第97話・『臍の尾の正しい使い方、刺し殺す』

まるで当たり前のように彼女は呟いた、私(わたくし)を殺すと、頭の中が真っ白になる、その瞬間に彼女の姿が目の前から消える、


電光、力任せの高速移動、竜種を好んだ雷皇帝の愛娘である彼女は人型であると同時に高位の竜種でもある、その身体的能力は全ての魔物の中でも群を抜いている。


冷気を一気に開放して周囲に展開、僅かな空気の振動からその方向に氷の壁を何十層にも展開、無色透明で六方晶系の結晶が空間を侵食する、防御は間に合う、しかしそこからさらに後退する。


「多才だな」


腕を組んだまま此処野花は呟く、幼いながらも威厳のある声、展開した氷壁を蹴りで粉砕する、竜種であるが故の絶対的な防御力と生命力を意識した体重全体を乗せる捨て身技、胴まわし回転蹴りが空を切り裂く。


胴まわし回転蹴りは技のモーションが大きい、躱す事は容易のはずなのに持って生まれた才気と身体能力がその常識を覆す、軽々と宙に浮いたまま繰り出されるそれを受けたら頭部が粉々になる…………硝子のように甲高い悲鳴を上げて氷壁が粉砕される。


後退して正解だった、靴の下に展開させた冷気で地面の上を滑る、凍結した足裏は便利だ、呼吸を整えながら親友を睨む、攻撃の勢いそのままに地面に足が沈んでいる、それを抜きながら彼女は首を傾げる、殺したと思ったのでしょう?私がどれだけ貴方と喧嘩したと思っているの?


「相変わらず、恐ろしい脚力とバランス能力、自分の体をあそこまで投げやりに使う人を他に知りませんわ」


「どうして大人しく死なない?それではお母さんが喜ばない」


「此処野花ァ!貴方は自分を失っているのです、誇り高い魔物としてのっ」


「その名もお母さんから頂いた、お前のような醜い魔物が口にするな」


「みに、くい、魔物が?」


「私はお母さんと同じ人間だからな、魔王とか言う世間を荒らすゴミ虫のような生命体の配下はここで死ね」


ま、魔物が醜い?魔王がゴミ虫?以前の此処野花なら決して言わないような台詞に全身が硬直する、貴方が人間?今の自分の動きを見ましたか?人間でそのような動きをする者はいない、電光のような速度で移動して軽い蹴りで地面を陥没させる。


魔法や特殊な技術を使えば人間にも可能かも知れませんが貴方は父親譲りの身体能力だけでそれを行っている、雷皇帝の愛娘であるからそのような無茶が出来る……なのにそれを全て全否定して自分はエルフライダーの娘だと口にする、人間だと口にする。


酷い悪夢を見ているような気分だ、しかし肉体的な変化は見られない、腹の中で精神を書き換えられたならエルフライダーを倒して寄生虫を埋め込んで此処野花を元に戻すように命じれば良い、全ての望みはエルフライダーを倒す事で叶えられる、だったら今はっ!


「今まで手加減していましたが本気で行きますわよ」


「来い、殺してやろう、お母さんと同じ空間で呼吸をするな、汚らしい魔物め」


言葉を聞くな、全てを受け流せ、誇り高かった此処野花が自身を魔物では無く人間と口にする現実、そのあまりの現実に意識が遠くなる、大丈夫ですわ、此処野花は確かに強い、だけれど会話をして一つ理解した、彼女は過去の記憶が無い。


だとすれば私(わたくし)との戦いの記憶も無い、まともにやり合えばほぼ負ける……しかし長い付き合いの中で編み出したあの手を使えば?最近ではまともに食らってくれませんでしたが、記憶を失った今なら勝機がある?体に力が漲る、必ず救い出す。


睨む、此処野花の葵の花のように灰色が混じった明るい紫色の瞳が私を見詰めている、そこには何の感情も無い、敵対する対象を始末するのみ、そんな無透明な意思が感じられる、熱の無い瞳は何処までも無機質、ああ、振る舞いは軽やかなのに何時も激情を秘めていた瞳は何処に?


