第89話・『熊鍋したかった、そして今夜は胸を揉ませぬ』

がっしりとした頑丈な体格は見るだけで凄まじい力を持っているのがわかる、頭骨が異様に大きく肩も瘤のように盛り上がっているのが特徴だ。


熊のような魔物だなと思う、しかし逆立った毛からは電光が放たれていてかなり焦げ臭い、バチバチ、周囲に飛び火するソレを躱しながら肉薄する、武器を持った憲兵が腕の一振りで吹き飛ばされる。


グロリアが剣を抜きながら低い姿勢でスライドするように斬り付ける、走った勢いそのままに恐ろしく低い位置で刃が躍る、魔物は絶叫しながら腹から血を噴き出している、そのままグロリアは地面を転げ回って体勢を立て直す。


考え無しに突っ込んで斬り付けやがったな、ニタリ、刀身の血を払いながらグロリアは愉悦に塗れた顔で笑う、俺の言葉を勘違いして魔物と戦闘に突入しやがった、身体能力がどれだけ向上してもまだまだグロリアの速度に追いつけねぇ。


『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』


逆立った毛から周囲に電光を放つ、目標など無い力に任せた一斉攻撃、家屋が崩れ人々が悲鳴を上げる、ファルシオンを抜いてグロリアと同じように肉薄する俺にも飛んで来る、空気が焦げる、地面にファルシオンを叩きつけて粉塵を上げる。


粉塵が空気中に浮遊して電光を四散させる、俺の姿を見失った魔物が威嚇の声を上げながら後退する、グロリアがその隙を見逃さずに背中から斬り付ける、刀身が躍る、手首の切り替えしによって抉るように肉を裂く光景は見ていて素直に感嘆する。


単純に一文字に切り落とすよりも手首の捻りを加える事で傷口のバランスを崩す、回復し難い上に腐りやすい、ここで逃げる事に成功しても必ず息絶える一撃を与えている、保険はしてやったから俺に勝って見せろと言っている、生意気な女だぜ。


「熊肉は大好物だぜっ!魔物だろうが何だろが美味しく頂くから往生せぇえええええ!」


ファルシオンのような重剣の攻撃は全て腰の回転が基本となる、右足で強く踏み込みながら腰の捻りを伝えるようにする、全身を対象に向かって伸ばすようにして剣が伸び切ってから初めて足が地面に着地するようにするのだ、肉を斬り裂く感触に陶酔する。


脇腹に深々と刺さったファルシオン、切っ先の鋭さは無く重量で敵を叩き潰す武器だ、斬る事に成功しただけマシだと言える、重量で無理矢理裂けた肉は繊維がブチブチと音を鳴らしながら醜悪な傷口を晒す、魔物の腕が振るわれる、ファルシオンで防御する。


甲高い音と吹き飛ばされる感覚、景色が一瞬で切り替わる、全身に痺れるような不可思議な感触、吹き飛ぶ俺を追撃するように電光が放たれている、吹き飛ぶ俺の速度よりも速い電光は俺の肉を焦がす為に全身を侵食する、口の中が切れたのか血の味がする。


電光を受けても体に支障は無い、これよりも凄まじい電光の威力を俺は知っているのだ、そして吸収した此処野花(ここのか)の体質なのか電光を吸収する事で身体能力が飛躍的に向上している、体が軽くなる感覚に首を傾げる、血の味も既にしない、回復したか?


「お前の攻撃は俺にとってお菓子のようなもんだぜ」


『ガァアアアア!』


グロリアと俺の攻撃で出来た傷口から血を撒き散らし魔物は吠える、グロリアは手を振りながら後は俺に任せたと言った具合で微笑んでいる、死体の山が幾つも見えるが街の真ん中で魔物が暴れたにしては少ない被害だろう、物事を良い方向に考える。


決して自分が駆け付けるのが遅かったとかそんな事は考えない、世の中は無常なのだ、俺達がこの場に駆け付けただけまだ幸福だったと思考を切り替える、魔物が街中に侵入して暴れ回ったのが不幸だったと全てを切り捨てる、両方合わせて丁度良い。


轟音を鳴らしながら近づいて来る魔物、四肢にまだそれだけ力が入るのは予想外だ、電光を飛ばすが全て俺の肉体が吸収する、餌やりでもして貰っている気分だ、ファルシオンを肩に担いで全力で走り出す、周囲の人間は遠巻きにそれを見守っている、邪魔すんなよ!


