第93話・『人類は家畜に向いてます、それに気付けた人は立派な家畜になれます』

墓の氷は卓越した力を持っている、生みの親で4代目魔王であるココリアは優れた魔物を創造する事に長けていた、魔王軍の幹部はどれも当時の魔王が己の力と技術を惜しみなく与えて誕生させた存在である。


その中でもココリアは突出していた、その最高傑作である墓の氷は人知を超越した力を有している、歴代の幹部連中と比較しても五指に入る力を有しているのだ……そして力だけでは無く親譲りの生物を創造する力もある。


錬金術、人間の社会ではその名で誤魔化している、その技術を受け継いだササは人間の錬金術を逸脱した力を持ってしまった、巨大すぎる力は純粋無垢な彼女をさらに歪ませた、同族を実験材料にして日々精進する弟子の姿、素敵ですわね。


ココリアはそんな私(わたくし)を贔屓しなかった、皆と同じように平等に扱ったし与えられる愛情も同じだった、不満は無い、それだけ主の器の大きさに感心したしその人に仕えられる事に幸せを感じた、自分がその人にして貰ったように私はササに愛を与えた。


壊れた人格、人類はここまで崩壊できるのかと愛弟子であると同時に良い観察対象にもなった、モルモットと言えばよろしいですかね?与えた技術を吸収してより人道を踏み外す彼女は自分にとっては優れた作品だ、とても優れた作品、良い研究成果だ、最愛の玩具。


そこで初めて自覚した、私は母であるココリアに似ている、ココリアは魔王にしては珍しく人間に寛容的だった、生み出した魔物の数も少ないし人間の領域を侵す事を極端に嫌った、つまりは人間が大好きだったのだ、私もササを飼育してそれを理解した、国を焼かれた一人の少女。


その少女を狂人に仕立て上げた事で私もちゃんと自覚出来た、人間は飼うのに適した種族、主の色をちゃんと読み取って同じ色に染まる、だから人間を殺すのでは無く家畜化する事で人間は魔物と同じ優れた種に再生出来る、更生出来る、それに気付けて良かったですわ。


教育によって思想は決定付けられる、ササがそうであったように、ならば新しく誕生する魔王を教育してササと同じように私の色に染めれば良い、人間に寛容的な魔王、人間を家畜化する事に前向きな魔王、計画の方向性はすぐに決まった、ああ、ササのお陰ですわね。


親から子に伝達する思想、私がココリアから受け継いだ思想も私からササへ受け継がれた思想も全てが尊いのですわ、人間を家畜化する私と人間を実験材料にして使い古すまで使うササ、ああ、どちらもエコ、どちらの思想も自然調和、素晴らしい人間をちゃんと無駄にしていない。


人間を殺すだけの魔王も魔物もいらない、しかし問題は勇魔だ、あいつは個人の感情で人間も魔物も消費する、何が目的なのかわからないが信用出来ない、きっと素晴らしい人間の事も何とも思っていない、何とも感じていない、貴方の使徒よりも人間の方が美しい。


魔王が誕生しても勇魔の下僕のままの魔物、それでは人類を家畜化して四肢で地面を踏み締める動物に変える事が出来ない、魔物と人間は相思相愛なのだ、私とササがそうだったように、私の思想でササが歪んだように、だけど勇魔がいるとその計画が阻害される。


全ての魔物を勇魔の支配から解放して勇魔を打倒する、私がちゃんと教育した魔王で人類を家畜化する、それが人間にも魔物にも幸せな世界、時には人間が魔物を支配すれば良い、相反する二つの関係、プラスとマイナスを行き来してずっとゼロでいられるそんな世界、ああ、ハレルヤ。


だからこそ寄生型の魔物の開発を早くしなければ!私の思想に反する魔王軍の元幹部もいるでしょう、彼等にすら寄生して支配出来る作品を生み出さないと!その為には優れた錬金術師がいる、出来るならば私の技術を受け継いだ者、ならばササしかいない、ササしかいませんわ。


そして今、ササの姿をした勇魔と同じ天命職と向かい合っている、そう、エルフライダー、ササの力も技術も感性も魂も奪った素晴らしき存在、魔物でも人間でも無い神の子供達、ああ、これは捕獲しないと、ササとして利用してエルフライダーは研究する、一石二鳥ですわ。


「お前、凄く美味しそう、食わせて、食わせて、歯で噛むと血が出る?歯で噛むと肉の繊維はどんな音で千切れる?しらないならやろうぜ、知ってた方がお互いの為だ」


「へえ、ササ、こんなに素晴らしい生き物の一部になったのですか」


「グロリアぁ、俺のご飯だから食べたら怒るぞォ、あ、小指ぐらいなら」


「構いませんよ、戦って勝って食べて下さい、きっと美味しいですよ?そして何時もの笑顔を私に見せて下さいね」


このシスターは危険だ、シスターは人間と魔物の戦いに基本的には干渉しない……いや、戦争には干渉しない、どのような教義でどのような意味があるのかは知らない、シスターの戦闘力は異常だ、まるで魔王軍の幹部のように。


