第95話・『主人公は男ですが妊娠して出産して授乳した、めでたい』

意識がはっきりとする、失われた知性が再生される、しかし形は歪に変化している、優先するべき順位が書き換えられている、いや、新生した私が正しい。


パチッ、瞼を開けると電光が走る、周囲の空気を焼いて異臭を放つ、ああ、お母さんの体液を焼いているから異臭がするのか、アンモニアのような違うような独特の匂い。


蹲った体勢で体が固まっている、顎を引いて肩を丸めて手足を縮めた体勢、少しずつ体に活気が漲る、ああ、私は誰だ、私は何の生き物だ?全てが曖昧で全てがわからない。


突然に視界に入り込む人物、そのあまりの美しさに体が震える、どうしてだろう、見た瞬間にこの人が自分の親なのだと気付く、このような小さな体で自分を産み出すのは辛かっただろうに。


「おいで」


「あー、あー」


他に誰かいる?そんな事は気にならない、ここは親子二人の世界、他者が入り込む余地などありはしないのだ、私は地面を這い蹲るようにして蠢く、四肢が上手に操れない、お母さんは二本足で立っている。


だとしたら私も二本足で歩く生き物のはず、地面が何故だか冷たい、見ると破砕された細かい氷の破片が散らばっている、柔らかな私の肌に刺さるが一滴の血も出ない、柔らかな肌に軽く刺さるが表面を突破出来ない。


私は強い生き物なのだろうか?呼ばれるがままにお母さんに近付く、ん、ん、ん、規則正しく呼吸を繰り返して前進する、この場所にどのような危険があるのかもわからない、早く、早くお母さんと合流しないと。


「おいでおいで、上手だなァ、流石は俺の娘」


「ん、ん、ん」


臍の尾が母の谷間からぶら下がっている、それが私を導いてくれる、時間が経過する、母親の前に辿り着いた私は少し眠くなって再度地面に蹲る、ここは冷たい……お母さんの中は暖かくて良い気持ちだったのにな、産まれるんじゃ無かった。


悪態を吐いてるとお母さんが私を抱き上げてくれる、優しい抱擁、お母さんの顔を見詰める、お母さんの姿を確認する、とても美しい人だ、母親なのに見ていると気恥ずかしくなる、全てが包まれて許されているような不思議な気分、母の胸に顔を擦り付ける。


僅かな膨らみと乳の匂い、腹が鳴る、どうしよう、こんなに美しい人からご飯を貰って良いのだろうか?ベールの下から見える金糸と銀糸に塗れた美しい髪、窓から差し込む太陽の光を鮮やかに反射する二重色、黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている。


瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている、豪華絢爛な着飾る必要も無い程に整った容姿、まるでお人形のように一切の無駄の無い完全な美しさ。


しかしお母さんは生きた人間だ、その表情には限りない母性が見える、ああ、抱かれていると安心する、こんなにも安心したのは初めてだ、全てが許されたような気持ち、私の全てを肯定されて許されたようなそんな気持ち、心地よい、お母さんの匂いは安心する。


「飲むか」


「―――」


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白、お母さんはシスターなの?このように母性に溢れていて優しい人間に仕えられるとは、神は感謝しないといけない、私のお母さんに感謝して土下座して忠誠を誓え、そもそもエルフライダーはその為の!


思考が乱れる、あれは昔の私の思考だ、お母さんの子供として誕生出来なかった哀れな出来損ない、まおう?そんな世界の悪者に創られた哀れな生き物、でも私は違う、私はお母さんの娘だ、お母さんのお腹の中で誕生してお腹の中で育った、それが私、ああ、最高。


柔らかできめ細かい肌が晒される、控えめな胸、興奮しているのか皮膚が粟立っている、小さくて健気な桃色の乳首、全てが控えめなお母さんの胸に吸いつく、粘り気は無い、零れた滴を拭うと肌触りはサラサラしている、ほんのりと甘みがあるソレをんぐんぐと飲む。


「あはぁ、可愛いぜ」


「キョウさん、今晩」


「え、いや、そうか………赤ちゃんの分を残してな」


「やったー!」


「……でもグロリアは大飯食らいだしなぁ、俺のオッパイが吸い尽くされないか心配だぜ」


「大丈夫ですよ、私とお揃いのチッパイに戻るだけですよ」


「………美味しいかぁ」


「んぐんぐんぐ」


「私の自己犠牲による渾身のボケを鮮やかに回避するキョウさん素敵ですよ、今晩は覚悟しといて下さい」


「せ、折角育ったのに、そもそも母乳が無くなると小さくなるのか?」


「母乳が無くなると言うかキョウさんのチッパイそのものを食い尽します」


「飲むのじゃなくて食うのか!?こ、此処野花(ここのか)ぁ、飲める内に飲んどけ」


「ぷは」


美味しい、お腹一杯、眠い。


「キョウさん、げっぷです」


「あ、こ、こんな感じか?」


背中を優しくトントン叩かれる、ぐぐぐぐ、何だか喉が鳴って苦しい、お母さんを見ると優しく微笑んでいる、こ、このままでいい?


「けっぷ」


――――――何か出た、お母さんと隣の人は目を細めて喜んでいる、上手に出来たのか?お母さん嬉しい?お母さんが嬉しいと私も嬉しい。


「こ、此処野花……貴方っっ、そ、そんな姿に……あの凛々しくてクールだった貴方がっ」


誰かが私を指差している、お母さんと私を、私の大切なお母さんを。


無礼だぞ貴様。


殺すか。

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