閑話86・『嫉妬する価値の無い女の子に嫉妬する価値』

キョウちゃんに命令されるのは至上の喜びだ、それがどれだけ下卑た命令でもキョウちゃんの口から発せられると僕は喜びで打ち震える。


賢者として培った技術も知識も少し前まで農民だった少年の命令のままに捧げる、彼は僕の本体で僕は彼の末端の部分、命令があれば従うのは当たり前。


だけどこのような状況は流石に困る、鏡台(かがみだい)に映し出された自分の姿を見て溜息を吐き出す、大きな鏡面が特徴的なアンティークドレッサー、少し見ただけで高級品だとわかる。


「ねえ、影不意、早くお化粧してェ」


「ああ、ううん、ごめんね………少し現状確認してた」


「げんじょーかくにん?」


「何でも無いよ、少しね」


僕の事を呼び捨てにするキョウちゃん、斬新的だね、わかっているのに少しだけ皮肉を心の中でポツリと呟く、彼女はキョウちゃんのもう一つの人格、いや、人格と言うよりは生理的に切り替わる感情のようなもの。


粘度を感じさせる甘い声、少女の愛らしさを濃縮したような人を惑わす魔性の声、それなのに僅かに腐臭がする………怪しく恐ろしい少女の声に僕は再度溜息を吐き出す、お化粧がしたいのォ、彼女はそう言って僕を召喚した。


キョウちゃんの想い人とは別々の部屋に宿泊しているようだ、同じ部屋に宿泊する事も多いので迂闊に自分からは転移出来ない、しかしキョウちゃんの都合に合わせて召喚される事はある、しかし何時ものキョウちゃんでは無い。


何時もの僕のキョウちゃんでは無い、少なからずショックを受けている、情報は勿論知っていたし精神は繋がっているのだ、しかし実際に目にすると何とも言えない奇妙な感覚に襲われる、僕のキョウちゃんでは無い、僕の大好きなキョウちゃんでは無い。


僕の尊厳を根こそぎ奪ってミミズと称して侮蔑した愛する男の子じゃない。


「なによォ、影不意はお化粧に詳しいって知ってるんだからねェ、ササや祟木も詳しいようだけどササは空回りしそうだし祟木は何だか苦手ェ」


「そう、どんな風にすれば良い?」


「大人っぽく!」


「抽象的だね、やってみようか」


「うん!」


おかしな命令をされるより幾らかはマシかな?ササや祟木と一括りにされる事が多いけどあそこまでド天然でも無いしあそこまで覇王でも無い、知識量が多いってだけで一括りにするキョウちゃんに少し不満を覚える。


お化粧は好きだ、しかし他人にするのは面倒だ、だけどキョウちゃんは他人では無い、何とかこの場から逃げ出そうと都合の良い逃げ道を探すが全て自分自身に容易く論破される、俯瞰で物事を見る癖が疎ましい、自分自身を嫌いになりそうだ。


そうだ、僕は昔から自分が好きでは無かった、何も無い自分自身が疎ましくて仕方無かった、化粧の仕方は自己流だがキョウちゃんもそんなに詳しく無いようだし不満も無いだろう、自分が持って来たお化粧道具を広げながら鏡に映し出された自分を見る。


「影不意は何時もはお化粧して無いよねェ」


「元が良いからね」


鏡に映っ自分の姿、虚空の様に何も映さない瞳が特徴的だ、海緑石のような灰緑色の潤んだ瞳、目尻に涙が溜まっていて眠そうだ。


客観的に自分を見るとこうもだらしが無いのかと苦笑する、何時ものキョウちゃんはそんな僕の眠たそうな顔が好きらしい、少しマニアックだよねと苦笑する。


肌は日の光を知らないのかと問いたくなる程に青白い、少し透けて見える血管もガラスの繊維の様に頼りなく思える、今ではキョウちゃんも同じような肌になってしまった、前は褐色だったのにね。


耳に僅かに髪が触れる程度のナチュラルなショートヘアがお気に入り、目線より僅かに上の自然に流した前髪もこだわりだ、中性的な容姿に中性的な髪型、あまり女の子女の子したお洒落は恥ずかしい。


「キョウも影不意の事が好きだよねェ、私も好きだけどキョウはもっと好きみたいだよォ?」


「へえ、嬉しいね」


「むぅ、私のキョウが好きって言ってるんだからもっと喜びなさいよねェ!」


「ふーん」


「?影不意?」


私のねェ、独占欲を感じさせる物言い、貴方たちは一人の人間なのにどうして自分をそこまで差別化するの?愛らしい少女の姿で頬を膨らませるキョウちゃんを冷たく見下ろす、まるで自分の宝物を土足で踏まれているような不快感。


自分自身でも意外な感情、初期の段階で取り込まれた僕は最初のキョウちゃんに対する忠誠心が高い?……彼女の気紛れで自由な振る舞いを見ていると腹立たしく思える、僕にも貴方と同じように醜い感情があるんだよ?それなのに僕に甘えて。


キョウちゃんは貴方のモノでは無い、キョウちゃんは貴方自身、そして僕はキョウちゃんの一部、貴方にこうして使役されるのも貴方がキョウちゃんの別の顔に過ぎないから、他人だったらここまでの事をして上げるはずが無い。


「嫉妬してるのォ?」


「どうしてそんな事を言うのかな?僕にキョウちゃんが取られると思っているの?」


チークは肌色に馴染む色を選ぶ、丸く入れてしまと童顔が強調されて大人っぽくならない、キョウちゃんはクロリアの影響で実年齢よりかなり幼く見えるのでそこは神経質になる。


こめかみから頬のラインに向かってやや斜めに柔らかく塗るようにする……………キョウちゃんは瞼を閉じて大人しくしている、嫉妬しているのかと問われても正直に答えてはあげない、貴方なんかいなくなって、何時ものキョウちゃんに戻して。


僕を蚯蚓(みみず)扱いして無邪気に笑う壊れた男の子、その子の為に身を捩じらせる事は屈辱でも何でも無い、しかし彼女にこんな風に使われるのは屈辱的だ。


「出来たよ」


「わぁ、可愛い?」


「可愛いでは無く綺麗かな?」


アイシャドウは気持ち控えめにして涙袋を強調した、自分自身幼い容姿なのであまり無理に大人びた化粧はしない……今回のキョウちゃんのコレも少し背伸びしましたって感じで良いと思う。


口ではこう言っているがやはり綺麗では無く可愛いと思う、自分のスキルの不甲斐無さを嘆けば良いのかな、役目を終えた安堵で少し気が抜ける、だから問い掛けたのかも?


どうでも良い質問を。


「誰に見せるの?」


「キョウにだよォ、あっ」


見せられるわけが無い、貴方は貴方でしょう、愚かな女の子。


落ち込む彼女の表情を見てざまあみろと思う反面、大好きなキョウちゃんの横顔に重なってしまう。


「…………魔法で今の姿を念写しようか?」


「ホントォ!?キョウに見せられる?」


どうして君がキョウちゃんなのだろうか。


自分自身を取り合う惨めな恋敵に過ぎないのに。

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