振るわれる腕は必殺の一撃、あれをまともに食らうと上半身と下半身が真っ二つになるな、鋭い爪は獲物の死臭を残していて目を背けたくなる、臭いし酷い色だ、病原菌塗れだろうなと冷静に観察する、ササの錬金術の力で免疫力を上げる、い、一応な!


刀身を殴るように押し出す、巨大な拳を想像しながら前方へと突き出す、顔面に向かって伸びた刀身を魔物は鋭い歯で弾く、噛み付けて停止してくれたら影不意ちゃんの魔法をお見舞いしようと考えていたんだがな、現実はそんなに甘くねぇな。


「馬鹿の一つ覚え見てぇに電光を放ちやがれよォ!」


『ガアアアアアアアアアァアアアア』


立ち上がり左右から振り落とされる腕、タイミングをずらしている、知能のある魔物だな、そもそも熊って頭良いしなァ、呑気な思考をしながら後退する、抉れる地面、後方へ下がった俺を追撃するもう片方の腕、あの巨躯を地面に倒すようにして腕を伸ばす。


弾かれたままのファルシオン、構え直す事はせずに手首の返しで左右から振り落とされる腕に攻撃する、爪が飛び血飛沫が舞う、絶叫する魔物の瞳は正気を失っている、人間の血に興奮して正気を失い自分の血に絶望して自我を失っている、まさに血を求めるだけの魔物。


「じゃあな……………『マ・アス』」


地面に手を当てて魔力を行使する、その瞬間に恐ろしい冷気が地面から溢れる……自身の魔力が冷気へと変質して地面へと伝ってゆくのがわかる。


魔物の全身が氷漬けになって行く様を観察する、全身を覆った氷が這うように頭部を侵食する光景を最後まで見守ってやる、当初の予定と細部は違ったが最終的には影不意ちゃんの魔法で仕留めた。


「念の為、なぁむ」


首を切り落とす、冷凍漬けになった肉は日持ちするからなー、何とか魔物を倒せた事に安堵して地面に座り込む、苦戦はしなかったが中々に手強いと感じた、街中に出るような魔物のレベルでは無い。


ダンジョンの奥地や秘境に暮らす類の魔物だ、人里に現れた事に違和感を覚える、グロリアが悠然とこちらに歩いて来る、青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が俺だけを見詰めている。


周囲の人だかり等どうでも良いって感じだな、ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらグロリアはもう片方の手で剣を納刀する、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白で血塗れの自分に引け目を感じてしまう。


「わ、悪い、汚した」


「ええ、勲章ですね、強くなりましたねェ」


「そ、そうか?グロリアを護れるぐらいもっと強くなりたい!」


「そ、そうですか………左様ですかっ!」


「何で怒るんだ!?」


様子を見守っていた街の住人が駆け寄って来る、このような街でも助け合いの心は失われてはいない。怪我人に肩を貸す人々を見てそう思う。


英雄扱いは面倒だ、足早に去らなければ!立ち去ろうとした瞬間に俺が切断した魔物の頭部が罅割れる、氷の粒子が細かく舞い散り甲高い音がする、グロリアは柄に手を当てて俺は妖精の力を解放して異常に備える。


『982302382080――――異常――対象・シスター……未確認モデル』


「は?」


「へえ」


ズルルルル、鉄のヘビのようなモノが粉砕された頭部から現れる、寄生虫を連想させるような光景だが細かな鱗が存在している、放たれる言葉は人語であり不可解なモノだ。


シスターって俺とグロリアの事だよな?未確認モデル?グロリアは特別なシスターで俺も似たような存在だ、しかしその情報を持っている事に違和感、ルークレットのシスターの情報を何処で?


そもそもコレは何だ?


『――――――――』


複雑な魔法陣が展開される、淡い光に包まれて転移するソレを見送る事しか出来ない、あいつが魔物を操っていた?一瞬だけ勇魔の存在を疑うがあいつはこんなに回りくどい事をしないような気がする。


戦って勝ったのに素直に喜べない、あれは何だったのだろう?鉄のヘビは何の目的で魔物を操っていたのだろうか?ササの記憶が疼く、錬金術で生み出される人工生物?どうして錬金術師が街を襲う?


「ぐ、グロリアぁ」


「キョウさん、こ、今夜は触っても良いって約束でしたよね?」


「アレを見てコレの事を気にするか普通?!」


自分の胸を指差しながら絶叫した、グロリアこえぇえ。

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