を一瞬で枯れ葉にして生気を失う、やがてミシミシと苦しそうな音を鳴らしながらその身を崩壊させる、嫌なタイプの魔物だな。
そんな亡霊の頭部に姉ちゃんの拳が深々と突き刺さる、魔力を纏った拳は木の枝を飛び回る事で得た瞬発力と速度を得て必殺の一撃に仕上がっている、抵抗する間も無く亡霊の体が弾ける、水風船が割れるように気持ちの良い散り方、魔力だけでは無い?
亡霊の色、その無色を抜き取って拳に重ねている?魔力を渡さなくても同族の色を持った拳なら干渉出来る?魔力を渡して損をしたぜ、流石は姉ちゃん、そのまま地面に拳を突き刺して森を震わせる、その背後から亡霊がゆっくりと忍び寄る。
「おぉ………げんきな敵」
次から次へと出現する敵に心の底から嬉しそうな姉ちゃん、口数は少なく表情の変化に乏しい、無表情に近い………だけど繋がった心から姉ちゃんの喜びが伝わって来る、魔王軍の元幹部と肩を並べながらそれに決して負けていない、流石は俺の姉ちゃん、世界中に自慢したい。
紅紫(こうし)の色彩を持つ髪は腰の辺りでバレッタで留めている、太腿近くまで伸びた髪の毛は髪型と合わさって犬の尻尾のようだ、飛び回る姉ちゃんに合わせて左右に揺れる、亡霊の攻撃は決して速く無い、しかし周りの生気を吸収する事でどんどん肥大化する、透明なので周囲の障害物を心配する必要も無い。
恐ろしく卑怯な魔物だ、周りの障害物は全て擦り抜けるばかりか己の糧にして肥大化する、姉ちゃんの小さな体躯がそんな巨人の周りを飛び回っている、人間とノミのような構図、だけどそのノミは尋常では無い戦闘力を有している、天命職の中でも接近戦に置いては無敵。
「…………疲れた、倒そう、とお」
姉ちゃんの瞳に光が灯る、瞳は澄んだ水色で畔の水面のように穏やかだ、全体的に細く研ぎ澄まされた肉体は機能性のみを追求したかのように美しく無駄が無い……機能美を極めたかのような素晴らしいものだ。
俺より年上のはずだが10歳ちょいにしか見えない、幼さで油断する奴はバカだ、過去の経験から美しくて幼い生き物は獰猛な牙を秘めている事を知っている、ましてや俺の一部だ、優しい容姿から想像出来ない獰猛さに惹かれて一つになった。
いや、最初から俺の一部のはずだ、何だか頭がいてぇな、洒落っ気の無い真っ白な胴着に真っ白い肌、姉ちゃんを見ていると頭痛が酷くなる、そして嘘のように消え去る、そうそう、右手が右手のように左手が左手のように姉ちゃんは最初から俺の姉ちゃんだ。
「………ムフー、螺螺鳥(ららどり)」
鼻息が荒い、瞳がギラギラと輝いている、流石は戦闘狂、姉ちゃんは左右に足を開いたまま体を深く沈める、体を斜めにせず開いた状態で腰を沈めた姉ちゃんは隙だらけだ、亡霊が三体連なってそれに襲い掛かる。
最初の攻撃が避けられれば後ろの亡霊がそれを叩けば良い、次の攻撃が避けられたらその次の亡霊が前に出て叩けば良い、振り下した拳を定位置に戻す作業は時間の無駄だ、もしかしてある程度の知能は残っているのか?
「くらえ」
一瞬硬直した姉ちゃんの体が面白い程に躍動する、顔の前で十字に構えていた腕が『一瞬』震える、右手を前に押し出して左手を前に倒す、右手を前に落とすだけの工程に左手による押し出しを組み合わせた、それだけの単純な動作だ。
しかし単純な仕組みで二倍の速度で拳が前方に突き出される、亡霊の生気を吸収する腕が当たる前にそれが亡霊の丸々とした腹に突き刺さる、さらに足裏で地面を捩じって体重移動、敵の方がリーチはあるのに一瞬で懐に入られる、腹に拳が深々と突き刺さる。
「………………一網打尽、『色彩剥奪』『色彩投与』」
崩壊する亡霊の色を吸収、それを拳に纏わせて後ろに待機している亡霊達に流し込む、透明な色だが僅かに色味がある、何とも言えないその色が二体の亡霊に接触すると同時に倒した亡霊と同じように崩壊を始める、滅びる亡霊の色を抜き取ってそれを感染させた?
むふーむふー、ドヤ顔で姉ちゃんが近付いて来る、墓の氷も始末が終わったのか一面の銀世界の中で微笑んでいる、グロリアは木の根に座り込んで俺達の戦いを観察していたようだ、姉ちゃんは見せた事は無いよな?むふーむふー、姉ちゃんが俺を見詰めている。
色彩の武道家、その能力の幅の広さはエルフライダーに勝るとも劣らないな、抱き上げながら周囲を見回す、銀世界と生気を失った二つの世界、戦いの名残としては些か格好が悪いぜ、襲われているのは冒険者だったよな?……何人かは既に死んでいた、死体の様子を観察する。
戦いの為の装備品を備えた者と何も持たない人間、一般人の護衛をしていたのか?救えなかった事は気にしない、間に合わなかった事も気にしない、だけど人間の味方でいられる今の精神に感謝する、汚染はそこまで広がってないか?死体の山が一つ動く、生きている?
駆け寄って頬を叩く、女の子、俺と同い年ぐらいか?グロリアはその様子を面白そうに見ているだけで何も手伝ってくれない、どうしてだ?目を見開く少女、生きていた、安堵、俺が何かを口にする前に彼女の表情が凍り付く、もしかしてまだ魔物がいるのか?
「ば、化け物っっ、触るなっ!」
瞬間、頬に鋭い痛みが走る。
ばけもの。
頭が真っ白になる俺と足早に森の奥へと消えてゆく少女、そんな俺を心配そうに見上げる姉ちゃん、現状を理解出来ずに叩かれた頬に触れる、ジンジンと焼けるような痛み。
「ばけ、もの、俺が」
「………いたいのいたいのとんでけー」
姉ちゃんの手が俺の頬を摩る、頬の痛みはゆっくりと消えてゆく。
胸の奥の痛みはより激しくなった。
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