第74話・『死母に騎乗、二人は狂う』

敵であろうが味方であろうが人間が死ぬ姿を見るのは楽しい事では無い、そして敵であるはずの存在が自分を庇って死んだとなればどのように受け止めれば良いのだろうか?


広大な何も無い地下室の床に紅の華が鮮やかに咲く、まるで太陽の光を受けたかのように幸せそうに、華の上にはミツバチの亡骸、青白くなった肌と意思を失った瞳が空を見詰めている。


黒羽色の修道服の上に濃いシミが広がる、黒は赤に勝る、死を実感させてくれない黒色、駆け寄って抱き寄せる、ダラリと垂れ下がった腕が現実を突きつける、俺の餌になるはずだった少女。


幸せそうに微笑んで死んでいる、何が幸せなのだろうか、何も幸せでは無いじゃないか、グロリアから俺を奪って教育するんだろう?それなのにこんな退場って無いぜ?オイ、起きろよ、死ぬなんて卑怯だぞ。


「あ」


シスター・炎水を殺した敵がまだいるのに俺はそんな事も忘れて小さな体を必死に揺らす、ドジッ娘なんだろうが、ドジッ娘はドジをしても死んだら駄目だろう?それでは誰も笑えないぜ、お前は俺の一部になる餌なんだぞ?名誉な事なんだぞ?


それなのにこんなに風に死ぬなんて許せない、深藍(ふかあい)の髪も優しい風貌も青紫色の瞳もエルフの血も全て俺が食らうはずだったのに、ガタガタ、体が小刻みに震える、餌の死を実感したせいか?それだけでこんなにも心が揺さぶられる?


自発呼吸の停止、心拍の停止、開いた瞳孔、何もかもが現実で何もかもから目を背けたい、ああ、こいつは敵だった、間違い無く敵だったのにどうして俺はこんなにも現実を認められない?グロリアは何も言わない、敵が死んで新たな敵が出現したのにどうして?


「ああ」


地下室の温度は低い、死後人体に現れる現象がゆっくりと表面化する、指尖と鼻尖が渇いてミイラ化が始まる、張りのあった肌から水気が失われ小さな少女が死体へと変貌する、皮膚の収縮が始まり美しかった容姿が崩れてゆくのを俺は黙って見ている。


瞳が白濁する様は死を実感させる、瞬きを失った事で角膜が恐ろしい速度で乾燥するのだ、角膜の細胞死によって蛋白の変性が始まる……白濁した瞳は何も見ていない、表情は柔らかで嬉しそうで俺を庇った事に満足しているようだ、何だ、何だコレ。


あく、あく、ぶかこ、あく、ぶかこ、くろかな、ああ、何だろう、死は俺をおかしくさせる、死は何度でも俺を奮い立たせる、俺をおかしくさせて奮い立たせて狂わせて笑ってやがる、死め、死め、死め、嫌いだ、大嫌いだ、俺から俺の一部を奪うな。


ああああああ、そう、俺は何だ、今はクロリアの姿をしたキョウだっけ、俺はなんだっけ、えっと、れいの、れいのおねえゃんだったよなぁ、ああ、それはしってるんだぜ、おれはおねえちゃん、おとうとをまもるんだぁ……まもってやらないと、れいははんしんだもん。


れいときょうはかぞく、ひとつだもん、このせかいでいきるにはふたりじゃないとさみしいよ、さみしいよ、だからまもる、わたしのはんしん、わたしのいちぶだ、れいはおねえちゃんがまもるんだぞ、でもでも、いま、めのまえでしにかけてるのもいちぶになるはずだった。


いちぶはかぞく、かぞくがしぬ、れいがしぬ。おとうとがしぬ………れいがしぬ、しぬ、しぬ、しぬ、しぬとあえない、ひとり、ひとり、しんだのはわたし、わたしはしんでひとりぼっち、れいもひとりぼっち、だかられいはくるった、わたしをもういちどせかいにたんじょうさせるため。


そしてれいとおなじかぞくになるはずだったそんざい、めのまでしんでるよ?


「目の前で死んでる、炎水」


「キョウさん?」


「エルフライダー、その欠陥品をそろそろ返してはくれないか?」


俺達が侵入したドアの向こうから誰かが部屋に入って来る、その声は何処までも静謐で自分の用件だけを端的に述べている……返せ、シスター・炎水を返す?死体になった炎水は自分で歩けないから俺が抱いて持ち運ばないと駄目なのに?


