第77話・『お前は全肯定して乗られてろ、ふふん』

クロリアの姿をした主が欲望を口にする、初めて私に命令をしてくれた、体が歓喜に震え力が漲る、握られた耳からキョウ様の力が流れ込んで来る。


死の世界で見た全てを塗り潰す漆黒の力、誰が見ても嫌悪して遠ざけるその力を私は嬉々として受け入れる、主の力は私の力、キョウ様の力に汚らわしい所なんてありはしない。


今の世界にはまだ存在しないはずの弾性床材で出来た床は跳ねて動くのにとても便利だ、今の私はエルフライダーの足、四足の化け物、体が折れ曲がり両手が地面に触れる、騎乗される人間の形をした獣。


加硫剤、充填剤、顔料を混ぜ込んで作った床は私の小さな体を跳ねさせるには便利なモノ、喜悦、乗り物として無様に扱われる事に心から喜びを感じてしまう………ああう、は、鼻血が出る、つー、鼻の奥が痛い。


「アハハハ、私食べたいんだぁ、炎水、協力してくれるのぉ?」


少女も声、クロリアの声、しかしクロリアはこのような愉悦に塗れた声を発しない、キョウ様は女性寄りの人格に変化している、気紛れ屋で癇癪持ちで残酷なエルフを統べる女王、その足になれている事実に誇りを感じる。


汚染された精神、これがシスター・グロリアの目的、エルフでは無い存在を強制的に自分にする事でキョウ様の精神と肉体は歪に変化している、本人の望まない所で全てを改造されている、何たる有様、何たる美しき生き物。


異国のシスターはそんな私達の様子を楽しそうに観察している、シスターの味を覚えたキョウ様はまるでエルフのようにシスターまで欲するようになっている、有り得ない方向に進化している、しかし食べられる種類が増えたのは喜ぶべき事。


子供に食事を与える、それは親の喜び、授乳の快感、故に私はその感情を受け入れる、ああ、同族であるシスターすら餌としてこのお方に捧げると……だってお腹が減ったと仰っているんですよ?その言葉で全ては許される、どのような罪も全て。


神の子供なのだから。


「炎水ィ」


甘えてらっしゃる、母親であるこの私に、忠義を見せよと命令している、臣下である私に、道具に成り下がったなと侮蔑している、死んでしまった私に、生きろと強制的に復活させられた、貴方を庇って死んだ私に。


一部であるこの私はそれを全て内包する………このお方がくれるモノは全て私のモノだ、髪の毛一本たりとも渡さぬ、愛情も憎しみも侮蔑も全てが私の動力源だ、可愛らしい少女の声で私を操るキョウ様、決してクロリアの声が可愛いのでは無い。


このお方がどのように変容しようが私がこの人を愛する気持ちは決して変わらないのだ、そしてついに一部になった、手や足と同じように、私はキョウ様の一部……その意思のままに行動してその意思のままに変化する、粘度のある声で私を呼んで下さる。


「はい」


「あいつ食べて良いのォ?お腹がぐうぐう鳴ってる、んー、食べ過ぎる女の子って嫌われるかなァ?」


現状に相応しく無い言葉、常人では無く狂人、私が殺された事も私が復活させられた事も突然現れた敵が異国のシスターである事もどうでも良いと口にしている……それよりもお腹が減ったからアレを食べて良いのかと問い掛けている。


私の断りなんていらないのに、母親として私を認めて下さっている?嬉しい、今まで生きて来た中で一番の喜び、死んでしまって生き返って母親になれた、だから私は肯定する、キョウ様の全ての言葉を肯定する、しっかりと頷く。


「ええ、お食べになられても良いですよ?キョウ様は知らないんですね」


「?なにをォ?」


「この世界の全ての人間を食べる権利がキョウ様にはあるんですよ」


「嘘だァ」


「本当ですよ、私の言葉が信じられませんか?」


このお方の体は羽根のように軽い、その僅かな重みを感じながら優しい口調で問い掛ける。


そう、このお方は神の子供、通常の食事だけでは満たされない可哀想な子、だから自分の精神を補うために沢山の人間を食べないといけない、壊れても朽ち果てても生理的な現象はどうしようも無いのだから。


「うーん、でも炎水はクロリアより腹黒いかもだしぃ、舌打ちしてたもん、あれ嫌い」


「あれはシスター・グロリアに対してです、あ、あの、本当ですから!」


「ホントォ」


「私はキョウ様に対しては誰よりも誠実です」


「くすくす、じゃあねぇ……あいつを倒したらこの『図書館』の秘密を全てグロリアに教えてねぇ」


「あ、それは―――」


「そうしたらグロリアはきっと喜んでくれる、もっと私を好きになってくれる、お願いね?」


拒否権は無い、以前と違って私は既にこのお方の一部なのだから、開示される情報、シスター・グロリアは危険な存在だ、卓越した頭脳と人心掌握に長けた手腕、彼女の目的は大よそ予想出来る、それにはエルフライダーが必要なのだ。


貴方が恋い焦がれている存在は悪魔なのですよ?貴方の事を利用するだけ利用して化け物に変化させて、しかし恋は盲目、私がそうだったように、キョウ様もあの女に恋い焦がれている、今の命令を断らないと!下唇を噛む、痛みで意識を保つ。


しかし舌が回らない、鼻血も止まらない、このお方の命令を否定する事を体が拒絶している、しかし言わなければ!貴方を利用するだけのシスター・グロリアから貴方を取り戻さないと、ああ、なのにどうしてこんなにも。


「はぁい、全てお教えします、キョウ様のご命令なら」


「んふふ、嬉しい、グロリアが喜ぶ」


ああ、褒められるの幸せ。


幸せェ。

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