第96話・『お母さん大好き、だから友達はいらなーい』

まるで悪夢だ、出産と授乳、その同時を目の前で見せられた、そしてその対象はかつての旧友。


最恐の魔王と呼ばれる雷皇帝の愛娘である此処野花、私(わたくし)の方がこの世界に誕生して長い、雷皇帝に仕える事はしなかった、かつての主とあまりに思想が違ったから。


だけど彼はそれを豪快に笑って許して下さった、そしてその愛娘は涼しい風貌のままに軽やかな言葉を吐き出した、好きに生きるのが一番さ、私はその時に初めて友を欲した。


どのような状況でも焦る事無く冷静に対処する姿に憧れた、雷皇帝はあまりにも大雑把だったので自然と彼女はそのような性格になったのかも?雷皇帝の幹部は誰もが沈着冷静で落ち着いていた。


雷皇帝の豪快な性格とは反する幹部達、だからこそあれだけの成果を上げられたのかも?大陸の外にまで進出して多くの人種と国を滅ぼした、魔王は人類に敵対するものだが彼は少し常軌を逸していた。


敵対する人間が消滅すれば魔王の意味も失われてしまう、そこに気付きながら欲望のままに行動した、私はそんな彼等を眩しいと思うと同時に此処野花に恋をした、いや、眩しいのは初めから此処野花だけだった。


彼女の雷光は美しい、あらゆる障害を薙ぎ払い焼き尽くす、氷の属性の私からすれば手の届かない圧倒的な能力、友になった後も嫉妬して意識して恋をしていた……だからこのような場で再会するなんて夢にも思わなかった。


まさか、エルフライダーの股から生れ落ちるだなんて。


「こ、此処野花……貴方っっ、そ、そんな姿に……あの凛々しくてクールだった貴方がっ」


これは夢か?それとも現実か?わからないまま絶叫する、エルフライダーの腕に抱かれた此処野花から殺意が溢れる、ど、どうして、私と貴方は親友でしょうに?仲違いをして喧嘩をして山一つ消滅させた事もあった。


だけどそれは互いの誇りの為に行った決闘だった、それが終わった後には夜空を見上げて夢を語った、お互いに魔王の幹部として誕生させられた特殊な生命体、だからこそ分かりあえる事があった、だからこそ心を許した。


魔力によって全裸の彼女に服が構築される、ほら、その能力も高位の魔物であるからこそ!どのような状況か理解出来ないが自分を取り戻すのですわっ!ああ、ササとは違う、私の此処野花、こ、此処野花は駄目ですわ。


だって此処野花は人間では無く魔物だから、だって此処野花は私と同じ魔王軍の元幹部だから、だって此処野花はササと違ってモルモットでは無いから、全てが繋がる、全てがそうなのだ、私は彼女を愛している、誰よりもッ。


「お、グロリア、あいつの魂の境界が揺らいでる、取り込めるまでボコボコにして弱めるか」


「だとしたらソレを使ったらどうです?あの態度、旧知の仲のようですし、無抵抗のまま体力を奪えるかも?」


「此処野花、出来るか?」


何を話している、此処野花はあの雷皇帝の愛娘にして私の友人、貴方たちのような下賤な存在が話し掛けて良い存在では決して無い、疼く、まるで此処野花を自分達の所有物のように扱っている彼女達を見ていると胸の奥がザワザワする。


醜い嫉妬、人間に向けるような感情では無い、確かに人間は大好きだ、家畜にするし家畜にされたりそんな愉快な関係を望んでいる、しかし私や此処野花はその関係性の外にいる、人間が統べる世界も魔物が統べる世界も魔王をコントロールして私と此処野花が操作する。


そんな夢を抱いていたのに、全ては順調に行ってたのにっ!ササを呼び寄せる事に成功してこれからって時にまさかこのような事態になるとはっ!怒りで全身が沸騰しそうだ、此処野花はササのように取り込まれていない、姿を奪われたわけでは無い。


きっときっとそうだ、エルフライダーの能力はわかりませんわ、でも此処野花ともあろう者がエルフライダー如きに負けるはずが無い、私に負けそうになるエルフライダーが此処野花に勝てるはずが無い、か、考えたらダメですわ、今は此処野花を取り返す事が先決。


何よりも優先される。


「お、か、さんの、てき」


「喋ったっ!そうだぜェ、此処野花が強い事はお母さん知っているんだ、何せ生首からここまで育てたんだから、生首受精卵」


「キョウさん、それ、もう戦う気のようですよ」


「おお、ありがてぇ、さあ、行っておいで」


「死んでも良いのですよ?私が飲むキョウさんの母乳が増えるだけですから」


「い、生きて帰って来い、このままだとグロリア専用になってチッパイにさせられる、が、ガンバレ」


「死んで帰って来て下さい、そしたらまた生首にしてキョウさんが取り込んで第二の出産シーンを楽しみましょう」


「か、帰って来て、無事に……」


立ち上がる、母親の命令を受けて此処野花がゆっくりと立ち上がる、授乳されていた時とは違って一切の無駄の無い動き、立ち上がる動作すら美しい、機能美に溢れた最強の魔物、私を此処野花が襲う?そのあまりにも馬鹿馬鹿しい考えに泣きそうになる。


彼女はエルフライダーの腹の中で何をされた?高位な魔物には洗脳も呪いも通じない、彼女は最恐の魔王と呼ばれる雷皇帝の愛娘、人間風情の能力ではその精神にも肉体にも干渉出来ない、何時もの様に軽やかに私に話し掛けて下さらないの?


此処野花の葵の花のように灰色が混じった明るい紫色の瞳が私を見詰めている……年齢は人間で言えば10歳程度、高位な魔物は人間の姿をした者が多くより高位になると幼い姿をした者が多い、幼い人間の姿はあらゆる意味で都合が良いからですわ。


何より対峙する相手から様々なモノを奪う、流石に子供に対して殺意を維持するのは難しい、圧倒的な力で人類を屠れるのにそのような仕様とは私達はどれだけ恐ろしい生き物なのでしょう?


「あ、お母さんが、そうか、声帯が」


「こ、此処野花ァ!私が誰だかわかりますか?」


「ああ」


その幼い体にしては大きめのパルカ、ブカブカで持て余している感が半端無い……あまりに大きいソレのせいで下半身も隠れてしまっている、畳の材料にもなるイグサを編んだ畳表草履、人間の扱う物でも自分が良いと思えばすぐさまに自身に取り込む此処野花。


全裸だった彼女は依然と同じ服を魔力で構築している、その服はトップスの内首の根元の部分に帽子となるフードが付随している、人間の世界の北の民族が好んで着る服だ、動物の毛皮で作るソレはパルカと呼ばれ他の地域では高値で買い取りをされているはずだ。


私が無駄に着飾るの違って彼女の姿は実に質素だ、腹にあるポケットに両手を突っ込んでいて実に自然体だ、気負いも何も感じない、依然と変化の無いの姿に感動する、さあ、一緒にそのエルフライダーを倒しましょう、新たな魔王を一緒に教育するのですわ!


「知っているな」


「そう、私と貴方は――――」


明るい紫色の瞳、葵色(あおいいろ)の瞳が優しく細められる、ああ、此処野花ァ。


彼女は服の下から伸びる臍の尾を指で弄んでいる、そてはまだエルフライダーの股間と繋がっている。


「お前はお母さんの敵だろ?出来るだけ惨たらしく殺してお母さんに喜んで頂こう」


何時もの様に軽やかな口調で此処野花は呟いた。

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