第80話・『二人は似ている、彼女は似ていない、疎外感』

私が壊した。


人生を狂わせた事は数え切れない、使えないと切り捨てた事も数え切れない、捨て無いでと涙して懇願したシスターを粛清したのも数え切れない。


自分の為、野望の為、この世界に新たな神を創造する為、罪を誤魔化すには都合の悪い言葉、罪は罪だ、そして罰は罰、表裏一体のソレは突然に裏表が入れ替わる。


私の罪が無関係のキョウさんに罰を与えたように、今のキョウさんが男女の境目を無くして突然入れ替わるように、裏と表は突然と入れ替わる、私はこうなる事は予想していた。


しかしクロリアを与えた、エルフの要素の無い自分の半身を空腹にさせて無理矢理食わせた、キョウさんの体はシスターに近付いた、何より私に近付いた、新世界の神はもう一人の私がなるのだ。


だけど予想外の事が起きている、私が旅をして来たキョウさん、魔性の魅力で他者を狂わせる幼い少女、二つのキョウさんは一つの人格のはず、境目は無く、生理現象のように変化するだけ、それが裏切られた。


少女がキョウさんを独占しようとしているのだ、言葉の端々から自分自身に対する強烈な独占欲が垣間見える、自分自身に対してそのような想いを抱くのは全くの無意味だ、しかし、わかっていても止められないのが人間だ。


「グロリア、酒は楽しんで飲むものだぜ?そんな顔で飲まれたら酒もかわいそうだ」


「良いんですよ、お金を出しているのは私なんですから」


「は、反論し難いぜ!グロリアのアホ!ドS!」


「ぴーぴーぴーぴー、やかましいですね」


「え、ぴーぴーって陰部の事を表している?」


「何ですかソレ、アホですか」


「じゃあお腹ぴーぴーの方か!?下痢気味なのか?―――そいつは楽しみだ」


「へぇ」


「俺はカレーはトロトロ派じゃなくてジャブジャブ派だから安心してくれ!」


「キョウさんの血がどちらなのか気になります」


「お、俺は健康だからジャブジャブかなー」


市場で買い込んだ食材をつまみに食後酒を楽しむ、長閑な時間、お風呂上りのキョウさんはちゃんと体を拭いていないので雨の日の猫を思わせる、金糸と銀糸の癖ッ毛も実に猫っぽいです。


辺境の夜は静かに過ぎてゆく、宿泊者は私達だけ、宿の主は近くにある自分の家に帰っている、信用されているのか宿に奪うような物を置いていないのかどちらなのでしょうか?気遣いをしないで良い夜は久しぶりです。


燻製液に漬けてからオーブンでじっくり乾燥させた干し肉は実に味わい深い、キョウさんは先程から夢中になってそればかり食べている、こらこら、お酒も飲まないとバランスが悪いでしょうに、まるで子供ですねェ。


港の近くなのが良かった、ツチクジラの干し肉が中央の半値以下で買えた、獣と魚の境目のような独特の味わい、噛めば噛むほどに旨味が溢れて来る、クジラ一頭で港が潤う、そして私とキョウさんの空腹も満たされる。


小さな机の上で向かい合って時を過ごす、今日のキョウさんは落ち着いている、コロコロと表情が変わって年頃の男の子そのものだ、私はそれを見て安心している、何を今更、愛しいこの人を自分の計画の為に壊したの誰?


『ねえ、だぁれ』


幻聴、キョウさんの声、粘度のある甘ったるい声、砂糖を溶かして蜂蜜に注いだような甘い声、それもまたキョウさん、彼女は私を拒絶している、いや、最初はそうでは無かった、今のキョウさんと同じようにこうして同じ時を穏やかに過ごしていた。


だけど少しずつ私を拒否するようになった、そして今は拒否では無く全否定している、グロリアはいらないとあの愛らしい声で何度囁かれただろう、突然の変化に動揺は隠せなかったが今ではその心の内も少しだけ理解出来る、彼女は自分を愛している。


平然と自分の美貌を自慢するしソレで他者を魅了して自分の利益にする、件のエルフ達が良い例だ、あの頃にもっと早く気付くべきだった、キョウさんと旅を始めて観察する内に一つ気付いた事がある、キョウさんは自分が嫌いだ、しかもソレに気付いていない。


エルフライダーの能力は人間を歪ませる、私との出会いでその職業を得たのでは無く、きっと幼い頃からその資質を持っていたはず、神に定められる職業なのでは無くキョウさんの存在そのものに付随する能力、それがエルフライダー、そのせいで多くの者を失っているはず。


