閑話76・『キョウ・キス』

キョウの様子がおかしい、いやいや、キョウは私だもんねェ、一部とは違って完全に私の側面、側面でも無いか、やっぱり私ィ。


少し攻撃的になっているのかなァ?さっきいきなり殴られた、ホッペ痛いよォ……慰めてくれるグロリアもいないし一部もいない、外の世界だとこの姿で優しくしてくれる男なんて幾らでもいるんだけどなァ。


あれだねェ、かつての自分と入れ替わった事で過敏になっているよねェ、攻撃的になるのは男の子だからかなァ、んー、わかんないや、いつもの様に遊ぼうとしたら私を殴ってどっか行っちゃった、んふふ、そうだね、キョウは自分を傷付けるの大好きだもんねェ。


逃げても逃げても無駄なのにね、私はキョウ、俺はキョウ、それだけだもんね、湖畔の近くを歩きながらキョウの気配を探る、キョウの気配はとても嫌な感じ、攻撃的で過敏で男の子って感じ、やだねェ、でも優しくしてあげたいよォ。


んふふ、鼻血が出ちゃったし、口の中も切れちゃった、普通の女の子にはしないもんね、一部にする娘か一部になった娘か私にだけする暴力的な行為、んー、でもでも、ここまで理不尽なのは私だけかもォ、んー、少し嬉しい、もっと殴って良いよ?


それでね、んとね、少しでも楽になるのならもっと私を虐めて良いよ、私はね、ホントは他人を誑かして奴隷にするのが大好きなんだァ、跪かせてねェ、うんうん、どいつもこいつもみんな私が大好きだもん、私って可愛いから仕方ないしねェ。


「キョウー、おーい、あんまり逃げたらダメだよォ、だってキョウは私でしょう?」


誰もいない世界で自分自身を探す事になるとはねェ、キョウの気配は飢えた狼のように研ぎ澄まされたモノだ、ここまで酷かったのはいつ以来だろうか?私がこの姿になる前、それでも女の子寄りの人格だったけどねェ…………姿は部下子だったりアクだったり。


クロカナの時は無かったかな、あれは酷い裏切りだったから男寄りのキョウが拒否してたからかな、無意識で自分を甘やかせてくれる存在の姿を選ぶのが癖だよね、クロリアでグロリアで自分自身のこの姿は都合が良いもんねェ、私も嬉しいしね。


「キョウ、私がいれば寂しくないよ?また殴ろうよ、ねェ」


水面が揺れる、透き通った水は何処までも透明で不安になる、色が無いものは気持ち悪い、私はキョウって色を持っているから私なのだ、キョウも私と同じ色、二人だけが、いや、一人だけが同じ色、なのにその色が逸れて何処かへ消えちゃった。


蝉の音が響き渡る、この世界は夏に固定されている、いつも遊ぶなら夏が良い、夏は最高なんだから、キョウも私も夏が大好き、貧乏なあの村の暮らしでも夏は特別に楽しかった、虫捕りをしたり川で遊んだり修行したり、あんがとね、クロカナ。


裏切ったけど師匠は師匠、そして私は女の子だからねェ、あの酷い裏切りの裏側にある乙女心も理解出来る、でも男寄りのキョウには無理だもんねェ、あっ、いた、大きな木の下で膝を抱えて唸っている、あははは、手負いの獣みたいだァ、おもしろぉい。


「酷いね、声が聞こえてるのに無視するんだァ」


「―――――――――――――――――」


「不機嫌そうだねェ、過去の残像に怯えなくても良いよォ、キョウは私と俺だけ、あれは記憶だよ、魂じゃない」


「―――俺は」


「取り込まれると思った?んふふ、意外と子供っぽい、大丈夫、そんなに怖がらなくても大丈夫だよォ、今は思い出せる?」


蝉の声は夏を明るく演出する…………しかし、時には気が狂いそうな程に脳に突き刺さる、精神の状態が異常であればそれは当然、キョウの目の下には酷い隈、唇もカサカサで完璧な美貌が勿体無いねェ。


