第84話・『幼馴染は魔王と勇者だったよー』

蔓植物や着生植物が生い茂った空間を歩く、独特の生態系を維持している熱帯雨林、思った以上に魔物の数が多く先に進まない。


妖精の力で捉えた巨大な気配は動こうとはしない、灰色狐との戦闘も同じような状況だった、だったら術者を倒す事であの塔に戻る事が出来る?


濃い植生のせいで日射が遮られている、太陽の光は体力を奪う、しかし太陽の光が遮られる事で視界が狭くなっている、喜べば良いのが悲しめば良いのかわからないぜ。


「しかし、まさかこんな事が出来るとはな」


水溜りに自分の姿を映し出す、ダークエルフ特有のコーヒー色をした滑らかな肌、まるで漆器のように漆(うるし)を重ねて加工したような艶やかな照りがある。


やや筋肉質に思えるソレは女性特有の丸みも帯びている、グロリアと同じ銀髪は彼女のものと違ってやや鈍い色を放っている、狼の毛並みを連想させるような色合いだ。


瞳は猛禽類を連想させる程に鋭く、琥珀色のソレは太陽のように荒々しい光に満ちている、瞳を見る者を照らして心の内にある疚しい感情を責めるような光だ、絶対的な自信と圧倒的な意思。


「フフ、侵食も進んでもう半分以上は俺だな、抵抗してる様が可愛いぜ」


睫毛は長く自然とカールを巻いている、整った眉は意思の強さを誇示するように凛々しいものだ、その全てが自分のモノとして扱える事に満足して頭に手を乗せてお道化て見せる、凛々しい佇まいが見事に崩壊する。


やや掠れた大人びた声は耳心地が良い、少しだけ疲労を潜ませた気だるげな声だ、女性特有の倦怠感とも言えば良いのだろうか?全てに絶望してそれでも歩かないといけない死臭を感じさせる声、これも俺のモノだ。


毬果(松かさ)文様を刺繍した異国感漂うギャザースカート、刺繍が施されたベールは様々な色合いを含んでいて鮮やかな美しさだ、銀色の髪がソレに映える………フフ、姿も声も心も奪った、後は魂だけだぜェ、早くお前と再会したい。


坐五(ざい)よ、お前の遺伝子は俺の玩具だ、こうやって全てを模倣して奪う事でお前は俺に近付いてお前は俺に近付く、こいつの身体能力は化け物だ、隙が無い、過酷な熱帯雨林の環境もこの体を使う事で乗り越える事が出来る。


「さぁて、この先か」


熱帯雨林とジャングルは別物だ、日射量が多い場合はジャングルと呼ばれる環境になる、低木や蔓植物が豊富に生い茂り中を歩く事が困難な植生となる、それと比較したらまだ熱帯雨林はマシだと言える、この体もある事だしな。


森林を抜ける、空気が入れ替わる、体に纏わり付いていた嫌な湿気が何処かへと消えてゆく、瞼を瞬かせる、太陽の光は久しぶりだ、細胞は喜んでいるが目に痛い、ここでいきなり襲われたら死ぬな、思わず苦笑してしまう、目が馴染むまで待つ。


体には罅を纏わせている、、いつ襲われてもこの罅が敵を侵食して俺を守ってくれる、エルフライダーの能力も素晴らしいが他の天命職の能力も素晴らしい…………罅師(ひびし)の能力、一度はこの能力にエルフライダーは完敗した、苦い記憶。


罅師、それが坐五に与えられた職業、坐五の『罅』はあらゆる物質を透過して粉砕する、それが鉄だろうが魔力を帯びたものだろうがオリハルコンだろうが無論関係無い、能力に多様性もあり成長性もある、俺なりに坐五とは違う方向性で開発したい。


「―――――――――お前がここのボスか?幹部さん?」


馬鹿にしていたわけでは無い、能力を纏わせる事で相手の出方を待った、視力が回復するまでの時間稼ぎだ、だけど相手は何もしてこなかった、罅を高密度で纏わせて隙間を無くす、魔法だろうが能力だろうがこの罅を抜ける事は出来ない。


気配が濃厚で強い、熱帯雨林を抜けた先にあったのは広大な草原、植丈の高い草原が無限に広がっている光景は見るだけで圧倒される、その中に乾燥した地域に適したバオバブの樹木が己を誇示するように天に向かって伸びている。


幹の部分が徳利のような形をした個性的な樹木、その珍しい形状と特殊な成り立ちは多くの学者を夢中にさせて来た、年輪が存在しないので樹齢を知る事が出来ないのだが近年では特殊な方法で樹齢を調べる事が出来るようになったらしい。


そのバオバブの樹木を背にして一人の少女が佇んでいる、こちらを見詰める瞳には妙な熱がある、俺の事を知っているの?魔王軍の元幹部に知り合いなんかいるわけねぇしな、襲い掛かって来る気配も無い、容姿は少女のソレだが化け物である事は違いない。


周囲に死体が山積みになっている、死臭、さわやかな空気を一掃するその臭気に顔を歪ませる。


「エルフライダー君、成程成程、勇魔の言葉通りにここに来たか」


「勇魔?」


意思の疎通は可能だ、強力な魔力の気配が無ければ人間の少女と同じだ、高位な魔族は人間に近い姿だと聞いた事があるが人間そのものの姿には驚きを隠せない、羽やら尻尾やらあれば問答無用で襲い掛かれるんだけどな、人間って勝手な生き物だな。


彼女の姿を観察する、トップスの内首の根元の部分に帽子となるフードが付随している、北の民族が好んで着る服だ、動物の毛皮で作るソレはパルカと呼ばれ他の地域では高値で買い取りをされている、グロリアもパジャマ代わりに着てて可愛かったな。


