第82話・『ナメクジ型の魔物を食おうかどうしようか、おえ』

白骨化した死体が層のように階段に折り重なっている、凹凸が多い骨は男性のモノだ、女性の骨よりも分厚いので区別は容易だ。


男として女性の白骨化した死体を見るのは我慢ならない、魔物の数が多くなって来た、死体を踏まない様にしながら敵を倒す事も出来るようになった。


粘液に塗れた大人程のサイズの魔物が鈍重な動きで階段を埋め尽くしている、グロリアは魔法で焼き払いながら剣で手早く処理してゆく、グロい、何だこの魔物。


「キモい、ナメクジの化け物じゃねぇか!オスもメスもねぇ魔物なんて御免だぜ」


「それをキョウさんが言いますか」


「何だよォ、後ろから魔物来てるぞ」


「知ってますよ」


剣術と居合は全くの別物、グロリアは状況に応じてそれを使い分けている、剣術は対象を攻撃するか対象からの攻撃を防御するかの二通りの選択がある、しかし居合いは防御を廃した特殊な戦法だ。


居合の初撃の速度は剣術のあらゆる技を凌ぐ、しかし威力に関して言えば剣術に置ける諸手には敵わない、片手で攻撃するのでどうしても威力に限界があるのだ……堅牢な装甲を持つ相手には分が悪い。


剣居一如、剣術と居合い、両方修める事が最適とされているが天賦の才能があっても容易な事では決して無い、グロリアはそれを当たり前のように使い分けている、本当にどんな人生を一人で送って来たのだろうか?どうしてこんな俺を好きになってくれた?


「不可解だぜ、このナメクジ、塩でも死なないぜ」


冗談で塩を撒いたが余計に元気になった、有肺亜綱の柄眼目に属してそうな姿なのに詐欺かよ、祟木の知識に感謝しながら粘液に塗れた口で噛み付いて来ようとする魔物の攻撃を避ける、動きは遅いが無限に溢れて来る。


四方からゆっくりと這い上がって来る魔物の群れに溜息、蝙蝠の魔物の群れはまだマシだったな、こいつ等は気持ち悪過ぎるぜ、グロリアは鼻歌をしながら先を進んでいる、オイオイ、俺を置いて行かないでくれよなあ、俺のオッパイはグロリアのモノなんだろ?


アフターケア頼むぜ、俺はこのナメクジ型の魔物の群れに恐怖を感じている、体力が無くなれば質量に押し潰されてしまう、しかしグロリアは違う、こいつ等がどれだけ溢れようが関係ないと軽々と斬り捨てながら螺旋階段を上がってゆく。


すげぇ。


ブヨブヨしたゼラチン質の体をファルシオンで引き裂く、肉の隙間から薄い楕円形の殻が見える、本来は海で生息していた魔物が陸生型に進化したのか?断末魔は無く二つに裂けた肉がゆっくりと地面に広がってゆく、仲間たちがゆったりとした動作でそれを捕食する。


「グロリアァ、置いてくのかよっ」


「ええ、お仲間と暫く楽しくやってなさい」


「グロリアだって胸がねぇからオスかメスかはっきりしねぇだろ!」


ひゅん、頬に何かが走る、グロリアは背中を向けたまま階段の先へと消えてゆく、投擲用の短剣が俺の頬を切り裂いたのだ、こえぇぇ、背後から何かが倒れる音、後ろを振り向くとナメクジ型の魔物が奇妙な泡を吹き出しながら地面に沈んでゆく。


短刀の一撃で?完全に殺し切るのは容易では無いのに、違和感を感じて死体を注意深く観察する、楕円形の殻に投擲用の短剣が深々と突き刺さっている、もしかしてこの部位が弱点なのか?グロリアが教えてく

「はい、そのぐらい自分で何とかして下さい、オスかメスかはっきりしない者同士、仲良くどうぞ」


れた?相変わらず俺には弱いな、甘やかすんじゃねぇぜ。


頬に流れる生暖かい血を乱暴に拭う、全体の色をコントロールするには俺の集中力が足りないしな、しかしこの楕円形の殻ぐらいなら色彩の武道家の能力で干渉出来る、宙を意識する、無色、空気のソレを操って楕円形の殻の色に重ねる、透明化、消え去れ。


「消えるな、よぉし」


知覚出来る範囲まで能力を広げる、妖精の力でこの魔物の気配を全て探る、そして色彩の武道家の能力で取り出した無色で殻の色を侵食する、音も無く消え去る魔物達、弱点を消し去られて本体も喪失する、塔に広がる自分の力を感じながらほくそ笑む。


妖精の力で知覚を限界まで広げて色彩の武道家の能力で対象の色をコントロールするのは実に良い、これは良い組み合わせだ、脳筋の二人だが能力の実用性は高くその幅は広い、ぎぁやぎゃあと不満を口にしているようだが俺の一部の多くは私の封印に力を入れている。


