第83話・『俺のササは俺が守るのでお前は死ね』

部屋に踏み入れた瞬間に空間が入れ替わるのを感じる、高度な魔法、今にして思えばソレを当然のように使っていた灰色狐はかなりの実力を持っていたんだな。


グロリアと俺を離す為の仕掛けか?だったら無駄だぜ、ふふ、何故ならグロリアはチッパイ中毒者になってしまってそのせいで屋上を目指して爆走中だ、そもそも置いて行かれている。


体に纏わり付く様な湿気と泥濘で滑る足元、別の土地に転移させられたのか塔の中に造られた空間に転移させられたのか判断に悩む、ファルシオンの柄を握り締めて気を引き締める。


「しかし、一人っきりとは辛いぜ」


「うぅ、な、ナメクジの味はシジミ味ィ」


首から生えたササが蒼褪めた表情をしながら呟く、グロリアと食べる前に味見だけしとこうと火を通して食べてみた、絶叫して泡を吹いているササの味覚と俺の味覚をリンクさせたのだが最後まで泣きながら懇願していた。


その姿があまりに滑稽で卑屈だったので最初は許してやろうと思ったがもっと面白いリアクションを見たくなったのでついつい虐めてしまった、天才錬金術師がナメクジ一つに大袈裟な、人間を切り刻んで研究していたんだろう?


熱帯雨林、様々な所に足を運んだがまだ足を踏み入れていない土地、それがまさか魔法によって引き込まれ事になろうとは思わなかった、多くの植物が地面を覆っている、植物の半分以上が樹木なので視界を全て隠してしまう。


「こっちに強い気配を感じるな、もしかして魔王軍の元幹部か?妖精の力ありがてぇ」


「本人にも言ってあげたら如何ですか?」


「ユルラゥ便利アイテムみたいで助かるわマジ」


「ごめんなさい、他意は無かったんです」


取り込んだ当初は俺を神と崇めるだけの狂信的な一部だったが最近のササは他の一部に対して気遣いをしたりする、ずっと一人で生きて来て心許せる友もいなかったのだ、肉体と精神で繋がった他の一部は唯一自分と同等に扱える存在なのだろう。


俺は目利きだからな、取り込んだ一部は全てササと同じく優秀だ、それぞれ何かに特化している、しかしササにその仲間を与えてやったのは俺だ、それなのに俺を差し置いてユルラゥにお礼を言えだと?駄目だな、腹が立つ、私だったら既に具現化した両目を細い指で抉っている。


ササに対して感じているこの感情、自分でもコントロール出来ない不可解な感情、泥濘に足を取られ無いようにしながら先を急ぐ、木の根の表面に苔が生えていて良く滑る、神経を使いながらも神経がささくれ立つ、過敏になっている、具現化したササに対して!


俺が教えたわけじゃねぇのに他の一部如きに優しさを見せやがって、お前の本体は俺なのにな、ああ、腹立たしい、やっぱりこいつは世間知らずの世捨て人、気遣いの仕方を間違っている、そうか、俺は嫉妬しているのか、こんなゴミのような一部がゴミのような一部を労ったから。


俺よりもユルラゥを優先しやがったから――――クロカナを思い出す、クロカナ?だぁれだぁ、んふふふふ、キョウ、ササにお仕置きしないと?ササまでキョウから逃げちゃうよォ。


ササまでキョウを裏切るよねェ、去勢だァ、ンフフ。


「ササ」


「神様?どうなされましたか?お心に悲しみが………」


テメェのせいだ。


熱帯雨林の樹木は特別だ、その特別な樹木は垂直に4~6層の層構造をしている、それによって空間のほぼ全てが樹木に覆われる形となって視界を奪っているのだ、魔物の気配もそこら中に感じるな、しかし苛立ちはそんな所にありはしない。


最上段にはずば抜けて高い樹木が密集している、祟木やササの知識を読み込む……超高木層と呼ばれる密集地だ、その少し下に樹木の枝葉が密集した層がある、樹冠と呼ばれる層だ、樹冠は幹や茎から成長した枝や葉が密集する事で構成される。


ここまで大々的なモノは見た事が無いが実家でも小規模のモノは見た事がある、樹冠の形は安定しておらず変化しやすい、円錐形や球形のモノが多いのも特徴の一つだ、その特徴もまた千差万別で幅や高さは勿論の事、表面積や体積、そして密度でも特徴付けが出来る。


また樹冠を観察して分析する事で植物の健康状態や成長性を予測する事が可能だ、樹冠は樹木を構成する部分としても優秀な機能を多数持っている、太陽光の吸収、呼吸する事で体外に不必要なエネルギーを放出、蒸散による水分の循環機能、実に素晴らしい。


一部を持つ者としてその機能美を称賛する、樹冠の枝によって葉を効率的に展開させる事が可能となっている、それによって水分や栄養素を全体に届ける事が出来るのだ、さらに光合成産物まで運ぶのだから多種多様の機能を保有していると言っても良い、羨ましい。


ササは俺を不快にさせるだけなのに、この知識の一部もササのものだと思うと苛立ちがより募る、こんなゴミのような一部にどうして俺が嫉妬しなければならない?俺を動揺させて良いのはグロリアと私だけ、んふふ、一部風情とは立場が違うんだよォ。


