第78話・『お姉ちゃんの伝言、この後に弟は嬉ション、マジ』

「あれェ?」


不思議そうにキョウ様が呟いた、その疑問は当然のモノだ、攻撃が全て擦り抜ける、軌道が全て読まれている。


「おかしいぜ」


口調が変わる、本人は何一つ変化していないと思っている、キョウ様とキョウ様、男寄りの人格と女寄りの人格、その境目は無い。


男寄りのキョウ様、耳を掴みながら器用に騎乗する動物を操る、騎乗される動物は私、この施設を統べるシスター・炎水、今はあの世から強制的に蘇生させられた不死者。


「なぁんだ、つまんね、お前さ、誰の命令で来ているかわかんねぇけど、俺が炎水を蘇生させた段階で戦うつもりなんて無くなっただろ?」


「そうだ、不必要な一部は取り込ませぬように言われたが変化させて取り込んだのなら別に良い」


「俺が決めるんだよ、一部にする奴はさ、お前も綺麗だな、その容姿と心と生意気な態度、全部くれ、俺になって、私になってねェ」


口調が定まらない、まるで壊れかけの玩具のようだ、しかしキョウ様は何も感じていない、そのお心は異国のシスターを食う事だけに集中している、何て素直で健気なお方っ。


この戦いが終わったら母乳を与えてあげないと、いや、与えるとは不相応な考え方、母乳を捧げる、あああ、鼻の奥がツーンとする、不死になったのに血は滾る、この子の母である為に血は滾る。


青黒色をした特殊な東方服を着込んだシスターは陽気に笑う、エルフライダーの能力を知っているのにこの余裕、彼女は何の為に私を殺して何の為にキョウ様の前に現れた?注意深く観察する。


枯れた草木や金属の錆を使用して染め直された端布を縫い合わせた袈裟(けさ)と呼ばれる衣装、この大陸のシスターでは無い、外の世界にもシスターは存在する、しかしそれはこの大陸の人間には知られてはならぬ機密事項。


誰が決めた機密事項なのか、何の為の機密事項なのか、何時から決められたものなのか、全て不明、機密事項として組織の中で延々と語り継がれてきた、一定以上の役職に告げられる秘密、シスター・グロリアは知っている?


彼女は組織からすれば未来への布石だ、使徒の遺伝子を用いた特殊なシスター……その能力も頭脳もカリスマも尋常では無い、与えられる情報も与えられる恩恵も普通のシスターの比では無い、ならば知っていると仮定するのが妥当。


「無理だな、私は去るとしようか、エルフライダー、悪食は控えるようにな、貴方の弟からの伝言だ」


魔法陣、ここから転移するつもりか?キョウ様はそれを呆けたように見詰めている、弟?キョウ様に弟はいないはずだ、幼い時からその成長を全て記憶し続けた、村を出てから生まれた可能性もあるがそれが今の会話に繋がるとは思えない。


しかしキョウ様は狼狽えはしていない、呆けてはいるがその言葉をちゃんと受け入れている、流石のシスター・グロリアも首を傾げている、疑うような視線、異国のシスターの事は知っていてもキョウ様の弟の事は知らない?それはつまりキョウ様だけが知っている情報。


そんな事が本当に有り得るのか?キョウ様を幼い時からずっと見守って来た私とそのキョウ様が村を出てからずっと一緒に行動をして来たシスター・グロリア、その二人が知らない弟、キョウ様と精神は繋がっている、探ろうとすると激しい嫌悪感に襲われる。


キョウ様が望んでいない事を私の勝手な思考で行おうとした、何たる失態、私は既にシスター・炎水では無いのだ、キョウ様の為だけに行動するキョウ様の一部、手や足と同じ、命令があるまで決して動くな、この出来損ない、私自身を心の中で激しく罵る。


ああ、キョウ様の為に自分を罵る、その悦楽、その快楽、ああ、この下らぬ施設でシスターの管理をしていた頃の何百倍も生き甲斐を感じる、素晴らしきかな一部、素晴らしきかなキョウ様、下らぬ炎水、もっともっと己を献上するのだ、この愚か者めッ。


「あ、おれ、わたし」


「どうしたエルフライダー?何か伝えたい事でもあるのか?」


口調は優しい、敵対していたはずなのに何処までも慈愛に満ちている、壊れかけのキョウ様にこのような視線を向けるとは、こいつもキョウ様と関わりがある?しかし心を覗き見る事は出来ない、それでもキョウ様から感じる気持ちは不快なものでは無い。


それは私がキョウ様に向けるような感情、母親が愛する我が子に向ける理由の無い愛情、根拠も理由も無い、胸から自然と湧き出て来る想い、どうして敵対するこいつにそのようなお心を?こいつにでは無い、先程出た言葉、弟、その人に?


あ、愛情を向けている、家族に向ける理由の無い感情を。


「れ、いは」


「ッ」


余裕しか無かった異国のシスター、全てを飄々と受け流し今の今までその顔に冷徹な笑顔を貼り付けていた、それが初めて乱れる、キョウ様?


跨れた私には表情を見る事が出来ない………しかし男寄りのキョウ様でも女寄りのキョウ様でも無い、初めて聞く声音、何処にでもいそうな普通の少女の声。


これもキョウ様?


「れいは、げんきかな」


「………ああ、元気だ、あの方も貴方の事を心配しているぞ?」


「あのこは、わたしにだまって、あぶないことするから、おねえちゃんがみてるって、つたえて?」


「……きっと驚かれる、怖がって、そして喜んでくれるさ」


「さむくなってきたから、ふくはおおくきこむように、ちかくにきれいなみずがあるのなら、てあらいとうがいを、わすれずに」


「ああ、必ず伝える」


「――――――――みにくくなるね、わたし、きらいになったかな」


「はは、それは天地がひっくり返っても有り得ない、あのお方はずっと貴方を愛している」


「あ、だめ、おれは」


「無理はされるな、全てちゃんとお伝えする、さらば」


異国のシスターの姿が消える、見た事の無い魔法陣、異国のモノか?


疑問を口にする前に何かが揺らぐ感覚、キョウ様?倒れるキョウ様を誰かが支える。


「………四足の家畜ではキョウさんを支えられませんね」


「―――貴様」


シスター・グロリアの一言に私は憎悪を隠さずに呟いた。

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