第99話・『猪さん、変態親子に何かされる』

高位な魔物は人型が多い、常識であり事実である、高位の魔物は人間のような自我を持って自立している者が大半だ、魔王に頼る事無く生きていけるのだ。


それが魔王に仕えない理由にはならないが現状は魔王では無く勇魔に支配されている、彼は魔王と違って強制的に仕えさせる事をしない、去る者は追わない。


それでも多くの魔物を支配しているのは確かだ、新たな魔王が誕生すれば支配率の強い方が魔物を支配する事になる、派閥、二つの派閥が出来る事で血みどろの争いになる。


絶望的な未来を想像してそんなものはごめんだと心の中で呟く、高位な魔物ではあるがギリギリ人型であるタイプ、中の上って所か、自分自身を評価して苦笑する、この森は実に良い。


「しかし、眷属が殺されている」


ここ数時間で眷属の気配が激減している、この森に放った己の眷属は我が子と言っても良い、ギルドから依頼されて訪れた冒険者たちを血祭りにしたのは記憶に新しい。


猪に近い姿をした魔物は大地を踏み締めて敵を蹂躙する、通常の猪の三倍はあろうかという体躯で侵入者を踏み潰す、押し潰す、鉄のような剛毛はどのような攻撃も受け付けない。


そんな頼りになる眷属の気配が次々に無くなっている、魔力の気配は感じない、限界まで魔力の放出を抑えて身体能力だけで戦っている?人間だとすればどのような職業だ?中々に興味深い。


「迫っているな、どこのどいつか知らぬが愚かな事だ」


力の差を感じないのか?魔王軍では百の魔物を従えていた、仕えた主は緑王(りょくおう)と呼ばれる植物の属性を持つ魔王、人間に対しても中々に好戦的で同族には優しかった、勇者に滅ぼされる際も潔い散り方をしたと言われている。


故にその方に生み出された自身も植物の属性を持っている、猪型の魔物も緑色の剛毛をしていてそれを蔓のように伸ばして敵を締め付ける、そして生命を吸収する、生物よりも植物の方が圧倒的に強者なのだ、それが緑王の眷属たる我々の常識なのだ、笑みが深くなる。


半日、時間は過ぎる、あ眷属が消滅させられるのは気分が悪い、緑王の腹心と呼ばれたツツミノクサカ様に数日後に会う約束をした、かつての眷属の状況を把握する為らしい、勇魔に支配される事を嫌って辺境で生活されていると言っていた。


その時に自身の存在が健在である事を証明する為に全ての眷属を引き連れていこうと思っていたがこれではなァ、ツツミノクサカ様は争い事を嫌う性格だし父である緑王の性質を受け継いだのか同胞に優しい、優し過ぎる事に少し不安になる事もある。


「あの方に会うのにコレではな、再会する時までまだ日数はある、再生をすれば間に合うか?」


ツツミノクサカ様ともあろう高位の魔物でも勇魔とまともに対面すればその精神を操られてしまう……去る者は追わないし性質的に自分に合わない者は切り捨てる勇魔、だけれどツツミノクサカ様を見れば必ず己のモノにするだろう、その美しい容姿も素晴らしいが問題はソコでは無い。


あの方は植物を操り万物を支配する、その力を最大限に行使すれば砂漠に巨大な樹海を生み出す事も出来る、しかもそれを全て管理して支配出来るのだ、その力を見ればあの勇魔も必ず己の陣営に引き込むだろう、だから良いのだ、あの方が幸せに今を生きているのなら。


例え人間の世界の片隅で生活されていようと本人が望んだ事なら仕方が無い、緑王の眷属である我々の誰もがあの方を緑王の後継者だと信じている、新たな魔王に仕える事も勇魔に仕える事もしない、ツツミノクサカ様の今の生活を維持する為にもしもの脅威に備える、それが我々の使命だ。


「ぉぉお、見つけたぜ、糞魔物ォ、お腹が減りました、減ったぜェ、ああん、鳴る、お腹が鳴るの恥ずかしい」


その声は倒錯した何かだった、耳に入ると同時に脳味噌が侵食されるような恐ろしい不快感、この世界のものでは無いような違和感、見慣れた景色が一瞬で灰色に染まるような幻覚、白昼夢?自身の体が自身の意思とは別に戦闘態勢へと移行する。


