閑話71・『クロリアの酷いやり口、オッサン、ほぼオッサン』

グロリアと喧嘩をしたらしい、らしいと表現したのはその現場にいなかったし情報を読み取ろうとしてもキョウさんが拒絶をする。


ここまで激しい拒絶は記憶には無い、ベッドの上で丸まって不機嫌に唸っている、小動物の愛らしい威嚇を想像する、子犬がキャンキャンと吠える様に似ている。


グロリアと喧嘩をした理由を聞いても何も答えてはくれない、別にグロリアの事を心配しているわけでは無い、どうしたらこのお姫様の心を全て手に入れられるのか?それだけだ。


勿論、キョウさんの心が傷付いたのなら全力で癒したい、だけど現状は違う……キョウさんは本気で傷付いているのでは無い、単純にグロリアに腹を立ててグロリアの悪口を共有出来る存在が欲しいのだ。


「キョウさん」


「―――――――」


ベッドの上で丸まっているキョウさんはグロリアの修道服を着ている、本来の持ち主なら皺になるような体勢で寝ないでしょうがキョウさんは違う、皺になろうが汚れようがグロリアや一部に押し付けて洗濯をさせる。


そして自分は洗い立ての服を身に纏って悠々と街に繰り出す、面倒臭がりで人に甘えるのが上手で誰からも愛される、その中から同性は省いて下さいね?一部である私からしたら愛らしいのだけど一部で無い女性からしたらどうなのでしょう?


ベールの下から見える金糸と銀糸に塗れた美しい髪、太陽の光を鮮やかに反射する二重色、黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている、少し癖っ毛のソレに手を伸ばしてゆっくりと撫でる、グスグス、鼻を啜る音がする、あらあら、泣いているのですか?


17歳のキョウさん、しかし女性寄りのキョウさんの精神は幼い、そして悪い意味で大人びている、悪知恵が働くとでも言えば良いのでしょうか?ササでは今のキョウさんをコントロールする事は不可能でしょうね、だけどこうやって感情のままに泣く事もある、まるで小さな子供だ。


「キョウさん?お話しませんか?その為に私を出したのでしょう?」


「しらない、クロリアが勝手に出て来ただけだもん」


「それはおかしいですね、私はキョウさんの命令が無いと勝手に外に出ないはずですが?」


「―――――クロリアまで私を虐めるの?」


「虐めませんよ、ほら、可愛い顔が台無しですよ、お鼻をチーンしましょうね?」


「しない、耳キーンってなるもん」


ぷいっ、可愛い顔を見せてくれたのは一瞬だけですぐに俯いてしまう、やれやれ、グロリアと喧嘩をしてこの有様ですか、あのグロリアがキョウさんを傷付けるとは思えない、きっとキョウさんの我儘が過ぎたのだろう。


癖っ毛を丁寧に撫でる、さらに耳の裏を形に添うように指で撫でる、笑いを堪えた様な声が一瞬だけ聞こえる、開けっ放しの窓から心地よい風が流れ込んでくる、山間の小さな村だが活気があって住み心地が良い、キョウさん達も気に入っている。


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白、キョウさんを包む卵の殻のようなものだ、この人はあまりに無垢過ぎてまだ世界に生れ落ちてさえいない、そんな有り得ない事を考えてしまう、太腿を撫でる。


「え、えっちぃなぁ」


「やっと話し掛けてくれましたね?良いじゃないですか、貴方のクロリアが貴方を触っているだけなのですから」


「……クロリアは私が嫌がっても平気で続けるよね?グロリアはしないもん、ちゃんと止めてくれる」


「ああ、あいつは妙な所で小心者ですからねェ、それで?喧嘩の原因は?」


「ぐ、グロリアの悪口はやめてよ、聞きたくない」


「おかしいですね、貴方を泣かせたのはグロリアのはずなのに私のせいにされている」


胸も少し膨らみましたか?触ろうとすると手で弾かれる、今の言い方だとまるでグロリアが紳士で私が苛めっ子のような感じになる、グロリアに泣かされて私を具現化させたのは貴方でしょうに?本当に不器用で愚かで愛らしい人。


伴侶となるべく生まれた私にとって妻を奪ったグロリアは憎むべき対象だ、それなのにキョウさんはグロリアを庇う、悪口を言おうとしていたのに私が先にソレを口にすると咄嗟に庇ってしまう、どれだけこの人に愛されているのでしょうか?


顔を覗き込む、白い肌は容易な事で赤に染まる、感情の乱れ、そして怒り、グロリアを罵った私をキョウさんが睨む、その瞳の色は私が与えたはずなのにグロリアを庇うなんて酷い冗談ですよ、その瞳の色が私と貴方の何よりの絆のはずなのにどうしてですか。


瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれていて二重色になっている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている、私と同じ色を持つ私の細胞で汚染された愛の証明……我が子と同じです。


キョウさんと私の細胞が合わさったのだからそれは我が子と同一、なのに、既成事実があるのに、他の女の事を庇うのですか?


「キョウさぁん、ダメ、それじゃあ苦しいだけ」


「うわぁ、き、キスしたくない、今はしたくないっ」


「グロリアの事を考えていて申し訳無いから?それは奪いたいですね、奪いたい唇です」


「やぁあ」


暴れるキョウさん、涙して暴れる、細い両腕を押さえ付けてベッドの上に固定する、胸の上に跨ってその様を見下ろす、エルフライダーが誰かに跨られるだなんて笑い話ですね。


「キョウさん、私が貴方の伴侶です」


「や、やめて、グロリアにはちゃんと謝るからもう」


「貴方がアレに謝る必要なんて無いんですよ?ねえ、キョウさんを泣かせる酷いグロリアの事なんて忘れて楽しい事をしましょう?」


「楽しい事?」


やっと私の言葉を素直に聞いてくれた、目尻に溜まった涙が頬に流れる、夜空に走る流れ星のようだ、こうやって力で組み伏せている状況は本心では無い、私だってキョウさんを傷付けたくは無い。


だけど貴方があまりにグロリアグロリアとしつこいから嫉妬心が抑えられない、一匹の雄になって貴方と抱き合いたい、可愛い可愛い私だけのお姫様、浮気は駄目ですよ?そんな事をしたら旦那である私はどうなるのですか?


だからこうなるのです。


「ええ、私はグロリアと違ってキョウさんと喧嘩はしません、だって貴方が怒るって事は全て私が悪いんですもの」


「グロリアは……怒る、男の人と話したりすると……でもでも、あの、ご飯奢ってくれたの」


「ええ、男女の間では普通の事です、それに目くじらを立ててキョウさんを叱るだなんてグロリアは器が小さいですねぇ」


そいつは後で始末しましょう、灰色狐の鼻を使えば簡単です、嘘でキョウさんの心を解き解す。


「ほ、ホント?私……おかしくない?男の人はみんな優しい、色々買ってくれる」


「ええ、何かあっても私がいます、男の人と遊んでも良いんですよ?」


「クロリアは……そんな私の事を汚いって思わない?」


精神の崩壊が始まってから甘やかせてくれる対象にすぐに心を開くキョウさん、グロリアが説教したのもわかる気がしますね、でもそれは貴方の役目で私の役目では無い。


嫌われるのはお前で嘘を吐いて好かれるのは私。


「思わないですよ、貴方は世界で一番綺麗な私のお姫様なんですから、ほら、裸にしてもこんなに綺麗」


嘘を吐いて服を脱がせて肯定して。


愚かで可愛いこの人と体を重ねたい。

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