「フフ、今の貴方には負けたくありませんわ」


「勝ち負けで現状を語るのか?生きるか死ぬかで語れ」


「どうでしょうねっ!」


空中に大小の氷柱を構築する、大きさも密度もバラバラだ、規則正しい攻撃では彼女には一切通じない、それよりも不規則に相手をかく乱するのが重要だ、接近戦では勝ち目が無い、こちらに近付けさせない為にも氷柱の壁を大量に構築しないと!冷気で部屋が包まれる。


無限氷柱、砕けでも空気中の水分を吸収してすぐに再生する、この部屋の水分を全て使い切っても私が魔力で外の水分を無限に引き寄せる、こちらの意識がある限り攻撃の手が止む事は決して無い、その為にこの場所に屋敷を建てた、もしもの場合に備えてこの場所に屋敷を構えた。


この屋敷のある島を取り囲むのは塩湖(えんこ)と呼ばれる塩水で構成された特殊な湖、塩水湖(えんすいこ)とも呼ばれ一般的な淡水湖と対になっている、1Lの湖水の塩類の総イオン濃度を確認して3,000mgが塩湖と認められる基準になっている。


最も塩類の中でも塩化ナトリウムが主成分であるものは大体は塩湖と位置付けられる、この場所は私の為に用意された無敵の空間、塩分の濃度が高い程に重くなる氷の性質を利用して幾つも幾つも鋭く比重のある氷柱を生成する、逃がしはしない、少々の怪我なら回復するでしょう?


「ほう、逃げれないな」


「逃がさないのですわ!大人しくエルフライダーを捕獲するまで眠っていなさい」


「お母さんを?ハハ、魔物が人語を使って良く吠える、次は犬の物真似をしてくれ、ほれ、わんわん」


「貴方もっ、魔物でしょうにっ!今は忘れているだけですわ!誇り高き雷皇帝の娘としての自分を!」


「らい、こうてい?何だその奇妙な名前は、一度では覚えられんな、どうでもよくて」


「アァァアアアアアアアアアア」


展開させた氷柱を目標に向けて発射する、彼女は避けようとするがそのような空間はこの場所に存在しない、破砕した氷柱は水分を得て恐ろしい速度で再構築されるてゆく、生成した最初の氷柱の温度が助けになっている、防御する暇も無く永遠に攻撃は繰り返される。


電光による遠距離攻撃も間に合わない程の密度の攻撃、呼吸する暇も与えない……永遠に降り注ぐ氷柱は彼女の自由を奪う、この技は数度見せた事がある、一度目は私の完勝で二度目は彼女にこの技を破られて負けた、此処野花はその優れた頭脳でこの技の弱点を見つけたのだ。


だけど彼女にその記憶は無い、この技を回避する事は不可能。


「永遠に投射される氷柱に成す術も無く沈みなさいっ、そして昔の此処野花を取り戻すのですわ」


「ああ、沈めば無限氷柱は回避出来る、電光と、電気と化して地面を移動すれば良い、溶けた氷で濡れた地面は私の属性を広げる良い媒体だ」


「え」


地面から手が伸びる、回避する間も無く足首を掴まれる、二度目の光景が浮かぶ、全身に稲妻が走る、防御も回避も魔法による逃げ道も無くそれをそのまま受け止める、全身から白煙が吹き出て意識が飛ぶ、そのあまりの威力に私の体を突き抜けた稲妻が建物を焼き尽くす。


崩れる、天井も屋敷も私も何もかもが一切合切、あ、あれ、どうしてこの技を、私の技を受けて貴方が開発した移動術、これは、今の貴方は知らないはずですわ、口からも白煙、エルフライダーがニヤニヤしながらこちらに歩いて来る、あ、これを捕まえたら全てが戻る。


ササも此処野花も――未来の魔王も。


「ど、して、その技を―――」


「お母さんの命令通りにお前の事を忘れたフリをしたらここまで事が上手く行くとはな」


「う、そ?」


「墓の氷、覚えているよ、私の親友、フフ、騙されやすい汚らわしい魔物」


倒れる私と地面から具現化して立ち上がる此処野花。


そしてこちらにゆっくりと歩いて来るエルフライダー。


股間のそれは、なんです、か。


「臍の尾♪」


ズブッ、自分の臍を貫通する鋭利な触手。


あ、たす、けて。


此処野花。

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