炎水は何かの目的の為か私に力を貸しているな、お前のような新参者に果たして何が出来る?シスターとして同じ精神と血肉を持つ俺に対して強い繋がりを持っている、クロリアは私を封印しながらも圧倒的な力で炎水の干渉も抑えている、きゃー、素敵。


ロリなグロリアであるクロリア、結婚してくれ。


「グロリアはさっさと先を急ぐし最悪だ、この塔は一日では攻略は無理だな」


思った以上に高さがある、そして魔物の数が多い、野宿の準備をして来て良かったぜ、建物の中でテントを張る事も野宿と表現して良いのだろうか?荷物一式を俺に預けて頂上を目指すグロリアの気配を辿る、あれだ、グロリアの気配を辿るより早く見付ける方法がある。


魔物の気配が驚異的なスピードで減っている場所を探れば良いんだ、うん、なにこの死神、魔王軍の元幹部でも一人でどうにかするんじゃねぇかな、しかしそれでは俺が同行した意味が無い、気持ちを切り替えて足早になって階段を上る、負けられない。


グロリアが通った後に命の気配は無い、俺が能力を行使して魔物を消滅させたのとは違ってグロリアは完全なる力技で魔物を屠っている、つまりは死体が残る、備蓄には余裕がある、しかし現地調達出来る食材で腹が膨らむならそれに越したことは無い。


「食えるかな、ササ」


首の付け根が盛り上がる感触、ズブズブと肥大化する瘤はやがて人の顔になる、クロリアと同じでササは一部の中でも特別に溺愛している、狂信的な信仰と殺人すら肯定する無垢な心、その二つが俺の精神を介して歪に進化するのを期待している。


キクタに対抗する切り札は多い方が良い、俺自身である私にも期待しているのだがグロリアとチッパイを揉み合った事で完全に不貞腐れている、さらにクロリアや一部達が一気に封印した事で不貞腐れてるを通り越して怒り狂っている、俺にも伝わる、俺の私。


グロリアを好きなだけ憎むんだぜ?あはは。


「神様、あの、神様を封印してよろしいんですか」


「ああ、あいつはお前と違って俺の一部では無く俺の本体、生理的に切り替わる現象だ、封印したら色々と不便な事もあるだろう、でもここのボスとの戦いで一度封印を解くぜ?」


「それでは神様の想い人に攻撃を……よろしいので?」


植物の新芽を連想させる初々しくも鮮やかな色をした若芽色(わかめいろ)の髪の毛が視界の隅で踊る、それをお団子にしてシニヨンヘアーにしているのだが中々に可愛らしい、乱暴に頭を撫でてやる。


昔のように大きな手で撫でてやる事は出来ないが小さく細くなった手でゆっくりと慈しむように撫でてやる、ササが俺に意見を口にするだなんてよっぽどだな………そりゃ俺自身が俺を封印したら不安にもなるか。


「良いぜ、グロリアなら受け止めてくれる」


そんな女だ、女である俺、女である私の醜い嫉妬ぐらいでダメになるような女では無い、何せ俺のチッパイをあれだけ捏ね繰り回して頭の具合がおかしいのだ。


今はそれは関係ねぇか。


「そんな事よりもササ、これ食えるか」


「え」


いつもは愛情たっぷりに俺を肯定するササの思考が一瞬止まる、オイオイ一体どうした?10歳ぐらいの年齢に固定化したササ、幼いその顔が蒼褪めている、鳥肌が俺の肌まで侵食する、狼狽えている、そして思考が停止している。


ササはあらゆる意味で非常識だがお洒落や食事に関しては普通の感性をしている、研究に邪魔にならない程度のお洒落はしていたし研究職でありながらも女性である事を否定はしたくないと常々思っていたようだ、そんなササの思考が停止。


脳裏に響く、ナメクジナメクジナメクジナメクジナメクジナメクジナメクジナメクジ、人間を改造して弄んでいたササでもナメクジ型の魔物を食料にするのは理解の範疇に無いらしい、でも肉だぜ?陸生の貝の肉、同じじゃん。


「ササ、食えるか?錬金術の力で読み込んで毒が無いか教えてくれ」


「そ、それは毒がないとわかれば口にされると?」


「うん」


「猛毒ですね」


「嘘だろ」


即答したササの言葉を阻むように口にする………丸みを帯びた大きな瞳は様々な魔眼を溶かして一つにしたもので黒目の部分は円状に虹色の色彩になっている、今回は現物を見て貰いたかったので瞳も再生したのだがそこから涙が流れている。


ナメクジを食べる、その肉は俺の血肉になる、そしてササの血肉にもなる。


「神様、ナメクジは食べ物ではありません」


「うん、知ってる、そんでコレ食える?」


「ひぃ」


泣くんじゃねぇぜ、泣いた分はこの水分たっぷりの貝の肉で水分補給だ!

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