それはタソガレ姉さんとクロリアから汚染された大切な貴方の血肉、そして私の血肉、それを軽々と崩すなんてちょっとねェ、まあ、女の子じゃないキョウにはわからないかなァ?私といい感じにグチャグチャな時は女の子っぽくなるけどねェ。


境目は無い、だからそこは仕方が無いねェ、うんうん、あれが怖かったんだねェ、あれは私でも俺でも無いから気にしないで良いのに、もしも今後入れ替わろうとしたら私が庇ってあげても良いよ?女の子に守られるのが恥ずかしいかなァ?


でも私が私を守るのは当然だからねェ、私が俺を守らないと誰も守ってくれないもん、結局は人間は自分が一番、自分を守ってくれるのは自分しかいないからねェ、キョウには私って都合の良い『私』がいるのに何が怖いんだろ、ふしぎー。


あいつは駄目だな、キョウを傷付けた、入れ替わりのタイミングは『弟』かなァ、許せないねェ、キョウをこんなにも凶暴にして、でも殴ってくれたのは良かったねェ、とてもとても自分自身が最高に心地よいねェ、殴ってよ。


わかりやすいよね、殴るって、自分を傷付けるって、気持ち良いよねェ。


「あいつに、アレになるのは、嫌だ」


「だよねェ、でも力で抑え込めたでしょう?キョウは優しいねェ、あんなの無理矢理抑え込んで消しちゃえば良いじゃんかァ」


「お前、あれは、それでも」


「害は無いってェ?あるよォ、あるある、だってキョウが傷付いてるじゃんかァ、私はやだなァ、私の愛しい俺が泣いちゃうなんて」


「俺は私以外の俺になるのは嫌だ」


――――――――――え。


「俺がなるのは私だけだ、あれは……俺でも私でも無い、だから……怖い」


膝を抱えて座り込むキョウ、まるでこの世界に一人ぼっち、いや、事実はそうなのだ、しかしその言葉が私を動揺させる、グロリアでもきっと私をここまで動揺させられない。


部下子でもアクでもクロカナでも無理だ、なぁに、その言葉、頭が真っ白になる、あ、私になるのは良いんだァ、私以外は俺では無いんだァ、胸が痛い、とてもとても痛い、呼吸が乱れる。


なんだろうコレェ、不思議、エルフを支配して倒錯の日々を過ごした時もグロリアを虐めて遊んだ時もこんな気持ちにはならなかったよォ、自然と腰を折ってキョウの顔を覗き込む、何だろう。


左右の違う色合いの瞳は太陽と月のように互いを輝かせている、綺麗に整った容姿は確かに美少女だけれどその奥に男の子を感じる、涙は流れて頬は赤い、男の子の泣き顔はねェ、こんなにも色っぽいんだァ。


キョウ。


「ん」


「――――――――」


自慰行為、キョウの冷めた瞳が私を見詰めている、頬にキスをしてくれたよね?唇は嫌なの?んふふ♪エルフの女の子は死ぬ程喜んで発狂して最終的にグロリアに壊されちゃったけどねェ、私の俺はどうしてそんな目をしているの?


俺には私だけって言ってくれたからキスしたのに、でも、関係無いよ、言質はあるからねェ。


「私、キョウの事が好きだよ」


「それで?」


「んふふ、冷たいィ」


「俺は私だけが俺と言っただけだ、どうした?そんな行動も感情も俺は知らない……どうしたんだ」


困ってる困ってる、んふふ、可愛いィ。


「教えてあーげない♪キョウはねェ、『弟』で起動するアレの事なんか忘れて私だけ俺だと認識してれば良いの」


「してるだろうが」


「キスもしちゃったら良いのォ」


「へ」


泣き顔が呆れ顔に変わって安心したよォ。


んふふ。


好き。

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