閑話84・『グロリアを殺して良いよねェ』
封印した所で意味は無い、クロリアの巨大過ぎる力は唯一『私』を封印出来る。
湖畔の近くにあったあの街、思い出の街、二人で色んな事をした、一人で色んな事をした、私と俺は幸せだった。
クロリアは甘いですよねと俺の方を見詰めて言った、そうか?困ったように笑う俺を見てクロリアも決心したようだ、思い出の街は灰色に染まっている、
美しかった夏の光景は廃れた冬景色へと変化している、俺の心象風景では無い……私の今の心を表現しているのだろう?空から降り注ぐのは白い雪では無く灰色の何か。
灰か?手に取っても風に吹かれて消えてしまう、ここから先は一人で良いと口にするとクロリアは呆気無く姿を消す、俺と私の関係を誰よりも理解してくれている、さて、何処にいる?
「キョウ」
声を出す、しかし返事は無い、街の周りを囲む山々を見て溜息、この街に封印されている事は確かだが場所までは聞いていなかった、クロリアの態度から察するに俺を憎んでいる可能性もある。
自分自身を憎むか、自己憎悪、それならまだ対処の仕方がある、自分自身を憎むのは昔から得意だった、この世界では忘れられた過去も少しは認識出来る……………クロカナ、アク、その度に自分を憎悪した。
エルフライダーである自分自身を消してしまいたいと思った、だけど全て忘れてこんな風に今も生きている、全て忘れたから『私』にこんな酷い行いをしている……俺自身を誰よりも愛してくれる存在なのに。
「キョウ、怒ってるよな?………いきなり封じて、こんな場所で一人にして」
俺とキョウは一人の人間、しかし自我を得た彼女は俺の知らない事を知っているし俺が考えない事を考える、グロリアから俺を奪おうと策略したのもその為だ、奪うも何も俺はお前なのに矛盾している。
涼しげな青い湖面、その周りを囲むような小さな建物が幾つも並んでいる、風光明媚な街、自然と人工が仲良く調和した街並みは灰色に覆われてかつての輝きを失っている、この灰はキョウの涙だ、降り注ぐだけ降り注いで誰にも触らせない。
風に消える灰を見ていると彼女の気高さに心が震える………誰にも弱さを見せない姿勢、俺にだけその姿を見せてくれた、自分自身にだけ、俺はその信頼を裏切ってしまった、簡単に言えばキョウよりもグロリアを優先してしまった。
「返事はしねぇのに降り注ぐ灰の量は増えるってか」
カラフルな色彩と古びた木組みで構成された建物の間を縫う様に歩く、何処にキョウが隠れているのかわからないから一つ一つ確認していくしか無い、街の中にある葡萄畑とオリーブ畑、すっかり枯れ果てて色を失っている。
何度この街に足を運んだだろう、一時期は毎日のように来ていた、そして優しい抱擁とグロリアを敵視する教育を同時に受けた、どうしてそこまでグロリアを嫌うのか理解出来なかった、キョウ曰くグロリアは俺達の事を手駒程度にしか見ていないらしい。
それでも俺は受け入れる、好きな女が自分を利用して夢を叶えようとしているんだぜ、それを受け入れてやらねぇで何が男だ、俺にもドラゴンライダーになるって夢がある、だから簡単に受け入れられるのか?それは違う、きっと俺が男だからだ。
しかし女寄りのキョウは同性故にグロリアを敵視する、同性故に自分から俺を奪うのでは無いかと不安になる、それが全ての原因だ、それを理解していながら結局は俺自身の問題だからどうにかなるだろうと相手をして来なかったのが悪かった。
「ここ、か」
街の中心に空間が切り抜かれたような奇妙な場所がある、景色が罅割れている……硝子に広がる罅のように何も無い空間が罅割れている、罅割れた部分を触れようとしても擦りぬける、その中心にある黒い穴、誘い込むように開いている。
現実的な世界観が崩壊する、結局は俺の心の中なんだなと認識すると少し気分が落ち着く、俺一人がギリギリ入れそうな黒い穴、いや、俺が一人ギリギリ入れるように調整したのか?歓迎されているのか罠に誘い込んでいるのかわからねぇな。
