我が名はエルフライダー

第76話・『ママ復活物語』

この人を護るのは私の使命だ、幼い時からこの人を見守る事が日課だった、出会いの日を待ち焦がれた。

明確な目的があって私は開発された、神に仕えるわけでは無くそのお子様であるエルフライダーに仕える為に生きて来た。

シスター・グロリアからエルフライダーを取り戻す、キョウ様を取り戻すのだ……そこに怒りの感情はまったく無く、当然の事として行動した。

そしてエルフライダーを庇って死んだ、私の小さな体でちゃんと盾として機能するのかは不安だったけどキョウ様に怪我は無かった、無事だった。

それを確認するまでは死ねない、シスター・グロリアを最後に睨む、地面に沈む自分の肉体を意識しながら視線で伝える、お前が守れ、お前が導け、私はどうやら死ぬらしい。

少しはお役に立てただろうか？キョウ様を狙ったのは特殊なシスターだ、一瞬だけ姿が見えた、この大陸の者では無い独特の格好、ルークレットの暗部、そう、外の大陸のルークレット。

詳しくは知らない、彼女達が上層部に干渉しているのは知っている、こうやって目にするのは初めてだ、意識が途切れそうになる、死ぬのですか、最後の最後までドジでした、無色器官の展開が間に合わなかった。

地下室の地面は冷たい、それとも死にゆく私の肉体から熱が消え去っているのか？血反吐を吐きながら何とか意識を保とうと努力する、死に絶えるその瞬間までキョウ様のお役に立つ為に、それが私の役割なのだから。

ふと旧友を思う、クロリア、貴方は伴侶となる身でありながらキョウ様の一部に成り下がったのですね、いや、私達からしたら成り上がったと言えば良いのか？最初は他者として献身的にお仕えしたいと思ったが今となっては違う事を思う。

「シスター・炎水、お前はエルフライダーの餌としては不合格だ」

異国のシスターの言葉、不合格？私を選定している？ルークレットの上層部？まさか、今回の件は私に一任されている、そもそも、この計画を推進したのは上層部のはず、これだけの費用を投資して全て投げ出す？馬鹿馬鹿しい。

クロリアの件は望む所では無かったにしろエルフライダーに自分達が開発した品を献上する形になった、予算は無駄にはなっていない、勇魔との契約にも違反していない、エルフライダーが完全体になった暁には相応の報酬が入るのだろう。

しかし私とクロリアには関係の無い話だ、そのような下賤な思考で動いてはいないのだ、私達はどのような姿になってもエルフライダーにお仕えする、そう、例え勇魔と戦う事になっても！なのにここで死に絶えるのか？死んでしまっては役に立たない。

脳裏に刻み込む、涙目になって駆け寄って来るエルフライダーを、キョウ様を、小さな時からその姿を見守って来た、本来ならずっとお傍でお仕えしたかった………そう、今なら一部にされたいと思う、一部になって貴方の為に動く一器官になりたい。

死にたくない、死にたくないよォ、本来の目的はこのお方の成長を見守る事、このお方がどのような化け物になろうと私だけはずっとお傍でお仕えする、その為に開発されたのに何だこの様は？血が失われる、起き上がる為の腕も失った。

シヌ――――――――――――――――――――――――――――貴方の為にまだ生きたいよォ。

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死は永遠の眠りだ、なのにおかしい、とてもおかしい、何か透明な手が私の中枢をゆっくりと愛撫している、撫でるように虐めるように、男女の営みを想像させる激しくも柔らかい手付き、抵抗する暇も無く心を解き解される。

死の空間は真っ白だ、真っ黒では無く真っ白、白痴の世界、その中心で丸まりながら自己が融解するまで時を待つ、なのにそれを許してくれない誰かの手、知っているような知らないような、不思議な感触に意識が段々と覚醒する。

私の周りに私の記憶が映し出される、培養液の中で小さく丸まっている私、その横でクロリアは両手を上げて暴れている、研究員の多くはクロリアの寝相の悪さに飽きれていた、いえいえ、一緒にいる私の立場にもなって下さいよ？

彼女はシスター・グロリアと同じ開発手順で生み出された………ああ、エルフライダー、そうだ、エルフライダー、キョウ様はクロリアの姿をしていた、取り込まれて姿すら奪われましたか？プライドの高い貴方でもあのお方の前では素直なんですね。

「炎水、炎水」

木霊する声、クロリアの声、クロリアの声を奪ったキョウ様の声、私は魂だけの存在になりながらもこうも貴方を求めている、臣下として不相応な想い、ああ、貴方に恋をした許し難い過去、許されない過去、成長する心が犯した罪。

だけどキョウ様は私を責めるような事はしない、だってこの声はこんなにも優しくて柔らかい、白痴の世界が一瞬で悍ましい黒色へと変化する、これがキョウ様の心の色、全てを自分の色に塗り替える圧倒的な独占欲、心にあるトラウマ。

「炎水、乗るぞ、フフ、あは、あはははは、死体に乗るぞォ、もう生きて無いぞォ、頑張るぞォ」

乗る？それは私にですか？私の小さな体でキョウ様は満足出来るのだろうか？不安が過ぎる、ああ、透明な手が私の体に絡み付く、蛇が対象を絞め殺すようにグルグルと、そしてズブズブと闇に引きずり込まれる、底無し沼、キョウ様の魂。

あああ、初夜だ、私は今お仕えする主にこれでもかと蹂躙されている、心にある卑しい感情も全て曝け出して食べられている、この心はどんな味なのですか、あの心はどんな味なのですか、ああ、ご満足して頂けたら嬉しいです、死ぬ程に。

死んでしまったこの私でも。

「名前を呼んだか、ンフフ、俺の保護者なんだろ？地獄だろうが天国だろうがお前を逃がさない」

告げられた言葉は私の心を簡単に貫く、まるで紙のような装甲だ、私の事を保護者だと認めて下さった、天にも昇るような気持ち、そうか、死んでいてもこのお方の道具として使って頂けるのだ、いや、死んだからこそ他の一部とは別の使い方をして貰える。

一部？それは先程の言葉と同じように何の抵抗も無く受け入れられる、そうか、そうだったのか！私は死んでこのお方の物になった、他の有象無象の一部とは違うのだ、死すらもこのお方に献上したのだ、捧げた、嬉しい嬉しい嬉しいよォ。

「炎水、お前は俺の？」

問い掛け、全てを受け入れてくれる主の優しい問い掛け……愛撫ですっかり出来上がった私は醜い欲望を曝け出す、それは隠していた本心、臣下であるこの身には大それた欲望、このお方の成長を見守りこのお方の為に生きる、本当ならこの幼い胎で貴方を生みたかった。

人工生物が望んではならない欲望、自らは機械の化け物に生み出された人型(ひとがた)でしかないのにお仕えるお方を孕みたいとは、言えない、言うな、きっとそれは受け入れて下さらない、何よりもそのような欲望をキョウ様に知られたく無い。

母親。

私は貴方の母親に―――――――――――――――光が弾けた。