閑話82・『授乳』

グロリアは俺の憧れだ、あの狭苦しい村から俺を連れ出してくれた。


世の中の事を何でも知っているし頭も良い、見た目は完璧過ぎるほどに完璧で今でも向かい合うと緊張する。


性格は冷酷で冷徹だが懐に一度入れた者に対しては深い慈愛を持って接する、腹黒い一面ばかり目立つがシスターらしい清純さも持ち合わせている。


色々な場所を一緒に旅をして来たがグロリアが焦った姿をほぼ見た事が無い、どのような魔物や敵に遭遇しても涼しい顔で蹴散らしてしまう、俺はその背中を見続けている。


凜とした背筋、本人の内面を表すような歪みの無い背筋、研ぎ澄まされた刀のように美しく野に咲く一輪の花のように儚げだ、矛盾した魅力を二つとも同時に内包している。


肌は白磁を思わせる白さで見る者が狼狽える程に透き通っている、冬場の水面を連想させる一切の澱みの無い透き通った肌、触れる事も見る事も戸惑いを感じる神聖な美しさ、シミなんてあろうはずが無い。


「ぐ、ぐろりあ」


「んー?」


銀色の髪は一面の雪景色を連想させる、太陽の光を受けて輝いている雪のようだ、艶やかな髪質、風に吹かれると細い髪が宙に踊る……まるで清流のように揺らめくソレを見詰めた事は一度や二度では無い。


表情は基本的に無表情だが俺と出会ってからは様々な表情をするようになった、一番多いのは困り顔だろうか?グロリアは何だかんだで俺に甘いので頼み込めば大体の事を聞いてくれる、その際に本当に仕方が無いと呆れたように微笑む。


まるで人形のように計算されて整った顔が人間らしい表情をする時はつい見惚れてしまう、造形物と生命の二つの美しさ、人工生命体であるグロリアはその二つの美しさを持っている、くるんと上向きになった睫毛も綺麗に整った眉毛も美しい。


唇は淡いピンク色でいつも自然と潤っている、色素の薄いグロリアだが唇の色は妙に生々しくてつい見てしまう、サクランボを思わせる愛らしい色合い、整った白い歯が俺の皮膚に噛み付く、唇を噛んで声を押し殺す、この宿の壁は薄い、薄いのだ。


昨晩クレームがあったからな、髪を撫でてやりながらグロリアの小さな頭を抱えるように抱き締める、壁を背もたれ代わりにして体を少し捻る、今のグロリアは普段のグロリアでは無いのだ、甘えん坊で容赦が無い、俺の荒い呼吸など気にしていない。


「か、噛むのは痛いから」


「―――――――――」


無視、もしくは聞いていない、粗末な部屋にしては気配りが素晴らしい、粘土を捏ねて焼いた皿の上に油を注いで一本の灯心を置いている、灯った火がユラユラと揺れる、もどかしさに俺が体を捻る度に小馬鹿にするように火が揺れる。


あの一件からグロリアはおかしくなった、私の影響で少し冷たい時期があったのは確かだ、しかしそれが原因とも思えない、極端に言えばコレはグロリアの性癖なのだろうと納得する、納得はしても男としての根底が揺るがされている事には変わり無い。


食事を終えて風呂に入りさあ就寝、今まではそれで良かった、しかし今のグロリアの習慣には新たに付け加えられた事がある、それが今の営み、いつもは頼りになるグロリアがゴロゴロと喉を鳴らせて猫のように俺に甘えている、父性では無く母性が疼く。


グロリアには両親がいないもんな、全てを肯定的に受け止めてしまう、本当はここまでされるのは嫌だ、まだ嫌なのだ、だけどグロリアが俺に甘えるに理由を探しだしては簡単に服を脱いでしまう、グロリアは俺の煽り方を完全に学習してしまったのだ。


