第94話・『男の主人公ですが戦闘中にガチ出産しますけど、まあ、赤ちゃん可愛いからね』

雷皇帝(らいこうてい)は魔王の中でも特別な存在だ、魔物にとっては畏怖すべき対象、人間にとっては畏怖すべき対象、そう、全てに畏怖される存在。


雷の属性は強力無比だ、あらゆる存在を滅ぼす必殺の一撃、その属性を備えた多くの魔物を誕生させ特に強靭な竜種を好んだと言われている、雷属性の竜種は一国を軽々と滅ぼす。


しかしその多くは北の大地に定住していて人間の世界に行く事は少ない、過去の脅威として今も語り継がれている、だからこそ人々は雷を恐れる、前後が逆転してしまったのだ。


自然の雷を畏怖していた過去、そして雷皇帝の雷によって塗り替えられた過去……前者が最初のはずなのに後者の恐怖がそれを塗り替えた、自然現象すら凌駕する恐るべき魔王、黄昏の魔王。


その愛娘として誕生したのが此処野花(ここのか)だ、父であり主である雷皇帝とは多くの国を滅ぼした、大陸の外も蹂躙した、世界の広さに感心しながら全ての人類を滅ぼしたいと笑顔で口にしていた。


人類は高位の魔物と同じ姿をしている、それとも高位の魔物が人類の姿をしているのか?勇魔が生み出す最悪の化け物である使途も人類と同じ姿をしている、どうしてこのような貧弱な生き物と同じ姿?不思議だ。


誰かの因子が働いている、遺伝子の深い深い場所に刻まれた誰かの因子、そして雷皇帝はその因子のまま暴れ回り滅んだ、多くの幹部は散り散りに、此処野花は主を失い偽の主を得てまた主を得るはずだった。


食われるまでは、そう、食われた、臍の尾から母親の遺伝子情報が強制的に流し込まれる、魔力で弾こうにも魔力そのものがそれを拒否している、誇り高き王に仕えた自分が胎児にされている、生まれ変わりを望まれている。


意識が侵食される、そう、母上、自分には母はいなかったはず、しかしわかる……この体を構成している遺伝子が認めているのだ、母上に抱かれて流石の私も蕩けてしまう、ああ、いや、私は魔王の眷属、母親はいない、いるはずが無い。


誰かの腹の中で育つような存在では無い、最初から完成された形で誕生する………なのに私は何をしている、そもそもここは何処だ?ここは何処だ?ここは何処だ?お、かしい、思考が幼稚になっている、そこから先が考えられない。


ここはどこだ、あれ、ここはどこで、あ、しゃべれるか、しこうできるか、だめ、わたしはなにをしてここ、えるふ、だぁめ、どんどん、かんがえられることがすくなくなる、どんどんおもいうかぶことばがへる、どんどん、どんどん。


あははははは、おもしろぉい、どんどん、きゃきゃきゃ、どんどん、どんどんってことば、おもしろいねぇ、ねえ、うん、おもしろいの、うん、うん、そお、そお、ひとりでおるすばん、さみしい、さみしくない、へいきだもん、なかないもん。


もん、もあ、だあ、だあ、あ、ああ。


あお。


か。


おかあ。


さん。















私の弟子の姿をした少女、口調が交互に入れ替わり瞳がブルブルと振動している、愛らしいササの姿で何かの中毒者のような危険な兆候。


剣を失った、左手を失った、全身に氷柱の破片が無残に突き刺さっている、それだけの重傷を負いながら不運な事に私との距離はかなりある、最後の力を振り絞って攻撃する事も出来ない。


なのに私(わたくし)は本気になるのです、なってしまうのですわ、手負いの獣、重症の少女、愛弟子の姿が崩れる、私の攻撃によって崩れるのでは無くあの口調によって崩壊している、言葉が地獄を演出している。


嫌悪感、魔物の私がここまで嫌悪感と恐怖を覚えるとは驚きですわ、自分自身にこのような感情があった事に素直に驚いてしまう、そして違和感が大きくなる、肥大化する恐怖、ああ、現状を冷静に把握するのですわ。


「いたぁい、ンフフ、キョウ、男の子のままお母さんになりたいんだものねェ、私は出張らないから私の子宮では無くキョウの子宮で育てなさい」


「いたぁい、そうか、そうか、おちんちん付いてても大丈夫かなぁ」


「母乳は出そうなのォ?おちんちんは関係無いと思うよォ、ふふ、可愛い悩みで安心したよォ」


「俺、可愛いぞ、ちがうし、か、かっこいいぞ」


「ふあーん、女の子っぽくなって不安だねキョウ、かわいそう」


血塗れで満身創痍、なのに舌先が止まる気配は無い、あれを千切らないと現状に変化は無いかしら?ゆらゆら、足に力が入らないのか振り子のように体を左右に揺らしている、顔は蒼白を通り越して土煙色、死ぬのでしょうか?