腹にあるポケットに両手を突っ込んでいて実に自然体だ、気負いも何も感じない、脅威と思われてないのだろうか?あの過酷な環境の熱帯雨林を抜けて多くの魔物を倒したのにまったく相手にされていない?腹は立たない、それだけ相手が脅威って事だ。


「そうだ、君の到来は事前に知っていた、主である魔王が滅んだ事で一応はアレが主なのさ、どうした?そんなに緊張して」


年齢は人間で言えば10歳程度、高位な魔物は人間の姿をした者が多くより高位になると幼い姿をした者が多い、幼い人間の姿はあらゆる意味で都合が良い、何より対峙する相手から様々なモノを奪う、流石に子供に対して殺意を維持するのは難しい。


その幼い体にしては大きめのパルカ、ブカブカで持て余している感が半端無い……あまりに大きいソレのせいで下半身も隠れてしまっている、畳の材料にもなるイグサを編んだ畳表草履は故郷で見慣れたモノだ、こいつ本当に魔王軍の元幹部かよ?


疑いたいけど疑えない、対峙しているとわかる、まるで本気のグロリアを前にしているようだ、それだけグロリアが異常って事なのか?苦笑する。


「お、お前……強いな、フフ、坐五の姿と精神を模倣して良かったぜ、じゃないとションベンちびってらァ」


「ああ、他の天命職の遺伝子を盗んだのか、成程、勇魔に近い特性と能力、種を統べるに相応しい器だ」


幼い声なのに妙な威厳がある、敵対しているのに諭しているような声音だ、葵の花のように灰色が混じった明るい紫色の瞳が俺を見詰めている、葵色(あおいいろ)の瞳を見ていると敵対しているのか会話を楽しんでいるのかわからなくなる。


「種を統べる?なんだソレ」


「勇魔は人間の英雄である勇者の資質と魔物の首領である魔王の資質を併せ持った存在だ、人間と魔物は勇魔に支配される為に存在している」


「極端な話だぜ、聞いててムカつく」


「そしてお前もだ、流石は勇魔に愛された存在なだけはある、お前はエルフを支配する、エルフに関わる全ての種を支配する」


「へえ、胡散臭いぜ、新手の宗教の勧誘か?」


「知っているか?エルフの祖先を辿れば妖精に辿り着く、そして妖精は神々から誕生した子供と言われている、自分が統べるモノの大きさを知れ」


「大きさ?」


「意思の無い神々と呼ばれる巨大な力を操る指針となる存在、それがエルフライダーだ」


エルフの先祖が精霊でその先祖が神様?それを操るのが俺?こいつの言葉がまったく頭に入って来ない、それは情報があまりに偏っていて極端なモノだからだ、そもそも意思の無い神々って何だよ?そいつを操るのが俺?


神々、一番最初に思いつくのはこの大陸を統べる至高神ルークレット、しかし意思が無いって言葉は当て嵌まらないだろう、こいつの意思で人間の職業は固定されてしまうのだからな!だけど微かな違和感もある、思い出せ。


『認識・職業を選択します……ビー……ビー……ビー…』


『決定……ビー…イダー……ライダー……ビー』


『決定・エルフライダー』


あの機械的な声、文明に触れた事の無い農民には理解出来なかったがアレは確かに機械的な存在だった、祟木やササの知識を得て初めてわかる、人間が生み出す機械と同じような存在、あそこに意思なんてあったか?


だけど職業が固定される事は事実だ、だとしたら巨大な運命を操作する力は確かに存在していてそれを決定付ける存在が機械的なモノって事か?その機械的なモノがエルフや妖精のご先祖様??だとしたら神の子供である天命職は何だ?


彼女は俺を試すように見詰めている、神と関係する存在、神の子孫である妖精とエルフ、神の子供である天命職、神に生み出された人工生物のシスター、あれ?全て俺に関わりがあるぞ、あれ、どうしてこんなにも繋がっている?


「あ、れ」


「そうだ、全ては繋がっている、勇者や魔王も神の魂から派生したモノ、お前がその眷属である私を欲しているのも全てを一つにする為だ」


「ど、どうして」


「エルフライダー、お前はこの世界に誕生したもう一つの神だ、地上に誕生した新たな神、天空にいるシステムは君に期待している」


「てん、くう?」


「ああ、勇魔はそれを利用して魂の復元を狙っているようだが……さぁて、裏切るかな」


クスクスクス、口元に手を置いて彼女は笑う、前髪で左目が隠れているので表情が読み取り難い、どうしてこいつはここまで俺に教えてくれるんだろう?でも一つ理解した、少しだけソレが嬉しい。


天命職もシスターも神から派生した、だったら俺とグロリアは生まれる前から姉弟のような存在だったって事だ、それだけが救いになる、今の言葉を聞いて一つだけ理解出来たのはその事実、俺に都合の良い事実。


彼女はゆっくりと手を広げて俺を誘うように笑う。


「勇魔の部下としての私もここまでなのさ、新たな魔王はもう誕生している―――そのお方の命令が勇魔の命令よりも優先される」


「魔王?」


「勇者は君の第一エルフとして取り込まれた、フフ、しかし魔王は違う、君と魂の回廊で共に成長した幼馴染を忘れたか?」


「し、しらねぇぜ!」


「団子三兄弟の真ん中だったと聞いたが?」


「しらんぜ?!」


「まあ、良い……彼女からの命令でな、勇魔の計画を崩す為に……私はお前に取り込まれるわけには行かないのさ、さあ、来い」


戦いの前にもう一度聞きてぇ。


団子三兄弟の真ん中って何だぜ!

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