苦笑して足を踏み入れる、景色は一転する、水の中に投げ込まれる感覚、呼吸に支障は無い、水の中なのに体に纏わり付く圧力を感じない、水の中にある洞窟は俺から酸素も何も奪わずに景色としてそこにあるだけ、違和感に首を傾げる。
夢見物語、なのに少しだけ塩の味がする、ここは海の中にある洞窟なのか?泳ぐわけでも無く海底を歩いて進む、海水の浸食によって出来た洞窟、海蝕洞の一種だろう、太陽の光が差し込んでいるが水面に浮く事は出来ない、だったら海底を歩くだけだ。
洞窟内部の海面に太陽の光が差し込む事で反射している、それが神秘的に青く輝いているのか?暫く進むとキョウの気配を感じる、海の底に封印された半身の気配に少しだけ緊張する、俺は自分自身が嫌いだ、だからキョウがその想いを読み取って口汚く罵っても仕方ない。
「キョウ、ここにいたのか」
「…………」
海底、蒼の景色に囲まれて彼女はそこに佇んでいた、成程、水面に浮かぶ事が出来ない幻の海、ここなら脱出する事は不可能だ、背中を向けていたキョウがゆっくりと振り向く、勿論、この景色は全て幻なので振り向く所作も軽やかだ。
封印されている事を感じさせない鮮やかなステップ、キョウは何一つ変わっていない、視線が交わる、逸らす事はしない、笑顔だ、キョウはあの日から変わっていない、それを実感すると悲しくなる、俺の事を恨んでいないのだ。
「キョウ!会いに来てくれたんだ!グロリアに邪魔されなかったの?」
勘違いでは無い、キョウの中では全てグロリアのせいだ、確かに事実だけを見ればグロリアの為にキョウをここに封印した、これ以上グロリアに冷たくする事を許せなかった、そして何より俺自身がそれを行う事が苦しかった。
キョウが勢い良く俺に抱き着いて来る、まだ子供と言っても良い年齢なのに妙な色気がある、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白、グロリアや俺と同じ修道服、なのに純白では無く灰色に思えてしまう。
白でも黒でも無いキョウ、ベールの下から見える金糸と銀糸に塗れた美しい髪……太陽の光を鮮やかに反射する二重色、黄金と白銀が夜空の星のようにキラキラと煌めいている、それを撫でようとして止める、その資格は今の俺には無い。
「違う、お前をここに封じてるのは俺なんだ、クロリアに命じてな」
「そーだよぉ、知ってるよ、グロリアの為でしょう?だったらキョウは悪く無いもん」
「………お前」
「私も俺も悪く無い、悪いのは私と俺以外の他人でしょう?グロリアは私達を利用する悪魔だもん、キョウはそいつに騙されているんだよォ?」
瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている、俺と同じ色彩の瞳には怒りや憎しみのような負の感情は存在しない。
あるのは自分自身に対する異様なまでの愛情、俺が俺自身を愛する為に生み出した存在、グロリアを口汚く罵りながら俺を抱擁する、かつてはこの教育を素直に受け入れた、しかし今はそれを否定する、ごめんな、全部俺の都合で。
「騙されてねぇよ、俺がお前を封じてるんだ、グロリアは悪く無い」
「あはぁ、キョウがそう思うならそう思ってて、でも私はあの女が大嫌い」
粘度のある蜂蜜のような甘い声、キョウの言葉は甘さの中に棘がある、グロリアの件で説得するのは不可能だ。
だから俺はお願いをする。
「だったらさ、お前を開放してやるからさ、その憎しみを全てグロリアにぶつけろよ」
「あ、え」
「駄目か?」
「ううん!良いのぉ、グロリア殺して良いのォ?!嬉しい、やっぱりキョウと私だけで良いんだよォ、キョウもわかってくれたんだねェ!んふふ、あはは、あははははは」
そう、お前の全てをグロリアにぶつけてみろ、そして絶望しろ。
それでも俺はお前が大嫌いで大好きなんだから。
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