少女の声だ、子供と大人の中間のような声、大人にも成りきれてないし子供から孵化してもいない、そんな声、人間を殺すのは嫌いでは無いが人間を生かして観察するのも好きだ、緑王の眷属なのに人間に対して強い殺意を抱けない、欠陥なのか最初からそのように創造されたのかは知らぬ。


「猪の親玉さぁん、こんにちわー、俺です、キョウちゃんだよォ、んふふ、ああ、俺だ、今は俺じゃないと……可愛い娘を使うんだから、こいつはキョウの娘じゃなくて俺の娘だろォ?」


「んん、わかったよォ、あの娘はキョウが出産したんだもんねェ、使うのはキョウだけだよね、わかってるよォ、んふふ、キョウの二人目の赤ちゃん」


「家族は多い方が良いぜェ、んふふ、恋人赤ちゃん、俺の恋人になりたいって言ってるんだァ、可愛いぜえ」


「そぉ、それでキョウは何て答えてあげたのォ」


「んふふ、魔王軍の元幹部の居場所を探るのを手伝ってくれたら恋人になってあげるってェ、はは、そうしたらやる気になってここの猪を大量に殺してやんのォ」


「いやん、可愛いじゃん」


何だコレは、表情が恐ろしい速度で切り替わる、まとまな人間の仕草では無い……大木の根で座り込んでいた自身の前に一人の少女が立っている、一気に間合いを詰められたような奇妙な感覚、いや、事実として接近に気付かなかった。


深くて暗い森には似つかわしく無い少女、ベールの下から見える金糸と銀糸に塗れた美しい髪、やや癖っ毛なソレを指で遊びながら少女は微笑む、この幼い娘が自身の眷属を滅ぼしたのか?ルークルットのシスター?その割に言動と所作が怪しい。


瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている、豪華絢爛な着飾る必要も無い程に整った容姿、我々と同じ人工的に生み出された造形美。


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白で全てのシスターに共通の品だ、蕩けるような笑顔で奇妙な台詞を吐きながらフラフラと近付いて来る、自身は人間で言うならば30代後半の屈強な男の姿をしている、斧を背負ったその姿を見てこの行動。


舐められている?


「止まれ、殺すぞ」


「はれ?」


「殺すって言ってるよ、キョウ、どうする?紐を引っ張れば草むらの奥から取り出せるよォ」


「んーんー、こいつ、知ってるのかな?魔王軍の元幹部の居場所、人間の世界に隠れているような輩はみんな見つけて俺のおやつにする」


「あはは、キョウったら過激ィ」


「――二重人格か?それとも精神が崩壊しているのか?どちらかは知らぬがここで死ね、貴様の奇行に付き合う義理は無い」


「にゃあ、怖い、怖い」


「んふふ、どぉするキョウ?」


「た、助けてぇぇ、ママが虐められる、虐められる、魔物のオッサンにレイプされる、ああ、俺の娘、助けて、ママを助けて、あーん、あーん」


「そうだよ、キョウ、鳴け泣け、マザコン娘がすぐに来るよォ」


斧を掴んで振り下そうとした刹那、周囲の景色がまた変わる、それは先程の幻覚とは違って体感できるモノだ、空気が凍り木々が凍り息が白くなる、少女が何か紐を掴んで引っ張っている、草むらの奥に何かがある?


それが少女の股間から生えているモノだと理解するまで暫しの時間を必要とした、血塗れのソレは血肉を持って脈動している、あ、あれは何だ?この少女は何者だ?あの肉の紐の先に何があると言うのだ?感じた事の無い恐怖。


それは己の意思を持って草むらの中から出現する、紐を引かれて登場する?まるでサーカスで調教された獣のような存在、誇りも無くその日の餌の為に滑稽な芸をするのだ、それなのに、それなのに、これ程の冷気を扱う魔物は決して多くは無い。