ササの錬金術を使いなさいな………そうすれば少しは私に対抗出来るかも知れませんよ?アドバイスしてあげようか、そして圧倒的な力で蹂躙しましょうか、希望を与えて根こそぎ奪う、それが魔物の美学ですものね、ああ、ササが出て来て。


エルフライダーを見詰める、丸みを帯びた大きな瞳は様々な魔眼を溶かして一つにしたもので黒目の部分は円状に虹色の色彩になっている、それを作り上げるのも二人で苦労した、カラフルな色彩を放ち本来なら異様な興味心を含んだ瞳も今は怪しい色に染まっている。


研究に明け暮れていたせいか肌の色は白色、研究で若さを保っているのでマシュマロのような柔らかな肌で触れば至上の喜びがそこに待っている、小さな鼻と色素の薄い唇は人形のようで生命をあまり感じさせない、そこも私の好みですわね。


髪の色は若芽色(わかめいろ)で植物の新芽を連想させる初々しくも鮮やかな色をしている、それをお団子にしてシニヨンヘアーにしているのが素晴らしい!研究に邪魔にならない程度のお洒落を教えたのは私ですわ、あの子はファッションに無頓着でしたからね。


服装は作業着を兼ねたショートオールに白衣、ショートオールなので膝小僧も出ていて愛らしい、大きめのスリッパとブカブカの白衣を着ている姿はまんま子供ですね、人間で言えば10歳ぐらいの見た目はエルフやら他の種の遺伝子を移植した結果でしたっけ?


そして私が全てを血塗れにした、私のササが私の攻撃で崩壊する様は見ていてとても悲しいですわ、だけれども、同時に達成感を得る、ササを育ててササを壊す……有も無も私によって与えられる、これが母性でしたよね?そうですわよね?


「さあ、次は凍らせて上げますわ、冷気を圧縮して魔力で包めば、ほら、冷気の球体、触れた瞬間割れて-273℃の世界に旅立てますわよ」


「おちんちんは、あう」


「ふふ、見たら落ち込むから見ないの、女の子でしょう?上品にしないと駄目よォ」


「おとこのこだもん、きょうのばか」


「ごめんなさい、キョウが傷付く事はぜぇんぶ、私の責任にして良いからねェ、土下座でも何でもしてあげるからねェ、んふふ」


「おちんちん」


「ほら、女の子の名称があるでしょう?ちゃあんと学習して自分を変えないとねェ」


股間を触りながら何かを呟いている、もはやまともな人間の反応では無い、自分が死ぬかもしれない現状であの奇行、重傷を負った我が身、そんな状況を感じさせないエルフライダーの喋り口調、冷気を圧縮した球体を指先で回転させながら注意深く観察する。


二つの人格?にしては切り替わりの速度が異常だ、もっとこう、生理的な現象のように思える、エルフライダー、その生物の特性とでも言えば良いのだろうか?氷柱の破片で血液が固まっている、しかしその破片は熱を奪う、血が流れても熱は消える、血が流れなくても熱は消える。


何も救いの無い現状でササの姿をした化け物は笑っている、楽しそうだ、見ていると素直にそう思う。


「あ、蹴った」


「んふふ、キョウがお母さんだもんね、私は少し中に戻るからァ、ね?」


「んはは、産むなァ」


産む?


「あああ、あ、あああ」


質量の法則を無視して何かが誕生しようとしている、エルフライダーの股間が盛り上がる、それと同時に姿が変貌する、ササの姿では無くなる、何だ、何だ、圧倒的で禍々しい魔力の気配を感じる、とびきり巨大な気配、まるで魔王軍の幹部のようなとびきり巨大な魔力。


は、排臨(はいりん)です、か、頭部が見える、見える、こっちを見ている、嘘でしょう、質量なんて関係無い、全てが関係無い、生命の神秘も関係無い、無い、ここには常識が無い、人間の常識も魔物の常識も喪失している、消え去っている。


その顔に見覚えがある、あの顔は!胎胞の卵膜が破れて破水したのか羊水が外へ流れ出ている、あははは、なんなのですか、これは、なに、なにがどうして、ああ、これは踏み込んではいけない領域ですわ。


「こ、此処野花?」


「お、おれの、あかちゃあん」


「あ、あー」


何時も冷然としていた彼女は無垢な笑顔で母親に話し掛けた。


言葉にならない鳴き声で。

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