第86話・『あーん、あーん』

首だけになったソレを見て俺は呆然と立ち尽くす、記憶が途切れている。


持ち上げて見るとその重さに感心する、肉はここまで重いのか、頭はここまで重いのか、しかしこれを調理した映像が浮かばない。


ズブズブズブズブ、底無し沼に沈む首、魔王軍の元幹部、まともにやったら勝てなかった、まともにやらなかったから勝てた?周囲の景色が崩れてゆく。


死体の情報は読み込みにくい、俺の体の中で蘇生させて下卑た俺だけの一部に成り下がって貰おう、取り込むのは容易い、しかし誰がこいつを殺した?


「不思議だぜ」


死の間際の情報を読み取る、記憶が新しい程に鮮明に読み取れる、勇魔の情報は読み取れない?沈みかけの頭部を観察する、頭蓋骨が露出していて罅割れている。


脳味噌までダメージが浸透している……これではまともな情報は読み取れそうに無い、舌打ちする、幼女の死に顔としては最悪だが魔物の死に顔としては最高だ、薄く微笑む。


仕方が無いので視覚に残った僅かな情報を読み取る、死に際の映像、ザ―ザーザー、砂嵐のような映像、俺の実力でこいつは倒せなかった、誰がこいつを倒した?俺の獲物を横取りにした?


「お、見えるかな、しかし美味しいなコイツ、名前は此処野花(ここのか)か……視覚も駄目か、困ったな……直接差し込んだらどォ?ねえキョウ、おう、そうだな」


ナイスアドバイス、葵の花のように灰色が混じった明るい紫色の瞳、すっかり色を失ったその瞳に指を差し込む、ピースサインで差し込む、柔らかい粘液の中にズルルと吸い込まれる。


ピースサインで魔王の幹部の両目を抉るなんてどんだけ平和主義者なんだ俺、その奥にある脳味噌に用事がある、触れる感触は生っぽいソレ、肉では無くもっとジュルジュルのソレ、ジュレ!


「しかし小さい頭だな、フフ、俺を愛するだけの魔物に変えてやるから楽しみにしてろよォ、あの余裕たっぷりだったテメェがご飯になって俺になるとはおもしれええ」


ぞくり、映像を読み取った瞬間に背筋に冷たいものが走る、鴉(からす)の濡羽色(ぬればいろ)の美しい髪、黒髪ロングのストレート、俺の大好きな髪型、女性に求めてしまう髪型、小さい時から無性に好きだった髪型。


肌は白でも黒でも無い中庸の色をしている、顔の造りは整っていて美少女と言っても良いのだが何処か陰がある、瞳の色は夜の帳を思わせる底無しの黒色、垂れ絹が世界を黒く染めるように冷徹なものだ、その姿を見ているだけで胸が張り裂けそうになる。


年齢は人間で言うならば10歳ぐらいだろうか?全てがどうでも良いって感じの瞳が何故か懐かしくて少し狼狽えてしまう、上半身と下半身が一続きになった黒塗りのローブ、上衣とスカートが一体化した形状のローブは彼女の個性を隠すように地味な構造と色合いをしている。


微笑んだ彼女が腕を振るった所で映像が途切れている……脳味噌が悲鳴を上げている、死んだ存在の記憶を引き出すのはこんなにも手間が掛かるのか?あの人が此処野花を殺した?しかし俺は何処にいた?この場所にいたはずなのに映っていなかった。


「まったく状況がわからねぇ、此処野花を再生するまで待つかァ、おっ、塔に戻ったか」


塔の最上階では無く塔の途中に罠が仕掛けられていてその先にボスがいるとはな、俺と会う為の罠か??エルフライダーって存在は様々な勢力から魅力的に映るらしい、そんな良い能力でもねぇのになあ、魔王軍の元幹部も横取りされちまうしよ。


