閑話75・『私も俺も俺も私もわからないや、だけどね、他人を信じるぐらいならマシ』
純粋な好意を向けられると戸惑う、他人ですらそうなのだ、自分自身に好意を向けられると戸惑いを越えて焦る、何なんだ一体。
キョウは俺と触れ合う喜びを知ってしまった、自分自身との交流は麻薬のように心地よい、だからキョウは俺に積極的に干渉してくる、二人は一人、垣根は無い。
あいつが望めばいつだってこの世界に招けるのだ、俺は、私は、ダメだ、キョウがキョウになろうとしている、どうにか普段の俺を取り戻して頭を振る、何度も何度も振る、気が狂ったように。
あっちも俺になるのかな?俺も私も、ダメだ、キョウの干渉が強烈過ぎて自分自身の立ち位置が危うくなる、湖畔の街、この世界は駄目だ、俺が俺自身を失うのにどうしてこうも呼び出す?あほんだらっ。
「あー、キョウだァ」
「―――私は、俺は、糞っ」
「あはは、どっちかわからなくなったァ?んふふ、どっちになりたいのォ?」
俺をこの世界に呼び出した張本人は状況がわかっている癖に知らぬふりをして問い掛ける、性格悪ッ、しかし俺自身だから何も言えない、街の真ん中で蹲る俺に抱き着くキョウ、微かな胸の膨らみがより疎ましい。
この世界には一人の人間しか存在しない、キョウ、つまりは俺とこいつ、女性寄りのキョウは自己愛の強い少女だ、なので自己である俺に対して真っ直ぐに好意を向ける、それこそ強制的にこの世界に呼び出す程に。
強い干渉は男であるキョウを侵食する、どちらも俺なのにどちらも私になるのだ、しかしそれを振り解けない、こいつには俺しかいない、俺には私しかいない、エルフライダーの闇を共有出来るのは俺自身しかいない。
だから互いに甘やかす、悪循環、この世界への招きも断れる、自分の気持ち一つなのだから、自分の欲求をコントロール出来るぐらいの精神力はあるつもりだ、私の欲求を断るぐらいの精神力はあるのだ、なのにこの様。
「キョウ、三日連続で呼び付けるのはな」
「ねえねえ、あっちに行こうよォ、まだ行ってないもんねェ」
「ああ、そうだったな」
「んふふ、デートだぁ」
「違うぜ、自慰だよ」
「んふふ、オナニィ」
そりゃそうだ………手を繋ぐ、彼女の指は細くて白い、絡ませると奇妙な程に心地よい、それはそうか、同じ指で同じ掌、隙間無く絡まる指を見て溜息、ひんやりとした掌の感触が少し気恥ずかしい、お前も同じように感じているだろ?
山の方へ向かって二人で歩き出す、岩塩鉱山に向かって真っ直ぐに進む、キョウが何にでも興味を持つなあ、そこを好ましく思う、無邪気に笑いながら様々な話をしてくれる、当然ながら全て俺の知っている情報だ……共有する記憶は同じなのだから。
だけど一生懸命話し掛けてくれるキョウを見ているのは楽しい、コロコロと表情が変わる、気紛れ屋で残酷な面もあるキョウだが自分自身に対しては甘くて優しい、俺も同じようにこいつに優しいのだろうか?考えて見たら溺愛しているような気がする。
「なぁにぃ?ジロジロ見てェ、エロい?」
「いや、どうだろう、お前をエロいと思った事は無いぜ」
「うぅ、そりゃ無いよォ」
「でも綺麗だとは思うぜ?その瞳も嫌いじゃねぇぜ」
キョウの瞳を美しいとは思うが姿をエロいとは思わない、不思議、瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている。
その瞳に映る俺の瞳も同じモノ、何だか探るような視線を向けてくるので首を傾げる、自分自身をエロいと思いたくは無い、繋いだ手が汗ばむ、キョウがモジモジしている、何だろうか、俯いた表情は二マニマと何とも言えないものだ。
もしかして照れているのか?自分自身に対して照れるような異常な感性を俺は持っているのか?少しだけ不安になる、喜びを表情に出さないように必死になっているキョウの姿を見ていると奇妙な感覚に襲われる、自己愛の肯定、人間の根源とも言える感情。
なんだろ、そうだ、うらぎられたからな、たにんには、だからいちぶはあんしんする、いちぶはおれだからあんしんする、うらぎらない、くろかなのように、そしていなくならない、あくのように、ぶかこのように、いなくならない、おれは?
おれはいなくならないか、おれはおれをうしなったらもうだめだ、だってぶかこもあくもくろかなもいない、れいもいない、みんなみんないなくなる、ひとりぼっちはいやだ、ひとりぼっちでもよいほうほうはある、おれのほかにわたしがいればいい。
俺の他に私がいれば良い。
俺には私だけがいれば良い。
「え、あ、それは」
夢の中で夢を見る、それはどのような深層心理?俺は何を考えていた、とても危うい思考をしていたような気がする、記憶が飛んだ、まるでそれ以上思考する事を禁じられているような不可解な現象、自分自身に起こった事がわからない。
何を考えていたっけ?
「キョウ、それは寂しいよ?」
「キョウ、俺、どうなってた?」
立ち止まる、問い掛ける、酷く単純な思考に従ってキョウに問い掛ける、俺自身である少女は涙目になって俺を見詰めている、俺が泣かせたのか?罪悪感に気が狂いそうになる、こいつを泣かせては駄目だ、そうすれば俺自身が傷付く。
結局は自分の心配、俺は――――ぼくは。
「そっちに行ったら駄目だよ、キョウ、キョウはこの世界に生まれたんだから……もう部下子に囚われる事は無いよ」
「うるさい」
「ほら、抱き締めて上げるからァ、危ない事は駄目だよォ」
聞き分けの悪い子供のように意味も無く苛立つ、ぶかこ、駄目だ、その名前を聞きたく無い、喪失感で頭がおかしくなる、みんなみんな俺の近くからいなくなる、愛した人はみんなみんないなくなる、俺になるんだ、俺の一部になる、あああ、そんなの嫌だッ。
だから最初から期待しない、しない、したらまた、だからキョウ、お前がいればいい。
おまえがいたらひとりでいられる。
抱き締める、俺の匂い、俺の温もり。
「うぅ、ううぅ」
「はぁ、もう………泣かないのォ、男の子でしょう?山に行ったら色んな事して遊ぼうねェ」
「こ、怖い」
「そうだねェ、私達は一人だもん、そんな生き物だもんねェ」
――――――――――――捕食して一部にして一人になって。
「でもね、キョウは私だけで満足出来ないでしょう?」
「……うん」
「悪食だしねェ、でもね、大丈夫――――キョウは私だもん、きっと大丈夫」
根拠の無い言葉、誰でも無い自分からのエール、疑わぬまま受け入れる、こうやって甘えられるのはお前だけ。
『私』だけ。
「私、頑張るねェ、頑張って沢山食べて一人でも平気でいられるように」
「おう、泣きたくなったらまた抱き締めてやるぜ」
そう、ぼくは、俺は、私は一人っきりなのだから。
境目は無いのだから。
『私』は俺に抱かれながら安心する。
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