表面には出れないけど心の表層は操れるねェ、グロリアと会わせる為の前段階で封印を少し緩めたのはまずかったかなァ、でもでも、こうしてキョウの心の表層でお喋り出来て凄くうれしいよォ、どうするゥ?ササったら少し生意気なんじゃないかなァ。


最近、調子に乗ってるよこの娘ォ、クロカナみたいになっちゃうよ?可愛い可愛い私のキョウにアドバイス、少し調教しあげようねェ?わかるでしょう?ンフフフ、尻軽はねェ、お尻を叩いて沢山腫らしてお尻を重くしないとォ、そしたら逃げられないからねェ。


ンフフ、キョウゥゥ、ほぉら。


「ササのせいだ」


「え、あ、あの、申し訳―――」


「理由を聞かずに謝るって事は理由なんて知らなくても適当に謝っておけば良いって事か?」


首に具現化させたゴミを強制的に吐き出す、人一人分のエネルギーを排出するのに激痛と倦怠感は付き物だ、祟木辺りなら具現化させるのに疲労は無いがササは強力な一部だ、クロリアとほぼ同等の疲労感、あはは、吐き出す、お前なんかゴミだから吐き出す。


精神は繋がったままだ、俺の侮蔑の言葉も吐き出した理由も全て伝わっている……俺はどうしてしまったんだ?私は封じたはずなのにこうも心が安定しない、壊れかけた精神はずっと永遠にこのままなのか?病的な癇癪、グロリアはこんな俺でも愛してくれるの?


だぁいじょうぶ、私がいるよキョウ、だからそんな無駄な思考をしていないでェ、ダメな一部にお仕置きだァ♪


「あはァ」


「か、みさま」


泥濘の上に落ちたササは生まれたての小鹿のように足を震わせている、立てないわけでは無い、体を引き剥がされる際に感じた俺の心に震撼しているのだ、お前が勝手に家族ごっこしたいのはどうでも良い事なんだぜ、だけど俺より他の一部を優先しやがったな。


あいつのように、俺より誰かを優先しやがった、殺してやる、俺から俺を奪う奴は殺す。


「も、申し訳ございません、申し訳ございません、申し訳ございません」


虚無感を抱きながらゴミを見下す、涙で濡れた丸みを帯びた大きな瞳は様々な魔眼を溶かして一つにしたもので黒目の部分は円状に虹色の色彩になっている、石化を基本として様々な能力を有する超常の瞳は滑稽な程に涙に濡れて細められている。


研究に明け暮れていたせいで肌の色は白色だ………研究で若さを保っていたらしくマシュマロのような柔らかな肌、小さな鼻と色素の薄い唇は人形のようで本人はあまり好きでは無いらしい、しかし本人の本体である俺は大好きだ、殴っても殴っても殴っても良いのだから。


「ササ、俺がどうしてお前を吐き出したかわかるか?それはお前が子供達を実験材料にしてたゴミでクズで間抜けだからだ、俺の一部でも最低な部分、この腹の中にある糞のように汚らしい一部」


「ああ、うあ、そ、うです」


「なのに俺より他の一部を優先しやがった」


「わ、私、神様を傷付けた?あ、ァァ、ァァアああああああああああああああああ」


傷付けた?何を言ってるのこの娘ォ、キョウ?どうしたの?こんなゴミの言葉に体を震わせて、ゴミのような汚らしい一部であるのに私を俺を傷付けた何て自分の立場がわかっていないようだよねェ、お前みたいなゴミがキョウを傷付けられるものか、キョウの心に影響を与えれるのは私だけ。


キョウ?どうして虐めないの?このゴミの両目を抉ろうよ、何回も抉ったからやり方はわかっているはずだよ?生理的な嫌悪感ならもう無くなっているはずだよね、んふふ、瞳を抉るって行為は処女膜を破る行為をより激しく情熱的にしたようで楽しいねェ、しかも二つもあるもんね!


お得だねキョウ!


「うるさい」


「かみ、さま」


「―――うるさい私、ササ、俺を傷付けた事を心配しているのか?」


眩暈がする、だけどササの声は聞こえる、お気に入りの一部、ゴミでは無い、罪深い一部ではあるが俺にはもう関係無い、ずっとこいつと生きて行くのだから関係無い、俺の一部は全て俺の美しい部分、俺が心の底から美しいと思った俺の一部。


髪の色は若芽色(わかめいろ)で植物の新芽を連想させる初々しくも鮮やかな色をしている、それをお団子にしてシニヨンヘアーにしている、研究に邪魔にならない程度のお洒落、研究は大好きだが女性である事を否定するつもりは無いらしい、小憎たらしく愛らしい。


研究しか知らなかった少女、他の一部を仲間として認め俺の事を誰よりも愛してくれる、俺にこのような仕打ちをされても不服では無く愛情で応える、俺の憎しみよりも傷つけてしまった現実に涙して身を案じる、そうだ、ゴミじゃねぇ、こいつはゴミじゃねぇだろ?


頭痛と眩暈が消えてゆく。


「私のせいです、神様、ど、どうすればお心を」


「抱いてくれ、私の干渉が酷い、俺のササ」


「おれ、の?」


「そうだ、私のものじゃねぇ、俺のササだろ?違ったか?」


「い、いいえ、いいえ!お言葉のままにっ!御心のままに!」


主人を言葉で傷付けたからって泣くバカがいるかよ。


バーカ―――――――――ササに言ったんじゃねぇぜ?


お前だよ、なあ、私よ。


ササを虐めるな。


俺のササだぞ。

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