最上階にあった気配は魔法による偽物か、グロリアが引き返しているようだしここで待つか?地面に座り込む、俺の右腕に沈み掛けている幹部の首……こいつは可愛かったな、そして強かった、新たな魔王に仕えるだと?ふざけんな、お前は俺のご飯だぞ。


そして俺に仕える使える一部になるのだ、しかし妙に体が重い、疲労感と倦怠感が合わさったような感じだ、見えない重い空気が体に纏わり付いている、ちなみに既に俺の姿に戻っている、自分の体なのにこの怠さは納得できねぇな、畜生。


「誰だったんだ、あの人」


あいつとは言えない、年下であろう少女に敬意を抱いてしまう、敬意なのか?もっと違うような感情に思える、自分自身で感情がコントロール出来ない、床に座り込んだまま何度もあの映像を思い浮かべる、地味だけど美しい少女の横顔。


俺は一部に対して圧倒的な美貌を求める傾向にある、自分自身の一部が美しくあればある程に心が満たされるからだ、この他者を支配する汚い能力にも救いがあるように思えるからだ、睡眠や食事と同じようにエルフライダーの能力は性的な衝動に過ぎない。


否定出来ない、俺が生きている限り他者を食う事は終わら無い、開き直っているわけでは無く実感としてある、どうしてこんな生き物なんだろうな俺、だけど生きて行くのに必要な事なのだ、だからこうやって新たな一部を手に入れた、死体だけどな。


「グロリアァ、早く来てくれ」


何故か甘えるように呟く、グロリアに会いたい、先程の少女の映像を思い浮かべる度に不安が大きくなってゆく、それなのに思い浮かべる事を止める事が出来ない、何度も何度もその横顔を脳裏に刻む、やっと再会出来たような奇妙な感覚。


今まで誰かに奪われていたような不可思議な感覚……しかし本当に美しい少女だったな、性的なアピールは何も無い幼い少女なのに俺は彼女を欲している、そうだ、実感する、俺は彼女を心の底から欲しいと思っている、ああ、何でこんなにも欲しいんだ。


俺の餌を横取りして殺した最低の奴なのに。


「そうだよな、何時もの俺なら嫌っているはず」


膝を抱えて呟く、獲物を横取りされた獣は横取りした獣を嫌う、それが自然の摂理だ、なのに俺は餌を奪われた事よりも餌を奪った獣の事を延々と考えている、どんな女の子なのかとずっと考えている、す、好きなタイプとかな。


ど、どうやってこの餌を殺したんだろう?考えれば考えるほどに胸がズキズキと疼く、首だけにしたって事はそれ以外を何かで消し飛ばしたって事だよな?な、何で消し飛ばしたんだろうか?殺す時はどんな事を思ったんだろう。


会えるかな?


「会いたい」


俺と同じように餌を食べようとしていたのか?頭部が置き忘れていたって事は嫌いな味なのだろうか?脳味噌は確かに癖がある、成程、あの人は頭部が嫌いなのか、幼い姿だったし好き嫌いがあっても仕方ねぇよな、美味しいんだぞって教えてあげたい。


そんな事を言ったら嫌われるだろうか?目の前でこうやって頭部をずぶずぶ食べて見せたい、意外と美味しいぞっ!って伝えたい、そうしたら彼女は食べてくれるだろうか?美味しい!って素敵な笑顔を見せてくれるだろうか、え、ナンパの仕方を考えてんのか俺。


グロリアが俺にはいるのに。


「何なんだよ、もぉ」


ドキドキ、グロリアに感じるものと同じだ、胸がときめく、頬が赤くなる。


無性に悲しくなって涙する、膝を抱えたまま自分の嗚咽が聞こえる、グロリアぁ、グロリアぁ。


「キョウさん?………泣いているんですか?」


どれくらいの時間が流れただろうか、その声を聞いた瞬間に胸元に飛び込んで声を上げる。


あーん、あーん、女の泣き声、子供の泣き声、これが俺の声なのか?グロリアは何も言わずに強く抱き締めてくれた。

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