第85話・『最強で最恐で最凶で最愛』

村を出てから様々な強敵と死闘を繰り広げて来た、死にかけた事も一度や二度では無い、だけどその度に乗り越えて自分の糧にして来た。


魔王軍の元幹部、俺の糧にするには些か大き過ぎる名前、しかしこいつに勝って勇魔の情報を聞き出さないとならない、構えたファルシオンは何時もと変わらない重みで俺を激励している。


地面を蹴る感覚も何時もと同じ、相手が相手なので油断は出来ない、坐五(ざい)かクロリアの姿で戦うと決めていた、前者にしたのは罅師の能力ならあらゆる敵に対処出来ると思ったからだ。


電光が走る、危険を感じて横に飛ぶ、急激な方向転換、骨が軋んで肉が裂ける……地面を抉る電光は土煙を上げながら追跡して来る、舌打ちをしながら罅を展開さえて電光を切り裂く。


細分化された電光は薄い糸のように広がり空気へと溶ける、ああ、地面が焼け焦げている、抉れた穴はかなりのモノだ、焼けた土がガラスのような光沢を放ちながらその威力を物語っている。


「雷、700年前の魔王の雷皇帝(らいこうてい)の幹部かッ!」


「正解、君は世俗に興味が無さそうな顔をしていて意外と物知りだな」


この世界で最も恐れられている魔物は700年前の雷皇帝(らいこうてい)と呼ばれた魔王が創造した雷の属性を持つ魔物達だ、人類を絶滅寸前まで追いやった雷皇帝の魔物は気性が荒く獰猛で生命力に満ちている。


さらに属性で言えば最強に数えられる雷を扱うのだ、さらに竜種も多く創造しており個体数は少ないものの一匹一匹が強国の軍隊を圧倒する程だ、しかしその多くは北の大地に定住していて人間の世界に行く事は少ない。


地上最悪の魔王の元幹部、少しだけ運命を呪う、だけど食指が動く、こいつは間違い無く強い、そして美しい、雷皇帝の魔物は獰猛で残虐な生命体のはずなのに振る舞いに品があり所作が美しい、腹が減る、この美しい化け物少女を見ていると腹が減る。


「んふ、はら、腹が減るぞ、ふへへ、そぉだよねェ、混ざってるね、俺と私、グロリアに備えて封印を緩くするから、だぜェ」


「我々と同じで混沌の生き物か、美しい、さあ、来い………人間でも魔物でも無い規格外の生物」


「くわせろ」


体が跳ねる、そして腹が鳴る、敵は微笑みながら右手を前に出す、五指から五つの電光、空気を切り裂きながら焦げ臭い匂いを撒き散らしながら俺の方へと飛んで来る、凄まじい速度だ、自然と獣のように体が跳ねる、ファルシオンを腰に差し込んで地面を駆ける。


坐五の肉体は妹の復讐を叶える為に厳しい訓練をし続けた事で全てが戦闘に特化している、しかし相手は魔王軍の元幹部、本来なら世界の救世主である勇者が戦うべき存在、だけど俺の前にいるからには普通の餌に過ぎない、美味しそうな餌、俺の一部にして俺を愛する下卑た魔物になれ。


キョウもそれが良いって言ってくれてるよな?うん、良いよォ、どれだけメスが増えてもキョウの一番大切な女は私だもの、それよりも魔物を食べた事が無いのが意外だったよねェ、しかも魔王軍の幹部、エルフの要素は無しだよォ、あれをグロリアは食べろって言ってるよォ。


あれを食べたら私達は次はどんな姿になるんだろうねェ、興味深いけどキョウはどう思う?あはははははは、良いじゃねぇか、何でも良いんだぜ、グロリアが望んで俺も腹が減っている、空腹だぜ、俺とグロリアの意見が一致している、だから食うだけだぜ。


フフ、グロリアより私の意見を優先してよォ、まあ、同じだよ、キョウと同じだ、あいつを食べたいよォ。


「ああ、食べさせてやるよ、俺のキョウ」


「ンフフ、キョウがお腹を空かせているのは見てて苦しいよ、たーんとお食べキョウ」


「人格が崩壊しているのか、それでも人間として振る舞えている、実に素晴らしい生き物だ、人の領域では無いな、我々魔物よりも悍ましい」


五つの電光が枝分かれを繰り返して網のように広がる、僅かに触れただけで全身が悲鳴を上げる、あれに捕まるとヤバい、静止した瞬間に生死が決定する。


自動追跡の効果があるようだがそれが逆に救いになっている、対象を捕らえる為に軌道を描くのだから予測しやすい、相手はまだまだ本気では無い、それがチャンスだ。


多くの一部を取り込んだ事で自分の実力を把握出来ていない、だけどクロリア、炎水と二人のシスターを体に取り込んだ事で身体能力が劇的に向上している、さらにそれを坐五の肉体に付加させている。