シスター・炎水は自分で喋れなくなったから俺が代わりに喋ってやらないと、シスター・炎水がロリで良かったぜ、小さいから腹話術の人形のように扱える、こいつは俺の為に生まれたと言っていた、死んでも俺に都合が良い仕様とは実に素晴らしいぜ。


シスター・炎水は自分で排泄が出来ない、だけど死体になったからダラダラと自分で垂れ流すぜえ、おお、なんて素敵な機能、そこは俺が世話をしなくても良いんだな?ドジッ娘だと思ったがちゃんとしているじゃねーか、よしよし、流石は俺の炎水。


しかしカッチコッチに固まるのは頂けない、ああっ、わかったぜ!!ここで好きなポーズに固定しろって事か?説明書が無いからわからないぜ、よぉし、可愛らしいポーズをさせてやろう、あは、死んだら関節の方向も自由自在、そこも自由度が広まるのか。


「炎水、炎水」


「ああ、そうですか、キョウさん……貴方」


「炎水さ、もしかしてお前、クロリアと同じで、俺の為に生まれただけの無垢な一部だったんじゃないのか?」


実感する、この建物の中でクロリアと同時期に開発されて俺の為に教育されて生きて来た、そしてグロリアから俺を奪おうとしていた、全てがクロリアの流れと同じでクロリアと同じ俺の為の愛しい愛しい存在、こんな下らない俺の為だけに生きて来た。


だからこの物語の最後は俺に取り込まれたクロリアの結末と同じじゃないと駄目だろ?なのに勝手に俺を庇って勝手に満足して死んだ、自動で糞尿を垂れ流すだけの下らない機能を俺に残して死にやがった、そんな機能はいらねぇんだ、お前がドジなまま生きていれば良かった。


敵のまま俺に敗れて俺の一部に成り下がれば良かったのに勝手に死にやがった……死ぬ事は許さねぇ、大事な一部が死ぬ事は決して決して決して許さない、俺から俺を奪おうとする奴は俺に殺されても文句は言えないんだ、俺の一部は本体である俺と同じなんだ。


あの闇の向こうに敵がいる、地下の闇に紛れて姿は見えないが気配は感じる、グロリアぁぁ、手を出すんじゃねぇぞ、視線を向けると無言で頷いてくれる、あははははは、れい、これで良いのか?れいがこうなるように仕組んでるのか?かわいいわたしのれい、おとうと。


だったらおねえちゃん、おこっちゃうぞォ。


「炎水、乗るぞ、フフ、あは、あはははは、死体に乗るぞォ、もう生きて無いぞォ、頑張るぞォ」


『―――――――――――――――』


この施設で一番上の存在、管理職である炎水の死体……そこに荒々しくケツを重ねる、熱は既に失われつつある、ひんやりとした感触と無機物に跨ったかのような違和感、死んでいるな、だけどなぁ、お前は俺の為に生まれて俺の為に死んでもう一度俺の為に生まれるんだよ!


エルフの耳も硬くなってるじゃねぇか、上下に扱く、ふふ、冷たいぜ、あの闇の向こうに俺から俺を奪った奴がいる、お仕置きタイム、さあ、炎水、戻っておいで、片腕も無いし死んじゃったけど、そんな事はお前の都合で主の俺には関係ねぇからさぁ。


こひぃ、死臭、呼吸をしている、死体が吐いたソレは血生臭い、ガタガタガタ、小さな小さな幼女の体が俺のケツの下で元気に脈動する、ごきんごきんごきん、骨が軋む音、骨が何処に突き刺さろうがどうでも良い、見栄えなんてどうでも良い……立て、俺の可愛いドジッ娘♪


「き、きおうさ、あ」


「名前を呼んだか、ンフフ、俺の保護者なんだろ?地獄だろうが天国だろうがお前を逃がさない」


「さ、ま、きおう、ああ、きおうさま、ほごじ」


鼻血を垂れ流しながらシスターは起動する、掴んだ耳の感触は最高だ、白濁した瞳で敵を捉えろ、死んだ体で俺に奉仕しろ、一生俺のモノでいろ、勝手に俺を庇って死にやがってアホが。


大好き。


「炎水、お前は俺の?」


「ははおぁ」


母親、狐もいるけどそれがお前の望みか…………いいよ、それじゃあその思慕で死母(しぼ)になろう。


あいつを殺そう。

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