勇魔は勇者と魔王の力で使徒を製造する、魔王は魔王の力でのみ幹部や魔物を想像する、ならばシスターは?この三つに共通しているのは創造主がいる点、もしかして何かしら繋がっている?だとしたら神に創造された天命職は?では四つか、四つの人工生命。


やはり何か繋がりを感じる、命を弄ぶ四つの主、四つの生命、もしかして製作方法が共通しているのですか?そこに使われる細かな技術と力が違うだけで?エルフライダーは腰に差した大剣を構えながら歪に笑う、どのような感情によって引き出された笑みなのか?


「見せるぞォ、グロリアにちゃんとちゃああんと、笑う、もっと綺麗な笑顔で笑うよ、俺の顔で、ササの顔じゃ無く、あれ、ササも俺も俺だから同じ顔」


「ふふ、おかしいですね、困りましたねキョウさん」


「うん、お、おかしいな、二つあるわけねぇ、顔は一つだ、横から斬り込んで顔をぺラペラ薄く切れば顔は増えるけど、そうじゃないもんな、難しいなぁ」


「じゃあ、アレを食べた後に答え合わせしましょう」


「ご飯もくれて答えも教えてくれるのかァ、ぐ、グロリア、優しい、あんがとぉ」


「はいはい、キョウさんも私の計画の為に壊れてくれてありがとう」


瞬間、エルフライダーの体が弾ける、軋んだ床が悲鳴を上げる、人間の脚力ではありませんわね………この建物は私のお気に入りなのですが無傷では終われないようです、あのような大剣を担いでササの姿で肉薄するとは!まるで夢のような光景ですわ。


勇魔と同種の生命体、しかも始まりと終わりの天命職は対になっている、番いになっている、あ、この知識は誰から教えて貰いましたっけ?ええっと、人間の速度をどれだけ超越しようと私は魔王の愛娘、思考する時間はある、まだある、微かな違和感。


誰に?そう、どうして今の今まで忘れていたのか、天命職について教えてくれたのは主であり母であるココリアだ、魔王と天命職は同種?同じようなものとか言っていたような、おかしいでしょう、そんな重要な事を私が忘れていた?あら、記憶が曖昧ですわ、鮮明にならない。


「まるで!勇魔以外の天命職と出会うまで封印されていたようで!いや、エルフライダーに出会うまで封印されていたような!違和感ですわ」


「四肢をまずくれぇえええええええええええええ、本体よりカリカリで触感あるだろうがああ、指が、指があああああああ」


常軌を逸したエルフライダーの一撃、振り落としの際に掴みを緩めて筋肉を弛緩させている、筋肉の硬直は斬撃を弱める、躱すのも良いですが思考する時間が欲しいです、彼の振るう武器と同サイズの氷柱を生み出して攻撃を受け止める、高位の魔物は詠唱を必要とせずに魔法を行使出来る。


私からすればこれは魔法では無い………内から溢れた過剰な力が形になっているだけだ、氷と鉄、結果は馬鹿でも理解出来る、しかし砕けた氷がすぐさまに再生して剣を侵食する、冷気、口から白い息を吐き出して微笑む、エルフライダーは危険を感じて剣から手を離す。


氷漬けにしてやろうと思ったのですが、優れた洞察力ですわ、幼いまま固定された肉体は瞬発力に長けている、そのまま氷柱を同時に展開する、空中に浮遊したソレを後退したエルフライダーにお見舞いする、飛翔する氷柱達は互いにぶつかりながら破砕する、硝子のような破片をばら撒きながら獲物を狙う。


本命の氷柱を避けても鋭い破片が体に刺さる、破片が密集した空間をギリギリ避けても本命の氷柱が命中する、人間相手に工夫した方だと思いますわ、ササの錬金術を保有しているのならこのぐらいで死にませんわよね?シスターとの戦闘に備えて余力は残して置きたいですわ。


「氷だァ、んふふ、他の一部の力はこの建物の中では使えないし姿もねぇ、どーしよう、キョウ」


「あはぁ、キョウ、好きだ、大好きだぞ、俺のキョウ」


「もう、敵が見てるしグロリアも見てるよォ、死んじゃったりヤキモチされたりしても私は知らないからねェ」


「好きって言えよ、キョウ」


「んふふ、言わなーい、愛してるよキョウ」


何ですかコレ、飛来する氷柱は彼の片腕を吹き飛ばす、破砕した破片が彼の血肉を奪う。


それなのに長台詞を話しながら一人で独特と空間を構築している、これは――勇魔よりも、もっと。


「「愛してるよ」」


倒れない、化け物は化け物のままでまだ立っている。


本気にならないと、コレは―――――まるで魔王や勇魔に対峙しているような気分ですわね。

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