草原での戦闘は何度も経験した、障害物が少なく身を隠す場所が無い、だけど走り続ける事が出来る空間が無限に広がっている、さらに灰色狐の俊敏性とユルラゥの妖精の力を行使する、妖精の力で無機物の土を操る。


高速で土を回転させる事で蹴り上げるスピードを何倍にもする、全ての能力を機動性の向上に捧げる、電光は俺を射抜く事が出来ずに惨めに宙を這っている、幹部幼女は手を叩いて喜んでいる、予想外のリアクション。


「スゴイスゴイ、様々な種が入り混じっているっ!もっとだ、もっと見せてくれ、神のキメラっ!」


「うるせぇ、さっさと食われろッッ!何味なんだテメェ、ふひ、何味だぁ、ああ、知りたい、食べないと知れない、知れないだろうがぁ!」


「おお、怖い、自分の欲望だけの為に他者を食い潰す、私の生みの親である雷皇帝が最も気に入る人種だな、もしお前にあったら彼は何と言うだろう?」


「ご飯が喋るなァ、ご飯は美味しくて最高なのに喋るなァ、か、噛ませてねェ」


犬歯を剥き出しにして吠える、おかしい、何時ものご飯ならもう味わえているはずなのに、向上した身体能力を駆使して肉薄しても踊るように攻撃を躱される。


ファルシオンが地面を抉る、粘度のある土に深々と突き刺さる、僅かな抵抗、その隙を見逃さず彼女の足が空を裂く、顎を蹴り上げられる、脳味噌が激しく揺さぶられ意識が吹っ飛ぶ。


短い足で良くやるぜ、粉砕された骨が肉を切り裂く、絶命する前に錬金術の等価交換で自己を修復する、そして失われるユルラゥの永遠の命の内の数年間、あのまま気絶していたら対処出来ずに死んでいた。


地面に突き刺さったままのファルシオン、やべぇ、灰色狐の細胞を活性化させて爪を伸ばす、ハァハァ、自分の呼吸が疎ましい、あまり灰色狐の細胞を活性化させても筋力が落ちてしまう、俊敏性は素晴らしいがなっ!


女寄りのキョウが少しずつ出ているのか?自分ではまったくわからねぇぜ、そして幹部幼女にそれを聞くのもなァ、クロリアと炎水を犠牲にする事で何とか封じているがもしかして表面化してるか?


「くそっ、いてぇ」


「瞬時に回復をして体勢を整えたか、化け物の能力に人間の技術、見ていて飽きないな」


「食わせてよォ、ハァハァ、お腹がほら」


服を捲し上げて腹を見せる、ハァハァ、わかってくれ、こんなにも凹んでいるだろ?ここに何か入れないと大変な事になるんだ、ヘソを指で穿りながら笑う。


そんな俺の有様にも幹部幼女は微笑んでおいでおいでしてくれる、ま、まだ遊んでくれる、この人は良い人だねェ、キョウも好きになって来たんじゃない?浮気だよね。


ああ、好きになった、俺は男だから素直に認めるぜっ!浮気だぜ、そして美味しそうだし仲良く遊んでくれるしこいつ大好き、こいつ見てるとハングリー、ぐうぐうぐう、お腹が空きました。


「ほ、ほらね、ヘソがほら抉れるぐらいお腹が凹んでいる、可哀想だと思うなら餌になって糞になって土に帰ってよォ」


「駄目だな、もっと強い力を見せてくれ、君がなれる最も強い姿」


「なれる?」


「ああ、なれるはずだ、なったら餌に、ご飯になってあげよう」


「な、なってくれるのか!ホカホカか?」


「ホカホカで食べ応えはあると思う」


体が脈動する、餌が自分は餌ですと発言しやがった、やっとわかったのかぁ!餌にも気持ちって通じるのか!餌の分際で心があるのかよ、それって無駄な機能?最後は糞になるのに心ってさ。


だけど許可を貰った、だから言われた通りにする、体が軋む、坐五の姿なんかいらない、いらなぁぁい、おれはわたしはぼくはいらない、そんなにだいすきってほどじゃないしねえ、じゃあだいすきなのってなあに。


あく、あくはだいすきだけど、いちばんつよいすがたってなんだろ、なんだっけ、ぼくをまもってくれていたやさしいははおや、いちばんつよくていちばんやさしくていちばんあいしてくれた、おかあさん、だいすき。


――――――――――――――――――――――――いちばんつおい。


「ァァ」


縮小する、幼く強い姿に縮小する、縮まって収まって変化する。


ご飯に喜んで貰えるように、ご飯に許可を貰えるように、ご飯を糞にする為に、ちゃんと胃の中で掻き回せるように。


「――――――――――――」


「やはりいたかァ!!勇魔の第一使徒ッッ!」


だれになった?


吹き飛ぶ幹部幼女に私は微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る