発動条件を幾つか並べる、純粋なエルフの中でも突出した存在、エルフの要素を持ちながら自分に敵対する存在、心の底から欲した存在、空腹で我慢出来ずに取り込んだ存在、そうなのだ、確認されている発動条件だけでもこの数だ、つまり発動する回数も多い。


だったら私に出会う前に取り込んでいた可能性がある、エルフを、エルフの要素を持つ存在を、敵対した存在を、空腹で我慢出来なかった存在を、そして忘れてしまう、最初から自分の一部だったと記憶が改竄される、良く出来たシステムだと感嘆する。


人間の一部に生きた人間がそのままなる、そこに生じる違和感や嫌悪感、それを全て記憶を改竄する事でチャラにしている、何と惨い神様なのでしょう、自分の子供にこのような能力を与えるなんて、そしてその度にキョウさんの心が傷付く、本人も自覚出来ないままに。


そんな壊れた自分を肯定してくれる人間なんているはずが無い、存在したとしても取り込んでしまう、だからそんな自分自身を肯定して愛する為に彼女は誕生した、もう一人の愛らしくも毒々しい少女の人格、それが能力の発動回数の多さに比例するように表面化した。


「私のせいですね、それも」


「そうだぜ、下痢になるのは不摂生してるからだ!自業自得なんだぜ」


そうですよね、貴方をこんな姿にしたのは私ですもの、責めてくれればどれだけ楽か、口汚い言葉で罵ってくれれば決心もより強固なモノになる、だけど貴方はソレをしない、出会った頃から変わらぬ信頼と愛情を私に向けてくれる。


捨てられた子犬が憂さ晴らしの為に拾った飼い主に懐くように、いつか来る裏切りの日を知りもしないで元気に尾を振る、頭痛、お酒のせいでは無い、彼女は私を何度も何度も責め立てる、キョウさんが出来ない事を彼女は平然と口にする。


まるでキョウさんを護る為に存在しているように、そうだ、愛する人間を取り込む事が生態のエルフライダー、そして全ての記憶が捏造される、そんな自分自身を心の奥底で憎んでいるキョウさんが自己肯定の為に誕生させたもう一人のキョウ、故に愛する。


キョウさんを愛する為に生まれた自己、矛盾を孕みながらも彼女はキョウさんを愛している、度重なる能力の酷使で表面化した彼女はキョウさんが一部を取り込めば取り込むほどに強固な自我を獲得してゆく、そしてとうとう恋心すら手に入れた。


「だから私が大嫌い、ふふ、だったらキョウさんは私が大好きって事になりますね」


「と、突然何を言う、お、お肉食べ過ぎたからからかってるのか?」


「キョウさんはもっと好きなものがあるでしょう」


エルフとか、最近味を知ったシスターとか、シスターを与える事でキョウさんは私に近付いている、他者を支配する化け物に……そろそろ人を操る術を教えるべきでしょうか?そうしないと誰かの上に立つ事は出来ない。


顔を赤くしながら頬を膨らませて干し肉を口にするキョウさん、そこにあの毒々しさは無い、私からキョウさんを奪う、実に馬鹿馬鹿しい、貴方もキョウさんなのにそんな事が可能とでも?しかし彼女の決意は固そうだ。


キョウさんがキョウさんに奪われる、恋敵ですら無い、だけど、モヤモヤする……この人と初夜を迎えるつもりだったのに邪魔をされた、むぅ、もう一度あの台詞を口にするのは勇気がいる、何よりプライドが許さない。


でもね、貴方は知らないんですよ、同じキョウさんでも貴方は完全に女、キョウさんがどうして私を捨てないのか疑問なんでしょう?どれだけ甘く囁いても、はは、私はそこだけは安心している。


そこだけは、罪でも罰でも無い、初めて魔物を倒して笑った彼の顔を見たあの日から。


「キョウさん、大好きですよ、私は自分よりもキョウさんの方が好きです」


そう、私はこんなに汚い事を平然と行える自分が大嫌い、そして純粋で無垢で何色にも染まるキョウさんが大好き。


「あ、お、俺も、自分よりグロリアの方が好きだぜ、ぐ、グロリア、かっこいいし、か、かわいいし、や、やさしいし」


そう、キョウさんも自分自身より私の方が好き、つまりは似た者同士。


貴方のしている事は無駄なんですよ、だってキョウさんはエルフライダーである自分より私の方が好きなのだから。


貴方よりも私の方が好きなのだから。


愚かな人。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る