閑話73・『迷子じゃないのに迷子なの』
「しすたー」
「え」
キョウさんが狼狽えるのを遠目に見ながら首を傾げる、小さな女の子に服の裾を掴まれて挙動不審になっている。
しすたー?確かそう聞こえた、耳は良いですからね私、助けを求めようと周囲を涙目になって見渡すキョウさん、誰も視線を合わせようとはしない。
胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服、キョウさんは私の服を着ている、そして容姿は誰がどう見てもシスター、そりゃシスターと言われますよね?
私と視線が合う、黄金と漆黒の螺旋で構成された瞳と青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をした瞳……その両方が涙目になって私に助けを求めている。
ぞくり、期待に応えるとしよう、なのでゆっくりと歩き出す、決して早足にならないように意識してゆっくりと歩を進める、キョウさんそんな私を見てショックを受けている。
泣き顔が可愛いのです、貴方が悪いのです。
「どうしましたキョウさん?」
「グロリア、な、なんで、なんでそんなにゆっくりなの?」
問い詰められる、そんな当たり前な事を聞くなんてどれだけ低脳なんでしょうか?貴方の泣き顔が可愛いからですよ、もっと長い時間見たいのです、しかしそれをそのまま素直に口にすると状況がさらに悪化しそうだ。
無視をしてキョウさんの裾を掴んでいる少女に視線を向ける、子供は苦手だ、すぐに不満を口にするし無駄に走り回る、苦手なだけで嫌いなわけでは無い、視線を合わせてやると無垢な瞳がこちらを見詰める、裕福な家の子ですね。
綺麗に切り揃えられた髪、汚れ一つ無い清潔な身なり、恐らく迷子だろうと思うが泣く様子も無く落ち着いている、自分が置かれた状況を正しく理解している………シスターに助けを求めるのも正解だ、しっかりと教育されている。
「お名前は?」
「えりす」
「お父さんとお母さんと別れちゃったの?」
「うん」
「迷子になったらシスターに話すように言われたの?」
「うん」
「わかりました、一緒にお父さんとお母さんを探しましょうね、お父さんのお仕事はわかるかな?」
「きつゆてん」
「へぇ、わかりました」
手を繋いで立ち上がる、子供の手は小さくて柔らかい、視線を感じて振り向くとキョウさんが呆けたようにこちらを見詰めている、な、何でしょうか?好意を持っている相手に熱心に見詰められるのは何処かくすぐったい。
促すように首を傾げる、するとキョウさんは急に明後日の方向を見詰めながら口笛を吹き出す、ああ、ド下手、誤魔化し方も口笛も滑稽でつい笑ってしまう、しかしどうしてそんな目でこっちを見ていたのですか?少し気になる。
しかし喫湯店ですか、この街に幾つもあるわけでは無いしすぐに見つかりそうですね、その名の通りお湯を飲ませる専門店、古来よりお湯を飲む事で疲れが癒されると信じられていた、現在でも葡萄酒を飲ませる専門店と肩を並べる人気だ。
店によっては遠くまで出向いて良質の水を手に入れるらしい、しかしこの街で見掛けたのは数店舗だけ、古来の迷信は現在の世界から少しずつ消えようとしている、それでも一つの街に数店舗あるのだから凄いですね、フフ。
「キョウさん、どうしました?早く探してあげましょう」
「う、うん、私何も聞けなかったから」
「ああ、子供は苦手ですか?」
ベールの下から覗く金糸と銀糸に塗れた癖っ毛を弄りながらキョウさんは呟く、何処か申し訳なさそうな響きがある、女性寄りのキョウさんは苦手なモノが多い……子供まで苦手なのは知らなかった、精神年齢が近いからでしょうか?
無言で頷くキョウさん、チラチラと子供と私の方を何度も見詰める、不安そうな表情、ここまでわかりやすい人も中々いませんね、しかし何を不安がっているのかはわからない、子供を不安にさせるのもアレなので問い掛ける事はしない。
二人のシスターが街を闊歩する、人々は道の中心を譲ってくれる、普段は何の恩恵も与えてくれない我が神も少しは役に立つではありませんか、その立場をキョウさんに奪われるその日まで少しでも役立って下さいね?
「ぐ、グロリアぁ」
「ああ、ここですね……貴方のお家ですか?」
「―――――――――」
私の言葉を無視して子供がお店に走って行く、手に残った温もりが名残惜しい……一件目で当たりとは幸運ですね、これも神のご加護なのでしょうか?邪魔者がいなくなった所でキョウさんにやっと集中出来る。
邪魔者?迷子になって不安になっていた子供が?最近の私の思考は私自身でも理解に苦しむ時がある、すぐに冷静になって自分を戒めるのですがあまり良い傾向では無い、キョウさんに夢中になり過ぎている、私だけの愛しいお姫様。
「えい」
「きゃ、な、何ですかいきなり」
手を繋ぐのでは無く奪うと言った方が正しい…………私の手を掴んでキョウさんがぎゅーっと握り締める、捨てられた子犬を思わせるような頼りない庇護欲を刺激する表情、ダメな子ですね、その表情は私にしか見せては駄目ですよ?
「ぐ、グロリアは」
「?」
「私のだからァ」
ぎゅう、握り締められる、ああ、子供が苦手なのでは無く、自分から私を奪うような存在が苦手だと、貴方はそう言うのですね?
溜息、この人はどうしてこんなにも。
「そうですね」
「うぅ」
「私は貴方のグロリアです」
そして貴方は私のキョウさん、手を握っているのに迷子のような顔をしないで下さい。
悪い大人に攫われますよ?
私のような。
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