「あぁ、美味しいです」


「あ、汗の味だから、で、でも、ふ、風呂には入ったし」


「キョウさんの味です、言い直して」


「お、俺の味?」


命令される、自分の乳首の上をピンク色の舌が這う度に意識が遠くなる、どうして乳を揉まれて舐められた挙句に命令されなきゃならんのだ、男としての自尊心が必死に抵抗している、無駄な抵抗とわかっているけど止められない。


最近は服に擦れて痛いのでサラシを巻いている、グロリアに形が悪くなるから止めてちゃんとしたモノを買いましょうと言われたが別に形が悪くなろうが構わない、そもそも男なのに胸が膨らむ事が異常なのだから……その異常をサラシで隠している。


グロリアは幼少期に甘えられなかった存在しない母親への屈折した感情を俺にぶつけている、何度も何度も乳首を転がして甘えるように顔を擦り付ける、端正なグロリアの顔が俺の小さな胸に擦り付けられるのを見ていると股間がムズムズする……しかし解消の仕方がわからん。


この行為の後にグロリアは妙にスッキリとした顔で眠る、後光が差す程にスッキリとした煩悩の欠片も無い表情、それとは反対に俺は夜遅くまで火照りを冷ます為に眠れない、この疼きの止め方がわからないので黙ってソレが過ぎるのを待つだけ、辛い。


「ぐ、グロリアは甘えん坊だな、そんなに舐めても噛んでも何も出ないぜ」


少し残念な気持ちになるのは何故だろう?母乳が出たとしてグロリアが喜ぶとは限らない、そもそもそんな事になったら完全に男としての機能を失ってしまう、危うい自分の思考に戦々恐々とする、私の汚染が進み過ぎて頭が狂って来たか?シーツの皺が広がる。


オレンジ色の光の中でグロリアに貪られる、この行為を何度しただろうか?グロリアはこの行為を覚えてから毎夜のように求めて来る、普段は感情に乏しい瞳が子犬のように潤んで俺をジーッと見詰めるのだ、そしていつもの決め台詞、今晩どうですか?


その勢いに折れるように首を縦に振る、最初の内は風呂に入る時間すら与えて貰えなかった、必死に頼み込んでやっと許しを貰えた、風呂場に無断で侵入されて押し倒された際には流石に怒った、俺の胸は麻薬じゃない、しっかりしてくれよ。


「…………そんなに美味しい?いや、俺の胸なんかさ」


「美味しいに決まってるじゃないですか、乳首が小さいんですねェ」


「あ、あんま言うなし」


自分の体を冷静に観察されるのは照れる、しかもそれが大好きな女の子なのだ、前髪を手でかき上げながらグロリアの顔面に胸を押し付ける、こんなあるのか無いのかわからない胸で満足してくれるなら少しは救いがあるってものだ。


俺とグロリアの体を構成する遺伝子はほぼ同じ、だったら自分の胸で満足しとけと思うがそれは口に出さない、男としての自尊心より母性を優先している俺は既に壊れ切っている、ガラクタに等しい存在、グロリアが自分の子供のように愛しい。


誰にも甘えられず孤高に生きて来た、他者を惑わし支配して俺まで改造した張本人、なのに憎む気持ちは湧いて来ない、例え仮とは言えグロリアの母親なのだ、子を憎む親はいない、灰色狐や炎水も俺に対してこのような感情を抱いているのか?


「乳首が小さくて可愛いと言ったんですよ?勝手に悪い方向に捉え無いで下さいね」


「お、おう」


「フフ、キョウさんは良い匂いがします、安心します……もっと両腕で強く抱き締めて」


言われるがままにグロリアの小さな頭を抱き締める、サラサラと指の隙間から流れる銀髪の感触が手に嬉しい。


あんなに強くて美しいグロリアが俺に夢中になってくれている、俺の匂いを嗅いで幸せそうに甘えているのだ、否定出来ない。


「あぁ、落ち着く……このまま眠りたいです」


「いいよ、お休みグロリア」


二人で壊れるのなら何も怖くない。

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