「は、墓の氷さま」


人間贔屓のその姿は見覚えがあった、絹の法衣を纏った煌びやかな格好、宝剣に王笏、王杖、指輪、細かい刺繍の入った手袋、その全てが人類が編み出した高価な品物、己が高位の魔物である事を自覚して煌びやかな衣装で着飾るのだ。


ゆるやかで幅広な広袖のチュニック、十字に切り取った布地の中央に頭を通す為の穴を開けてさらにそれを二つ折りにして脇と袖下を丁寧に丁寧に縫ったものだ、肩から裾に向かって二本の金色の筋飾りが入っている、まるで自分が女王だと誇示しているようだ。


筋状に裁断した別布を縫い付けているのだ、袖口にも同じ色彩の筋飾りが縫い付けられている、本繻子(さてん)と呼ばれる繻子織(しゅすおり)で編まれた素材、どうしてそのような知識を知っているのかと問われれば彼女自身から説明されたからだ。


「ど、どうして、貴方が人間と一緒に………」


「ママぁ、この薄汚い魔物を殺したら私(わたくし)の恋人になって下さいますの?」


「その前に幹部の居場所を聞かないと駄目だぜぇ、んはぁあ、臍の尾からお前を感じる、お前をもっと感じさせてェ」


「ああ、ご自由に、ママぁ」


青色のサテンは鮮やかな光沢を放ちながら彼女の幼い体を包み込んでいる、裾の隙間から紅色のサテンが見える、裏地に付けて作られているようだ、薔薇の縁飾りを付けて三日月の紋章が刺繍されている、それ以外にも多くの箇所に金糸刺繍がされている。


首を傾げると頭部にある小さな王冠が僅かに傾く、アーチやキャップが無い、内部被覆が皆無な独特の形状、サークレットと呼ばれる王冠だ、全てが計算された美しい存在、なのにその腹の部分には奇妙なモノが見える、肉の紐が深々と突き刺さっている?


肌は雪のように白い、いや、氷のように透明度のある白さだ、不純物を一切含まない水を凍らせる事で出来た氷、産毛すら見えないきめ細かいその肌は透明度が在り過ぎて生物のものとは思えない、しかしそんな肌に赤黒いモノが突き刺さり脈動している。


「んふふ、魔物は何だっけ、墓の氷」


「薄汚い種族ですわ、存在するだけで人類に害を与える劣等種、ママは人間を愛していますからそんな人間を害する魔物は私が退治しますわ!」


明るい薄青色の瞳はやや切れ長で鋭利なモノだ、露草色(つゆくさいろ)のその瞳が自身を射抜く、路傍や小川の近くに生える可憐な露草(つゆくさ)と同じ色合いをしているのに何故か安らぐモノに見えない、殺意しかそこに無いからだ。


派閥は違うが何度もお世話になった上司、魔王軍の元幹部、ツツミノクサカ様と同じ立場にある墓の氷さま、何時も理知的に微笑む彼女が歪んだ笑みで踊っている、軽快な足取りでくるくると回る、冷気が周囲に広がる、植物の属性は冷気に弱い。


「その人間は何なのですか!どうして同胞を狩るような事を!お答え下さい」


「ママぁ、あいつ息が臭いですわ」


「そぉ?男らしくて良いじゃねぇか、ふふふ、抱かれてやっても良いかな」


「あ」


「お前は娘で同性でキモいから抱かない、あの猪男になら抱かれても良いかなぁ、んふふ、どうしたぁ」


「ころ、す、こいつを殺したら、こいつを蹂躙したら私を見てェ、私だけを見て下さいっ!私のママぁ」


「じゃあ、やれ」


「はい♪」


圧倒的な冷気が解放される、抵抗する暇も無く体が氷漬けにされる――――微笑みながら近付く墓の氷さま。


その白くて細い指が氷を貫く、氷の先にあるのは自身の額?ああ、高位の魔物は自分より下位の魔物の情報を閲覧出来る、の、覗かれているのか?


「ママ、ツツミノクサカの居場所がわかりましたわよ!こ、これで私を」


「ああ、そいつも捕らえろ、そして俺に捧げたら、彼女になってあげても良いかなー、んふふ」


「あぁ、御心のままに」


何が、何が貴方に。


何が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る