閑話74・『二人のキョウは仲良し、でもね、ホントは一人』

「ここは」


以前は砂漠だったような気がする、気がするって曖昧な表現をしたのはそれもきっと夢の出来事だったから、夢の中で夢だと認識するのは何も珍しい事では無い。


珍しいのはこれ程までに現実と変わらない景色が目の前に広がっている事実、しかし夢だと認識している事に確信もある、矛盾、俺の方が間違っているのか?


涼しげな青い湖面、その周りを囲むような小さな建物が幾つも並んでいる、風光明媚な街、自然と人工が仲良く調和している、ここに立っているのもアレなので街を目指す。


本来の夢ならば時間の感覚が狂うはず、あの街に行こうと思考した瞬間に到着してしまう、夢とは記憶の再生、切って貼られた映像を追体験するだけ、なのにこの夢はしっかりと時間が流れる。


岩塩鉱山だ、街の周りを囲む山々を見て思う、何処の記憶なのだろうか?しかしあの山々が岩塩鉱山だと理解出来る、岩塩坑、あの街の多くの人々は坑内作業員だ、あそこで汗水を流して岩塩を発掘している。


海の無い地域では白い金と言われる程に塩は重宝される、あそこの山々の全てが岩塩鉱山なのだ、街の発展具合も納得出来る、街の中に入ると人気は感じない………静寂、これも夢だからなのか?俺は孤独を望んでいる?


「さ、寂しい夢だぜ、もっとこう……可愛い女の子とイチャイチャするような………夢精!」


叫ぶが街は静寂に包まれたまま何も返事をしてくれない、季節は夏だろうか?何処までも広がる蒼い空と入道雲、なのに涼しい、何処の地域の記憶だ?冷涼な夏の光景に首を傾げる、少なくとも俺の記憶には無い。


人気の無い街には違和感しか感じない、いや、廃町であればそれはそれとして受け入れられる、しかし生活の痕跡があるのに人の姿が見えないというのは何か気持ちが悪い、やる事も無いので観光気分で街の中を歩く。


様々な色を使って建物を塗装している、カラフルな色彩と古びた木組みが実に合っている、何だか良い香りがするので足を向けてみると葡萄畑とオリーブ畑を見つける、街の中にあるって事は共同で世話をしているのか?


「んん?リアル過ぎて少し嫌だな、荒唐無稽なモノとか出て来いよ」


なだらかな丘に糸杉が連なっている………そこを下りながらブツブツと愚痴を吐き出す、ここまで映像がリアルなのだからエッチな夢だったら良かったのに、ある意味では悪夢だな、悪意しか感じない、しかも夢の中なのに疲れるし。


情緒溢れる街並みが逆に神経を逆撫でする、アンティーク感漂う街の光景に舌打ちをしながら願う、美少女、美少女、美少女、ロリでは無い普通の美少女出せや……美幼女は間に合っているぜ?頼むぜ神様、俺のぱぱん。


「だぁれだぁ?」


下り坂、足元に注意していたし夢の中だからと油断はしていた、しかしここまで気配を感じずに接近された事に少なからず動揺する、両目を塞がれて立ち止まる……誰だ?粘度のある甘ったるい声、俺の勘だがかなりの美少女だ。


俺の周りにはあまりいないタイプの声、女の子らしい女の子の声とでも言えば良いのかな?ゴシック、ルネッサンス、バロック、様々な様式が混ざり合った不思議な街で不思議な体験をしている、振り払えば良いのに振り払う事を体が全力で拒絶している。


この声の主に泣かれると厄介だ、そして何より俺自身が嫌だ、その理由はわからない、目を塞ぐ手に俺の手を重ねる、長くて細い指、ひんやりとしている、華奢なその感触に溜息、この手の主を振り払う事はやはり出来ない……こんなに美しい手を持っているのだから。


不思議と安心する、まるで母親に抱かれているような包容力、ポツリと呟く、それこそ無意識に。


「俺?」


「わぁ、正解ィ!流石は私、このこの」


視界が戻る、振り向くとそこには一人の少女が佇んでいる、まだ子供と言っても良い年齢なのに妙な色気がある、その服装に見覚えがある、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白、グロリアと同じ修道服。


ベールの下から見える金糸と銀糸に塗れた美しい髪、太陽の光を鮮やかに反射する二重色、黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている、見る者を魅了するような美しい髪も俺には何故か当然の事として受け入れられる、どうしてだ?


瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている、グロリアと同じ瞳だと思うと急に愛しさが込み上げる、わかりやすい自分自身に呆れる。


全体的に線が細くて儚げな少女、シスターである事は疑いようが無いがシスターの枠に収まるような個性でも無い、俺自身、彼女の姿を誰よりも良く知っている……そうか、俺ってこんなにも可愛いのか、自覚すると急に恥ずかしくなって来た。


「うわ、ヤバいな」


「んん?何がヤバいのォ?ねえねえ、キョウったら」


「うぉ、近付くな!何か変な感じがするっ」


「んふふ」


同じ姿をしていても俺の格好は農民服、何だか気恥ずかしい、手で追い払おうとすると猫のような機敏さで後退する、笑顔が眩しい『キョウ』を直視出来ない、しかしこれで夢の中だって確定したなぁ、こいつを見ていると何だか不思議な気持ちになる。


決して嫌な気持ちでは無い、試しに近付いてみる、逃げるかと思ったが首を傾げて不思議そうにこちらを見詰めている、何たる間抜け面、この間抜け面には少し呆れてしまう、ベールの上に手を置いて撫でてやる、身長も同じなのでやり辛い。


労うように撫でる。


「お、おぉお?」


「癖ッ毛め、ベール外せゴルァ」


「やーやー」


抵抗してるのか?表情を見るとニコニコ笑っている、何だ、無理矢理外して乱暴に撫でてやるとそれこそ猫のように気持ち良さそうに目を細める、こいつを喜ばすのは嫌いじゃない、だってこいつは俺自身なのだから、泣いているより笑っている方が良い。


暫くそうやってこいつを愛でる、見た目は美少女なのだ、見た目はほぼグロリアなのだ、でも俺、この矛盾はどうにも解決しそうに無いな、まさか俺もこんな風になるとは思わなかった、んん?最初からこの姿だったよな、何だ、何だ今の思考。


違和感に少しだけ恐怖を覚える。


「キョウ、手を繋いでお散歩しようよォ」


「おう」


「んふふ、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ、貴方には私がいるもの」


「俺には私がいる?」


「そう、そして私にも俺がいる、ほら、手を繋いだらもう寂しく無いでしょう?んふふ、仕方の無い私」


何だかお姉さんぶってるのがムカつく、しかしどのドヤ顔が可愛かったので言葉のままに手を繋ぐ、モダンな雰囲気と趣ある街並み、そこを闊歩する二人のキョウ、本当に夢の中なんだなと実感する。


キョウは俺に優しい、それこそ姉のように振る舞う、同族嫌悪は無い、彼女が俺に感じているように俺も彼女に感じるものがある、それはきっと二人にしかわからない、いや、一人にしかわからない、俺達は一人なのだから。


「あーあ、エッチな夢かと思ったら自慰かよ」


「んー?オナニー?」


「少しは隠せ」


「あはは、キョウ照れてる、オナニー、オナニー、オナニー」


「うぉおおお、果てしなくウザい!」


甘ったるい声でオナニーを連呼する、こ、こいつ、外の世界でソレをしやがったらぶん殴る!いや、俺自身だからどうしようもねぇけど、夕焼けに変わりつつある空を見て夢の終わりに気付く。


繋いだ手はそのままに覗き込む、もう一人の俺を、いや、たった一人きりの俺を、この感覚はグロリアにも一部にもわからない、俺とこいつだけの不思議な繋がり、少しだけ悲しそうなキョウの表情。


「さて、起きるか」


「お、おなに」


「そんな事を言ってももう付き合ってられん」


「うぅ、次は?」


次?馬鹿らしい質問に笑ってしまう、頬を寄せる、甘ったるい匂い、ミルクのような匂い、その頬にキスをしてやる、自慰、自らを慰める。


「お前が望めばいつだって、またな」


「あ、うん!またねェ!キョウ!」


そう、俺達はいつだって会える、いつだって一つ。


一部すら入れない聖域に俺達はいる。


夢が覚める。

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